参集
どこかの官庁舎と思われる建物の前。
足早に歩くスーツの人々。
2、30名くらいの人間が集まっている。
ほとんどが老人で、身なりは皆、みすぼらしい。
険しく、余裕の無い表情。
憤りの色が隠せない人。
悲しみや諦めの色を浮かべて肩を落とす人。
人々は様々な感情を面に浮かべているが、
その中に、幸せな表情でいる人は一人もいない。
行き交う人々が時折怪訝な顔をして見るが、立ち止まる人はいなかった。
老人達はひそひそと話しをしていたが、そのうち一斉にいつのまにか手に持っていたプラカードを頭上に掲げた。
プラカードには書いてあった。
「国民を舐めるな!」
「国民を虐げ続けてきた政治家に鉄槌を!」
「天誅を下そう!」
1人の老人男性が集団の中から出てくる。
やはりみすぼらしい格好だ。
汚れたTシャツ、毛羽立ったズボン。汚れたサンダル。
顔は日に焼け、シワが深い。
背は大きめだがやせ細っていた。
その男性は険しい表情で、半ば叫ぶように声を発した。
「私達は今までずっと耐えて来た!何十年もだ!
やっと見つけた仕事がどんなに辛くても、税が上がり続け、手取りがずっと上がらなくても、結婚も出来ず家庭を持たなくても、なんとか生きて来た・・・・」
集団の中から声が上がる。
「そうだ!耐えてきた!」
「そうだ!そうだ!」
老人男性が頷きながら話を続ける。
「そうだ、ずっと耐えて来た。
だがもう止めだ!」
そこで大きな拍手が沸き起こる。
「もう我慢出来ない。こんなに貧しいままなのは自分のせいなのか?
違う!
国に責任があると糾弾せずにはいられない。
毎年国民が貧乏になり、不幸な人が増えていく。
国が豊かだったのは遥か昔の話になってしまった。
それでも政治家がするのはその場しのぎの事だけ。
ずっと裏切られ続けてきた。
このまま何も抗議もせず上の奴らに良いように搾取され、黙って死ねばいいのか?
いや、もうそうはならない!
これまで散々搾り取られたツケを返してもらう!
もう人生で残された時間も少ない。
死ぬ前に、これまで溜まった不満をぶちまけずにはいられない!
だから、この身をもって抗議する!」
男が話し終わると、集団の中に戻る。
周りの人々は、
「抗議するぞ!」
「やってやろう!」
と叫び声、拍手、手を突き上げたりした。
集団はしばらく気勢を上げていたが、やがて中からまた一人が出てくる。
それは、老人ではなく、若い男性だった。
20歳前後のどこにでもいる若者。
ポロシャツにジーンズ。
これといって特徴の無い顔には決意が漲っていた。
何処からともなく拍手が起こる。
それに少し頷いて、若者は声を挙げた。
「僕は皆さんより遥かに年下ですが、生まれた時からこの国には、失望しかありません。
しかも僕が生まれる前からこの国は成長せず、今に至るまで希望もない状態が続いてきました。
どうしてこんな状態なんでしょう?
この国をダメにしたままのは誰なんですか?
なんで50年経っても変わらないんですか?」
そこで若者は口を切った。
自分が投げつけた話の内容を、周りの人に噛み締めて欲しいと考えているようだった。
周囲の人々の顔に悔しさが露わになる。
その表情を見渡して若者がまた口を開く。
「はっきり言って自分は政治家や役人のせいだと思ってます。
地縁や利権で繋がり選挙で選ばれた人達。
出世やしがらみに囚われた省庁の役人。
そしてその取り巻きで利益や利権を享受してきた人達。
自分達のことしか考えないその最低な人達がこの国をダメにしたと思っています。
はっきり言ってもう、選挙をしてもこの国は良くなりません。
何故なら何十年も同じことを繰り返してきたから」
はっきり言って、という言葉は若者の癖らしかった。
集団の人々は頷き合う。
声も上がる。
「いいぞ!」
「もっと言ってくれ!」
若者は頷く。
「この国を変える効果的な手段はもうありません。
私達に残されたのは直接的な抗議だと思います。
その抗議に、私達はある程度の暴力もためらうべきではない、そう思います。
何故なら直接的な手段をとらないと、本当に政治家や役人共はわからないんです。
国民がどんなに切羽詰っているか、余裕のない暮らしをしているか。
未来のことなんて考えられない。
はっきり言って今生きるのも大変なんです。
なのに上の奴らは社会保障だ、外国への支援だ、財源だ、などと言っている。
相変わらず料亭で根回しに奔走している。
高価な物を食べ、纏い、居住し、乗り回している。
そしてそんなお金の使い方が、経済を回していると固く信じている。
そんな旧時代の風習が今だに蔓延り変わろうとしない」
「その通りだ!」
「ふざけるな!」
そこで若者は胸を膨らませて息を吸う。
そして大声で叫んだ。
「お前らは馬鹿なのか?!
そんな金があったら、災害の復旧や、食に困っている子供や学費に使え!」
盛大な拍手が上がった。
「その通り!」
「ありがとう!」
叫び声が上がる。
若者は尚も叫ぶ。
「もうお前達が自由気ままに金を湯水のように使える時代は終わった!
今までと同じように、不足したら税を徴収すればいい、なんて思うな!
甘ったれるのもいい加減にしろ!!」
若者は激したような表情になった。
「政治家共は、国も地方も今すぐ議員の数を半分に減らし、給料も半分にして、
今こそ国のために自らを犠牲にしろ!
甘ったれた境遇に身を置いてるんじゃない!
これほど国民が困窮しているのに、どこを見渡しても今言ったような身を切る提案をする議員は一人もいない!
それこそ国の緊急事態を舐めきっている証拠だ!
はっきり言って私たちにはもう、直接的な抗議しか残されていない、
それは政治家がそういう状態に私たちを追い込んだ結果なのです。
皆さん、私達は自分たちの決意を示しましょう!
これを見ている人がいたら、私達に続いてください!
そうしないと上の奴等はわからない!
今までひたすら私達の寛容に甘えてきた政治家や役人共に、鉄槌を。
思い知らせてやりましょう!」
若者が叫ぶと、周りから歓声が上がった。
「やろう!」
「思い知らせよう!」
「断罪するんだ!」
集団の人々は一斉に持参した袋やザックからあるものを取り出した。
それは液体が入った瓶だった。
その瓶の口に、布が差し込まれている。
彼らは思い思いにその布に火をつける。
たちまち火が灯る。
次の瞬間、人々が続々とその瓶を目の前にある官公庁らしき建物に向かって投げつけた。
建物の玄関や周りが火の海になる。
慌てて制服を着た職員が駆けつける。
しかし、集団は次々とその火炎瓶を投げつけ、建物に火が回る。
人々は叫び声をあげながら瓶を投げつけた。
「天誅!」
「天罰!」
「鉄槌!」
「思い知ったか!」
口々に叫ぶ。
腕を振り回す。
長い間、本当に長い間、溜まりに溜まっていた鬱憤や不満が爆発しているようだった。
炎は高く、煙はあたりに立ち込める。
人々の叫びは終わる気配が無かった。




