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すみれは松のエリアの、配給場所でテントの設営を手伝っていた。


もう手慣れたもので、どう動いたら良いかもわかるようになってきている。

他のスタッフともすっかり顔馴染みになり、年配のボランティアスタッフが多い中で、若いすみれはみんなから声を掛けられるようにもなっていた。


もう夏だ。

気温は40℃以上に至る日が続き、日中は危険なため外出制限がかかっている。

配給も、午前中に行うようになっていた。


あれからコウがボランティアについてくることはなくなった。

大学で顔を合わせても何かを考えているような様子で、すみれは歯痒い気持ちになってはいたが、ボランティアを続けることは変えたく無いので、コウとの距離が遠くなってしまったような気がしていた。


コウには自分の行動を理解して欲しい。

自分が本当に老人達の助けになりたいと思っていることを後押しして欲しい。


けれど彼は理解してくれず、共感も得られない。

2人の間に初めて刻まれた溝に、すみれは思い悩むこともあった。


テントの設営が終わり、配給品の設置も出来て配給が始まる。


松の老人達は経済的に幾ばくかの余裕があるので、いつも皆穏やかだ。

すみれは挨拶したり、天気や暑さについて世間話をしながら配給を渡していった。


まだ朝に近い時間だが、もう35℃を超えているらしい。

水分補給をしながら配給を全て渡すと汗びっしょりになっていた。

テントの中で日差しを避けて休んでいると、南出がすみれの方にやってくる。


南出は、すみれに笑いかけた。

「月山さん、今日もありがとうございました。今日も暑いけれど、体調は大丈夫ですか?」


「はい、大丈夫です」


と答えてすみれはRPの事を思い出す。

どうやらここには来てないようだ。


「あの、南出さん」

「どうしました?」

「RPって団体、知ってますか?」

すみれが問いかけると、南出の顔が曇った。

「知っていますよ。私達のようなリゾートに住んでいる老人に、優しくない主張をしている団体ですよね?

最近はここにも来て活動しているって聞いてます。

松のエリアではまだ見てませんが、そのうち来るだろうと心配しているんですよ」


「実は、こないだ梅のお手伝いに行ったら演説してたんです。そこで騒ぎになっちゃって・・・・」

「何かあったんですか?」

すみれは頷く。

「RPの人と梅の人達で揉み合いになって、それから梅の人たちがRPの人に対して石を投げ始めたんです」

南出は驚きに目を見開く。

「そんな事があったんですか?大騒ぎになりましたね・・・。

それで、月山さんは大丈夫だったんですか?」


「その、石が足に当たってしまって少し怪我をしました」

南出は一瞬絶句する。

「それは・・・・。大変な目に遭いましたね。足は今大丈夫ですか?」

「ええ、直ぐに治りましたから大丈夫です」

すみれは南出に少し微笑んでみせた。

「良かった、本当にびっくりしました。でも、そんなことがあってよくまたこちらに来てくれましたね」


「はい、このボランティアは自分でやりたいと思った事なので。でも・・・・」

すみれが顔を俯けると南出は気遣わしそうに聞いてくる。

「何か問題があったんですか?」

「私と一緒にボランティアに来てくれていたコウなんですけど、怪我をするようならもう辞めたほうがいいって言うんです。当日も、そのことで梅の方と少し口論になってしまいました」

「ああ、月山さんの連れの方ですね。時々来てくれてましたよね。それはまた何で口論になったんですか?差し支えなければ聞かせてもらえますか?」

南出が気遣うような視線をすみれに向けた。


その視線に促されるようにすみれは言葉を続ける。

「騒ぎが静まった後、彼が怪我をした私を見て危険だからここのボランティアを辞めるよう説得をしてきたんです。それを傍で梅の住人の女性が聞いていて、今の若い人は何でもすぐ辞めてしまって根気が無いって不満を言われたんです。彼は腹を立てて、その女性と口論になりました」


「その女性はそんな事を言うべきじゃないですね。おかしな人だ」

南出は呆れたように言った。


「その人はこうも言ってました。今の若い人は仕事はすぐ見つかるし、恵まれていて自分の若い頃とは全然違う。だから辛いこと上がったらすぐ投げ出すんだって」


南出の顔がしかめられた。

「ひどいことを言うもんですね。コウさんはそれに対して何て反論したんですか?」


「昔の状況は自分には関係ないし、そんなことを言われたってしょうがない、と」


「それはそのとおりでしょうね。で、その口論はどうやって収まったんですか?」

「貝崎さんがそばにいて仲裁してくれました」


「そうですか・・・。いろいろと災難でしたね」

「ええ」

すみれは頷くと、少し下を向いた。

それから息を吐くと、顔を上げた。胸につかえている気持ちが口をつく。


「南出さん。コウは辞めてほしいと言ってますが、私はこのボランティアを続けたいと思ってるんです」

「それは・・・ありがとうございます」

南出が柔らかく微笑みながらすみれを見つめた。

その目元に深いシワが刻まれる。


「私は、今のお年寄りの方達ってずっと報われないまま生きてきたように思えるんです。

だからボランティアをすることで助けたい。

けれどコウには恵まれない状況になったお年寄りというのはそもそも自己責任じゃないかって考えていて、なのに何故そこまで支援しなければならないのかっていう気持ちがあるのだと思います。

それに、今の私達の年代と、お年寄りの年代では考え方が全く違うことにも溝を感じているのかもしれません。

それでも私、できればコウには理解してほしいんです。お年寄りを支援する気持ちを」


そこまで話してすみれはあまりにも自分の気の向くままに感情を吐露しすぎたのではないかと感じ、慌てた。


「ごめんなさい、なんだか変な話をしてしまって」


「いいえ、そんなことないですよ、大切な話を聞かせてくれてありがとうございます」

南出は真剣な顔をしてすみれの顔を見つめた。


「確かに私世代と、月山さん達若い世代では考え方が全然違いますよね。

真逆なところすらありそうです。

それは私たちが若い頃に直面していた状況と、今の状況が全く違うからなのかもしれません。

だから私達の間に溝があっても仕方がないんだと思います」


そこで南出はいったん言葉を切ると、考えて続ける。


「でも、溝って一方の側だけでは成り立ちませんよね。まずそれぞれの側があって初めて溝が出来るものだと思います。そしてお互いにその端に立って溝を覗かないと、それが深くて大きい溝なのか、もしくは浅くて小さい溝なのか認識出来ない、と思います。

すみません、何か変な例えになりましたが、わかりますか?」


「ええ、わかります、とても」

すみれはコクン、と頷く。

南出はそれを確認すると少しホッとした様子で話を続ける。


「だから互いに関わることでその端に立って溝を確かめる事は、きっと悪いことでは無いんですよ。

私たちの間にその溝はずっと続いていて、深かったり大きかったりもするけれど、きっとどこかで浅かったり、ほとんど無かったりすることだってあるはずです。

もしかしたら手を伸ばせば握手出来ることもあるでしょう。

出来ればコウ君にそれを分かって欲しい。

私は、月山さんがこうやってお年寄りに関わって溝を感じてくれてることに感謝しますよ」


南出はそう言うとにっこり微笑む。


すみれは思った。

私は今、お年寄りとそれぞれの側に立って溝を確かめてるのだと思う。

けれど私とコウの間で、私が一方の端に立っても、コウは向かい側に立ってくれるのだろうか、と。


そこですみれはある事を思い出す。

「あ、そうだ、南出さん。ちょっと聞きたいのですけど」

「何ですか?」

「この間、コウと口論した女性が言ってたんです。自分達がどんな辛い思いをしているか、梅の夜の様子を見てみるといい、みたいな事。一体どういうことでしょうか?」

そのすみれの問いに対し、南出の眉が少しひそめられたようだった。

「さあ・・・・あそこは治安が良いとは言えませんからね。夜は物騒だって言いたいのかもしれません。まあ、夜は近づかない方がいいでしょうね」




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