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非難

二人は配給場所へと戻った。


まだあたりには騒然とした雰囲気が漂っているが、配給は始まっているようだ。

すみれ達が近づいていくと、貝崎が気づいてニッと歯を見せた。


「二人とも、話は済んだのかい?」

「ええ」

「はい」

二人が一様に答えると、貝崎は頷いた。

「そうかい。で?」


「私は配給を続けます」

「申し訳ありませんが、僕はすみれがここに来るのを辞めさせたいと思ってます」

コウは率直に自身の気持ちを語った。


貝崎はまた頷く。

「そうか。好きにしな。とりあえず今日は手伝ってくれ」


「「はい」」


二人は応えて、配給のボランティアに加わった。


予定より大幅に時間は過ぎたが、配給は恙無く終わった。


すみれとコウは水分を取り、撤収作業を手伝う。


すみれはコウと口論をしたことでいらぬ迷惑をかけたのではないかと気になり、

謝ろうと思って貝崎の姿を探す。

すると、貝崎が数人の老齢女性に囲まれているのを見つけたのでそばに行った。


「あんな事があったら困るのよ」

「どうにかなんないのかい?」


女性たちが何かを貝崎に訴えているようだ。

「警察に届けたり、役所には言ってみるが強制力はないだろうな」

貝崎が答えると、女性たちはため息をついている。


どうやらRPという団体が押し掛けて騒ぎを起こしている件について、不満を口にしているようだ。

「あんた方の事情はわかるが、どうしようもない。

ただ今日は痛い目にあっただろうから少しは遠慮すると思いたいな」


「あんなのに毎回来られたら安心できないよ。これからどうするのさ」

貝崎を責めるような口調で声を荒げる女性に、すみれは見覚えがあった。


松のエリアのパン屋で、万引きをした女性だ。

今日も化粧をし、妙に小奇麗な格好をしている。

先日も感じていたが、やはり梅のエリアの住人で、貝崎と顔見知りらしい。

すみれは何となく声をかけづらくなり、立ち去ろうかと考えていると、


「月山さん、どうした?」


と貝崎の方がいち早く声をかけてきた。

すみれは内心、早めに立ち去れば良かった、と肩をすくめる。


「いえ、今日なんかご迷惑をおかけしたようで、謝ろうかと」


「そんなことはないよ、こちらこそ今日は怪我をさせてしまったし、悪かったな」

貝崎は済まなそうに大きな背を少し縮めた。

すみれはそんな貝崎を見上げ、しっかりと目を合わせる。


「いえ・・・・、大丈夫です。私、これからも配給のボランティアやらせていただきたいと思ってます。

よろしくお願いします」


「そうか、よろしくな」

貝崎はニコッと笑った。


そこで、

「すみれ」


と声をかけられて振り返るとコウがいた。

「どうしたの?」

「何でもないよ、ただ今日の事を貝崎さんに謝っただけ」

「そう、でもこっちは怪我したんだから。そんな気を使わなくても良かったんじゃないの」

「あと、これからもボランティアを続けることを伝え

たかったから」

すみれは宣言するように言った。

「今日みたいなことあったのに、すみれは熱心だなあ。自分なら危険だからもう来ないようにするよ」

コウは少し呆れたように言う。


「なんなの?この子達」

あの万引きをした女性が怪訝な顔をして貝崎に尋ねてきた。

「何でもない、ボランティアをしてくれてる若い子達だよ。だが今日、たまたまあの騒ぎで怪我をしてしまってな」


「だからもう来たくないって?近頃の若い子はすぐ投げ出すからねえ、ま、しょうがないよねえ」

貝崎に尋ねた女性がフン、と鼻を鳴らす。


「おい、安達さん、やめてくれ」

貝崎が咎める。

「だってそうじゃない。今の若い人ってさあ、恵まれているものだから根気ってものがないのよ。だから辛い事があったらすぐに辞めたり逃げたりするじゃない」


その言葉を聞いてコウがムッとした顔をした。

「普通、怪我をするような危ない目に遭ったら自分の身を考えませんか?それの何が悪いっていうんでしょうか」


「ああ、聞こえたんなら悪かったわねえ、気にしないでちょうだい」

安達、と呼ばれた女性が唇の端をつり上げる。


「失礼じゃないですか?そもそもここにボランティアに来て、ここの人達のせいで怪我したのに、そういう言い方は無いでしょう?面倒な事になったのはあなた方のせいじゃないですか」

コウが気色ばんだ。


「コウ」

すみれは慌てて呼びかける。


「何よ、私のせいっていうわけ?私は何もやっていないでしょ?私はただ今の若い子は恵まれてていいわねえって言っただけよ。

だってそうでしょう?

今は高校までみんな無料なんでしょう?大学だって無料なとこあるようだし。

仕事はすぐ見つかるどころか、会社の方で来てくださいってお願いされるぐらいじゃない。

もし嫌なら辞めればいいもんね。違う仕事がいくらでも見つかるから。いいご身分だわ」


「僕らだってそれほど余裕はありません、あなたに何がわかるっていうんですか?

それに出来ない事、どうしても駄目な仕事だってあるでしょう、

そんな仕事を続ける事に意味なく無いですか?

効率だって悪くなるし」

コウは負けずに言い返す。


安達という女性は癇に障ったのか、急に声を荒げた。

「それが恵まれてるって言ってるんだよ!

嫌でもやらないと生きていけないなんて考えもしない。

私たちの若い頃はねえ、そんなこと言ってたら仕事クビよ。

クビになったら次の仕事なんて見つからないし生きていけなかったのよ!

怒鳴られても、人格否定されても、殴られたって仕事続けなきゃすぐに落伍者になったのよ!」


安達はコウを睨みつけた。


「アンタ方のように会社が蝶よ花よと向かい入れて丹念に育てても、気に入らなかったら辞めていく、そんな事なんて考えられなかったのよ!」


それを聞いてコウは肩をすくめる。


「僕にそんなこと言われても知りませんよ。それはあなたの事情でしょ?

あなたの時代はそうだったかもしれませんが、そもそもそれが僕に何の関係があるんですか?

今は状況が違っているし、あなたが言うように恵まれているからといって僕らにはどうしようもなくないですか?

こういう時代に生まれてきたのは僕らのせいじゃない。

よく分からないんですけど、いったいあなたはどうだったら満足だったんですか?

申し訳ないですけど、昔のことをいつまでも引きずっているのって子供っぽいですね」


安達は怒りのあまり一瞬呼吸困難のようになった。

「・・・・あんた、言っていいことと悪いことあんでしょ!失礼じゃないの!!」


「そもそもそっちが失礼なことを言ってきたんでしょう?おかしなこと言わないでもらえますか?」


すみれはオロオロして何も言えない。


「もうやめろ」

その時、それまで黙っていた貝崎が口を開いた

その静かな威圧に、安達とコウが水をかけられたように押し黙った。


貝崎はコウに向って言った。

「悪かったな、事情があってこの人はちょっと気が立ってたんだ。君達に対して失礼なことを言ったのは俺も詫びる。

この人が言ったことはただの老人の愚痴だと思ってくれ。本当に申し訳なかった。」


コウは気が静まったのか、

「いえ、こっちもかなり失礼な事を言ってすみませんでした」

と謝罪した。


貝崎は安達の方を見る。

「安達さん。あんたも事情はあるかもしれないが、あんな言い方は無いだろう。

あんたも謝ったらどうだ」


しかし安達は気が収まらないのか、コウの方を向いて言う。

「私は謝りたくない。アンタ方は私達がこれまでどんな思いをしてきたのか、今だってどんな目に遭ってるのかわからないだろう?」


「おい・・・・」

貝崎がうんざりした様子で嗜める。


安達は憎々しげに、

「本当にあたしらがどんな目に遭ってるか、わからないんだよ、あんた方もここの夜のさまを見れば・・・・」


「おい!」

いきなり貝崎が安達の言葉を遮り怒鳴った。

安達はビクッとして貝崎を見ると、押し黙った。


「この人は今どうかしてるみたいだ。まあ聞き流してやってくれ。本当にすまなかった」


夜のさま?

すみれは安達という女性が言った夜の様子というのが気になったが、ひとまずこの場が収まって良かったと思うのだった。

 




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