径庭
すみれが話終えたあと、コウはしばらく黙っていた。
真剣な表情で、何かを考え込んでいるようにも見える。
やがてコウは口を開いた。
「確かに、すみれの大叔父さん達が若い頃は就職難で大変な時代だったんだなって思う。
けど僕は、その大叔父さんは自分でもっと出来た事があったじゃないかとも感じた」
すみれは驚いてコウを見つめる。
「当時の状況はよくわからないけれど、大学に行きたい、という希望があったならいろんな方法があったんじゃない?
奨学金を得るとか、自分で学費を稼ぐとか。
親父さんに土下座されたから大学へ行くのを諦めるっていうのは違うと思う。
本当に大学へ行きたかったなら、努力できることがあったはず。
だから結局、大学へ行かないことを選択したのは大叔父さんだから、苦労するのは仕方のないことだったんじゃないだろうか」
すみれはコウの言葉に顔を引きつらせた。
「私はそうは思わない。大叔父さんの若い頃はどんなに頑張っても限界があった」
すみれは唇を噛み締めながら答えた。
コウはすみれを気遣うように見つめながら話す。
「ごめんね。大叔父さんを貶めるつもりはないんだ。でも、本当にそうだろうか?
大学に行くのを諦めたり、仕事を転々として長続きしなかったのも、そこにはやはり大叔父さんの問題があったような気がしない?
もしかしたら頑張って進学したり、仕事だってしっかり目標を立ててスキルを身につけたりして働くことが出来ていれば、もっといい境遇になったんじゃないかな。
少なくともすみれのおじいちゃんに頼らなくても生活できたんじゃないかなって。
だから、こういう言葉は使いたく無いけれど、そこは自己責任じゃ無いかと思う」
「・・・・」
すみれはコウが何故そんなことを言い出すのがわからなかった。
自分の話を聞いたら共感してくれると思ったのに、共感どころか隔たりを感じる羽目になっている。
確かにコウの言ってることは正論だ。
大学行くのに奨学金やアルバイトをして学費を稼ぐことだってできただろう。
そして大卒だったらもっといい仕事に就けたかもしれない。
けれどきっと、大叔父さんにしかわからない事情だってあるだろうし、いろんな運の悪さがあって、結局自分の人生をうまく生きれなかったんだと思う。
自分が知ってる大叔父は、優しくて、真面目だし、いい人だった。
違う時代に生まれてさえいれば、いい仕事を見つけて、結婚だってして、家庭を築いて、普通に生きられたはずだ。
後からだったら何とでも言える。
こうすれば良かった、とか何故こうしなかったとか。
すみれは思う。
不幸なのは努力が足りない、とか、失敗したのは全部自己責任、という事にして人の人生を括るのは違うんじゃないか、と。
もちろん人は自分の人生をベースにして価値観を築いていく。
努力した末に成功体験を得てきた人は、努力をすればそれなりに報われると考えるだろう。
だから、努力すれば絶対に何かが得られると信じている。
努力したのにまったく報われないことがある、なんて考えもしないのだ。
そしてそういう人たちにとって、努力しないなんてことは信じられないのだ。
努力しない人は単なる怠惰で、自分に無責任で、ひたすら愚かでしかない。
やればできるのに、やらないのは損だしおかしいと思っている。
だから自己責任なのだ。
それからその人達にとっては、努力してもいないのに不満を言うのは許されないのだ。
不満を言っていいのは成功した人やひたすら努力した人。
不満を言うくらいなら努力しろ。
それが成功した人たちの世界だ。
努力と自己責任の世界。
それはその人たちの信じる信念。
それはその人たちが崇める宗教。
けれど、すみれは思う。
たぶん、努力しても何も得られないこともある。
たぶん、努力すらできない境遇がある。
そして、努力して成功した人だらけの世界なんて存在しない。
たくさんの努力しない人がいて、たくさんの努力しても報われない人がいる。
そして運良く努力して報われた人もいれば、そもそもなんら努力もしないで成功した人だっておそらくいるだろう。
そういういろんな境遇の人が集まって世界がある。
すみれはそう思うのだ。
みんなが努力して、なりたいものになったり、夢を叶えたら。
どんな世界になるんだろう。
みんながプロ野球選手や、アイドル歌手になれたら。
経営者になったり、お金持ちになったり、医師になったら。
じゃあその時、野球場を建てたり、コンサート会場の設営をするのは誰なんだろう?
入場券やビールや、コンサートグッズを売るのは誰なんだろう?
経営者に使われたり、お金持ちのお手伝いさんになったりするのは誰なんだろう?
すみれには想像がつかない。
そもそも自分の人生にそんなに責任を持てることがあるだろうか?
人生はもっと、トラブルや不幸や天災、病気やハンデが押し寄せてくるものだと思う。
自分でどうにかできることっていうのは、きっと限られているのだと思う。
それを努力という心もとない武器を使って、自分の人生を自由に切り開けるなんて考え方はとても傲慢な気がする。
人生をそれほど経験してもいないのに、こういう自分の考え方は浅はかなのかもしれない。
それでも自分はただ、努力しても報われない人、努力をしない怠惰な人達でも幸せを感じられる居場所がこの世界にあってほしい。
そう思う。
だから、私はリゾートに行くのを続けよう。
すみれは改めて気持ちを固めるのだった。
「コウ」
すみれは呼びかける。
「なんだい?」
「コウの言いたい事はわかるけど、私は大叔父さんが大学を諦めたことや仕事が長続きしなくてまともな生活ができなかった境遇に、そこまで責任を背負う事はないと思っているの。
だから大叔父さんに対して申し訳ない、と思う気持ちは変わらないし、大叔父さんと同じような境遇の人達がいたら助けたい。
だから、ここのボランティアは続ける」
「そうかい・・・・」
コウは残念そうな顔をする。
「僕はすみれを止められないけど、ボランティアを続けるのはやはり反対だ。ここの人達は危険だし、何が起こるかわからないからね、僕は」
「コウ、いいよ。それならここに来るの付き合ってくれなくて」
すみれはコウの言葉を遮るように言った。
「すみれ・・・僕は心配なんだ」
「ありがとう、私のこと思って言ってくれてるのはわかるけど、これだって自己責任でしょ?」
すみれがいたずらっぽくコウを見つめ返す。
コウはやれやれという風に首を振った。
「すみれは言い出したら聞かないよね。
けど、僕はどうにかして大叔父さんへの罪の意識みたいなものから君が自由になって、このリゾートに来なくて良いようにしたい。これは本当にそう思ってるよ」
コウは真剣な表情を浮かべる。
その目に決意のようなものを感じて、すみれは肩をすくめる。
「しょうがないよ、でも私は決めたんだもん」
「しょうがないなあ」
「とりあえず、私は今日のボランティアやるよ。コウは?」
「すみれがやるんだもの、付き合うさ」
「ありがとう」
すみれはニコッと微笑んだ。




