衝突
老人はさらに怒鳴った。
「お前ら、誰の許可を得てここに入り込んでんだ!邪魔だろ!とっとと出て行け!」
すると傍にいた老人達も叫ぶ。
「ふざけたこと言いやがって。いい加減にしろ!」
「そうだ、うるさいんだよ、お前ら!」
たちまち老人たちが騒ぎ始め、あたりは騒然とした。
「我々は当然のことを言っている!あなた方の方こそこれまでの怠慢を反省しろ!」
拡声器の男性が反論する。
「そうだ、反省しろー!」
男性の周りの人々が賛同して声を上げた。
「これは抗議の活動だ。誰に許可を得るものでもないし、強制されたものでもない。言論の自由だ!そして私たちは老人の怠慢や横暴に対して声を挙げているだけだろう!」
「そうだ!」
老人たちが憤る。
「うるせえ!お前らの演説は迷惑だって言ってるんだよ!早くここから出て行け!違う場所でやれ!」
「帰れ!」
「帰れ!」
老人たちが声を合わせて帰れコールを叫びだす。
やはり老人たちの数の方が多いため声の圧力が大きい。
しかしRPを名乗る団体は怯む様子はなかった。
拡声器の男性が毅然とした態度で声を上げる。
「あなた方の年代がこれまでやってきたことこそ、この国の迷惑だった!そしてあなた方のような存在がこの国を滅ぼすんだ!」
その言葉に老人が尚も激高する。
「人に対してその口の利き方はなんだ!」
「失礼だろう!」
「謝れ!」
「何故謝罪しなければならない!謝罪をしなければならないのはあなた方老人の方だ!この国をダメにした元凶が何を言っている!」
「ふざけるな!」
「馬鹿にしやがって!」
そのうちどんどんお互いがヒートアップしてくる。
すみれは怒鳴り声や威嚇の応酬に怖くなり、立ちすくんでしまう。
そばにいるコウも呆然としてして人々の争いを見ていることしか出来ないでいる。
どんどんエスカレートして、誰も止められなくなってきた。
そのうち誰彼ともなく押し合いになってしまう。
どちらが手を出したのかも分からず押し合いから揉み合いに発展した。
「手を出してきたぞ!」
拡声器の男性が叫ぶ。
「お前らだろ!」
老人が反論しながら押し返す。
そして。
老人達の中からRPの人々に向かって石が投げられた。
呼応するように他の老人達からも石が投げられる。
RPの人々が腕を上げて頭を防御し、逃げ始めた。
「暴力だ!先に暴力を振るってきたぞ!」
拡声器の男性がまた叫ぶ。
すみれにはその声が何故か勝ち誇ったかのように聞こえた。
そのうち逃げ惑うRPの人々に投げつけられる石が、あらぬ方向に飛び込んできた。
「あっ」
すみれは突然膝の辺りに痛みを覚え、しゃがみ込む。
飛んできた石が当たってしまったらしい。
「大丈夫かい⁈」
コウが顔色を変えると慌ててすみれに覆い被さり飛んでくる石から守ろうとする。
「うん…ちょっと痛いかも」
すみれは膝の上辺りが痛みでジンジンするのを堪えながら答える。
いかにも痛そうなすみれを見てコウが気色ばみ、立ち上がった。
「このっ」
「待って、大丈夫だから」
「でも!」
コウが歯を食いしばって争う人々を睨みつける。
その時。
「やめろ、お前ら!」
お腹にどすん、と響くような低く力のこもった声が辺りに轟き、周囲が一瞬にして静まり返った。
声がした方を見ると、そこに貝崎が仁王立ちして険しい表情を浮かべている。
その後ろに複数の警官も立っていた。
貝崎はずかずかと諍いを起こしていた集団の方へ歩いて行く。
貝崎はまず老人達の方に近寄っていく。
「やめろ」
貝崎は低いドスの効いた声で老人達を制する。
騒いでた老人が静まり、手に待っていた石を捨てる。
それを見ていたRPの拡声器を持つ男性が口を開く。
やはりこの男がこの場での代表のようだ。
「この老人達が先に暴力をふるってきた、私達は」
「うるせえ!」
貝崎が一喝すると、男性は気圧されたかのように口をつぐむが、尚も不満そうな顔をしている。
「いまは配給の時間だ!あんた方が何をほざくのも自由だか、俺らの邪魔にならないところでやれ!」
「私達の主張を・・・」
「もうその辺にしなさい、騒ぎを起こすようなら見過ごすことは出来ないよ」
貝崎の後ろにいた警官の一人が口を出した。
しかし、拡声器を持った男性は態度を変えなかった。
「私達はただスピーチをしただけで暴力を受けており、ここを立ち去る理由はありません。私達はここの老人達の意識を変えたい。そのためにも主張を続ける」
それを聞いて警官達が困ったようにため息をつく。
しょうがない、とばかりに警官の一人が説得しようと前に出るのを貝崎が制した。
「あんた達はいったい、何がしたいんだ?」
貝崎の問いに代表の男性が答えた。
「私達はここの老人達に訴えたいんです」
「俺たちに訴えて、それでどうするんだ?」
「老人達の意識を変えなければいけません」
「だから何をして欲しいんだ?具体的に言ってくれ。リゾートに住むのが悪いのか?ここから出てけばいいのか?」
「そうではなく、社会に対して過激なやり方で不満を表すのは止めて、配給に頼らずにしっかり働いて社会に貢献すべきと言ってます」
「そもそもここの奴らはあんたの言うような過激な行動はしてないぜ。そんな元気はないからな。それに、そもそも働き口が見つからないんだよ、」
「そんな事ないでしょう、今の時代いろんな働き口がありますよ、そんなのは言い訳です」
貝崎は首を振る。
「60ならまだいいかもしれないが、70を超えた老人を雇うところは限られてんだよ」
「探せばあるでしょう。それに今のご時世で年齢差別はありませんよ。真面目に働こうとしてないからそういう言い訳が出るんです」
「わかってないな。70を超えた老人なんてどこも雇わないんだよ。何故かわかるか?」
「わかりませんね」
男性はきっぱりと答えた。
貝崎はため息をつく。
「いいか?70を超えて物覚えも悪くなったこいつらに、長い時間をかけて一から仕事を教える手間を考えろよ。
んで、ようやく覚えたと思ったら病気になったりぽっくり死ぬかもしれねえんだぞ?
いったいどの会社が喜んで雇うんだよ?少し考えてみりゃわかるだろ。つまり年齢制限無し、なんてのは建前なんだよ」
RPの代表は言葉に詰まった。
「だからといって働かないで配給に頼った生活がいいというんですか?それは違うでしょう」
「ならお前らが働き口を斡旋してくれよ」
貝崎は皮肉げに口角を上げる。
「そんなことは私たちがすることではありません」
即座に代表は否定した。
「なら、俺ら老人どもが仕事にありつけるような社会にしてくれよ。お前らの得意な演説で、老人が就職を希望してきたら、率先して会社や企業が採用するよう社会に対して訴えてくれればいい。ここで老人を攻撃するより、そのほうがよっぽどためになるだろう」
貝崎は親指で後ろにいる老人達を指さした。
「それは・・・・」
RPの代表は口ごもる。
「どうした?やってくれよ。そうしたらここにいるやつらは仕事に就いて働けるし、税金だって納められる。お前らの言う社会貢献もできるだろう?」
「そういう訴えはそもそもあなた方自身ででやるべきでしょう?どうして私達がしなければならない?あなた方が社会に訴えればいいことです」
「訴える人数は多いほうがいいだろうが?老人ばかりが訴えるんじゃなく若いあんた方も手伝ってくれよ。
その方が効果あるだろ?
俺ら老人に社会貢献させたいんだったらその手伝いもしてくれてもいいんじゃないのか?」
RPの代表はイライラした顔をする。
「もういい!あなた方に何を言っても無駄だ!私たちはあくまでも老人の怠慢に抗議する!」
そう言うと、踵を返してRPの支持者に向かって呼びかけた。
「撤収しよう!」
代表は怒った足取りで広場の出口を目指して歩き始める。
RPの支持者たちは納得のいかない顔をしながらノロノロとその跡を追っていった。
貝崎は見送りながら首を振る。
「まったく、迷惑な奴らだぜ」




