侵入
次の週、すみれは梅のエリアにボランティアに来た。
この間会った時の貝崎の浮かない顔が思い出されて、梅のエリアでも何か問題が起こっているのではないかと心配になり、つい足取りも早くなる。
最寄駅から梅のエリアの配給場所へと向かっていると、バラックが立ち並ぶ道に差し掛かる。
片側にそびえるマンションの壁に、乱暴な字体で「カス共○ね」「ボケ老人」などの落書きが描き殴られているのはいつもの事だが、落書きはすでに所狭しと書かれており、しかも重ね書きされている状態で、来るたびに増えている。
以前貝崎に落書きの事を尋ねたが、気にするなと返されてしまった。
しかし、この落書きの状態や老人への風当たりが強くなってきている状況を思うと、落ち着かない気分になる。
貝崎の浮かない顔がまた思い起こされ、いったい梅のエリアはどうなっているんだろう、と思いながら配給場所へと急ぐ。
「ねえ、話には聞いてたけどこの梅のエリア、本当にひどい有様だね」
並んで歩くコウが落書きを眺めて顔をしかめる。
今回、彼も一緒に梅へのボランティアに参加してくれた。
すみれがこのところリゾートで起こっている変化について話すと、心配になってついてきてくれたのだ。
「うん、どんどんひどくなってきてるみたい」
「こんな所がリゾートにあるんだね」
梅のエリアに来るのは初めてのコウは辺りをキョロキョロしながら落ち着かない様子だ。
陥没した穴が所々にある道、落書きだらけのマンションの壁、反対側に並ぶバラック、辺りを彷徨しているくたびれた老人達。すみれから聞いてはいたものの、想像以上の光景に驚きを隠せない。
「それにしても、この落書きは誰がやってるんだろう」
「私もそれは思ってたけど、教えてくれなかった」
そんなことを話しながら歩き、もうすこしで配給場所の広場に着きそうになった時、広場の方角から拡声器越しの声が聞こえてきた。
「このリゾートにいる老人の方々は、世間に迷惑をかけているのがわかっていないのか!社会のお荷物だという自覚はないのか!」
その呼びかけに、多数の声が応えている。
「そうだ、そうだ!」
「自覚しろ!自覚しろ!」
「何?どうしたのこれ」
コウが動揺した声を出す。
すみれは身体が震えそうになった。
先日、駅前の街頭で老人に対する不満の声を挙げていた人達が、もしかするとリゾートの中にまで乗り込んで来たのだろうか、と思った。
嫌な予感がどんどん胸に広がる。
そして広場に辿り着くと、異様な光景が広がっていた。
拡声器を持った男性がすぐに目に入る。
そしてその周りに数十名の男女が立っている。
彼らの中には、"RP" とデザインされたTシャツを着ている人がいる。
また、同じデザインが入った帽子をかぶっている人もいた。
その彼らの周りに、配給を受けに来た梅の老人達がいる。
多くは傍観するように立っているが、彼らを睨みつけて対峙している老人も何人かいる。
「あなた方は恥ずかしくないのか!満足に納税もせず、社会に迷惑をかけ続け、これからもそうやって生きて行くつもりか!」
拡声器を持った男性が声を張り上げる。
「すでにこの国には大勢の老人たちを養い続ける余裕は無い!あなた方のせいで若者や子供達の希望がどんどん失われて行ってるんだ!」
「そうだ、そうだー!」
「そもそもあなた方は若い時にもっと政府に声を挙げるべきだった!政治の誤ちを正さず無能な政治家を野放しにしたから今の現状がある!」
「意義なし!」
「いいぞ!」
「だが、私達は違う!今の状況を憂慮し声を挙げる!他人事の政策ばかり行う政治家を一掃し社会に有益にならない老人達を糾弾していく!」
「よく言った!」
「もっと言ってくれ!」
すみれは呆然として広場の入り口で立ち尽くしていた。
やはり駅前で演説をしていた団体のようだ。
この人達はいったい何がしたいのだろう。
これからどうなってしまうのだろう、今日の配給が無事に出来るのだろうかという疑問や不安の気持ちが胸に広がる。
「なんかマズイよねこれ。大丈夫なのかな」
コウが心配そうな面持ちですみれを庇うように前に出た。
「とにかくボランティアのスタッフを探してみる」
すみれはやっと我に帰って辺りを見回した。
すると広場の端に顔見知りのスタッフ達が落ち着かない様子で集まっているのを見つける。
貝崎の姿は無いようだ。
それでもすみれは少しホッとしながらすぐさま駆け寄る。
「この人達、なんなんですか?」
息せききって尋ねると、スタッフの一人が答える。
「レボリューションパーティって団体らしいよ、政党?なのかねえ」
「なんでここでお年寄りを貶めるような事を言ってるんですか」
「最近ずっと、来てるんだよ。前までうちのエリアの外で演説みたいのをしてたらしいんだけど、今日はとうとう配給をする広場まで入り込んできたんだ」
他のスタッフが口を挟む。
「ウチらも困ってしまってね、これから配給始まるのに、広場でああやって集まってるから配給の準備が出来ないんだよ」
「どうしたもんかねえ」
「なあ」
スタッフ達が深刻な顔をして頷きあう。
「あの、貝崎さんは?」
「ああ、とりあえず警察を呼びに行ったよ。配給が妨害されてるってね。だからひとまずこうやって待機してるんだ」
「そうなんですね」
すみれはひとまずホッとした。
貝崎が警察を連れてきてくれたら何とかなりそうだと思った。
しかし。
「おい、お前ら!」
一人の老人が団体の前に進み出て大声で怒鳴った。
その剣幕に、RPを名乗る人々が張り上げていた声を止めてその老人を見つめた。
「配給の邪魔だ!ここから出て行け!」




