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リゾート

池袋駅の構内から、すみれは横断歩道を渡る人々の群れを見ていた。

駅から出ていく人、駅に向かってくる人。

みんな規則正しい歩幅とリズムで行き先へと歩いていた。

大学2年で、来年には就職活動を控えるすみれは、その中でもとりわけサラリーマンやOLの歩く姿に目がいってしまう。

そのきびきびと目的地へと向かう群れの中に、自分もいずれ入っていかなければならないと思うと憂鬱になった。

何故だかわからないが、自分が大きくて気味の悪いものに取り込まれるような気がするのだ。


すみれの顔に、熱い風が吹き付ける。

5月上旬なのに、35℃越えの日が3日も続いている。

日差しを避けて駅の中にいても汗が滲むのを感じて、思わずオープンカラーのシャツの胸元をパタパタと扇いだ。

日焼け止めのファンデーションを厚く塗ってきて良かったと思う。

スマホを見るともうすぐ10時になるところだった。


「早いね、待ったかい?」

声がして振り返ると、コウが立っていた。

彼も暑いのか、着ている半袖のデニムシャツを掴んで扇いでいる。

「そんな待ってないよ。今日も暑いねえ」

「ホントだよ、なにこの天気」

コウがうんざりした様子で雲一つ無い空を見上げる。

細身の彼は少しぐったりした様子だった。

「ごめんね、今日はつきあってもらっちゃって」

すみれは肩をすくめながら合掌した。

「ぜんぜんいいよ、面白そうだしね。それに、ちょっと興味あるしね」

コウはニコッと笑って返した。

「そう言ってもらえると助かるよ、じゃあさっそく行こう」

「うん」


今日は高齢者ボランティアに行くすみれのために、同じ大学に通う彼氏のコウもついて来てくれることになっていた。

すみれがお年寄りを相手にするボランティアに行くと聞いて,コウはびっくりしていたようだったが、理由も聞かずにすぐ賛成してくれた。

そして彼女が一人で行くのを聞いて一緒に行こうと言ってくれたのだった。


すみれとコウは新宿方面に向かう電車に乗った。

いつの間にか、電車のお年寄り用の優先席が増えている。

ひと車両すべてお年寄り用の優先席という路線も出来たらしい。

二人が乗った車両にも、老年に差し掛かった人がほとんだ。

とりあえず空いているスペースを見つけて座ると、

「ところで今日のボランティアは何するの?」とコウが聞いてくる。

「ええと、これからリゾートに行くんだけど、そこに住んでるお年寄りの話し相手をして交流するの。あとフードバスも来るからそのお手伝いかな。向こうの地区の人が教えてくれるの」

初めて聞く単語が次々に出てくるのに面食らってコウは尋ねる。

「リゾート?」

「あ、これから行くところなんだ。たくさんのお年寄りがまとまって集合住宅に住んでる地区があるんだけど、それを最近リゾートって呼んでるらしいの。わたし、コウに全然今日のこと説明して無かったね、ごめんなさい」

すみれはあわてて謝った。

「いいよいいよ、気にしなくて。あとフードバスって何?」

「フードバスは配給の食料を運んでくる車のことなの。リゾートは経済的に困っているお年寄りが

優先的に住める場所で、生活が苦しいから配給が来てるんだって」

「そうなんだ。やっとわかったよ」


リゾート。

高齢化社会が極まった現在。

身寄りが無かったり、未婚のため一人暮らしになる老人が増えていた。

また持続的に生活していくだけの年金が無く、路頭に迷う老人も無視できない数になり、老人達の住む場所の確保が急務となっていた。

国は対策のためにマンモス団地や集合住宅を高齢者達に安く提供し、問題の解消を図ろうとした。

その高齢者が住む居住地区を、いつしかリゾートと呼ぶようになっている。


すみれはコウに説明をしてない後ろめたさがあったのだろう、話を続けた。

「フードバスだけど、自動運転で来るらしいよ」

「へえ~」

コウが感心したような声を漏らした。

自動運転のバスや流通業者のトラックもいつの間にか増えた。

最初は補助として人が乗っていたものの、今では完全に無人の車が走るようになってきている。

「それはそうと、配給っていうけど年金で生活は出来てないのかな」

コウは首をひねった。

「今はもう満足に生活出来るだけの年金をもらえるお年寄りが少ないっていうよ。氷河期世代っていうの?あの辺りの世代の人たちってずいぶん苦労したらしいから」

すみれの表情に深い同情の色が見えた。

「そういうふうによく聞くよね。でも苦労ならみんなしてるでしょ?あの世代の人たちだけ特別でもないと思うけどなあ」

「確かにそう思うけど、困っているお年寄りがたくさんいるんだよ」

すみれの声のトーンが若干硬くなったのにコウは少し驚く。

「それは確かに気の毒だと思うけど、ある程度自己責任てところもあるかもね」

「うん、そうだね・・・そうかも」

自分でもちょっとむきになったのに気づき、すみれは小さな声で言った。

もちろん自分の人生だから責任は大いにある。

けれどどうしようもない流れに抗えなくて結局幸せになれなかった人達もいるのだ。

すみれは心の中でそうつぶやいた。


目的の駅で降りて、二人は外に出る。

すぐに乾いた熱気が包みこんできた。

すみれは指定された場所に行く最短距離をスマホで確認しつつ進む。

あらかじめ通るルートを決めていたようだった。


駅前の広い通りをしばらく歩くと、両側にビルがそびえ立つ区間に行きあたった。

すみれはそのビルの間に伸びる横道のひとつに迷わず入っていく。

するとすぐ目の前にマンションが立ち並んでいた。

ベランダつきの背の高い建物が、道沿いに続いている。

二人は上を見上げつつ進む。

途中で駐輪場や物置にある小道を縫うように歩き、まもなくすると開けた場所に出た。

前方に、公園が見える。

すみれはそこで立ち止まり、スマホを確認すると

「たぶんここで間違いないよ。着いた~」

と安心したように息を吐いた。

そして「話には聞いていたんだけど、すごいマンションの数だね」

と改めて辺りをキョロキョロ見回す。

コウも周りを見上げて驚いていた。

「こんなに建ってるの、初めて見るよ」

その言葉通り、四方のマンションがそびえ立っていた。

その隙間から覗く向こうにも同じような集合住宅が連なっているのが見える。

マンションの、群れがそこにあった。

「このあたりがリゾートみたい」

すみれが言った。



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