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風当たり


「荒栄さん、大丈夫ですか?」

すみれは店の外で荒栄さんに声をかけた。


「すみれちゃん。ありがとうね、大丈夫よ」

荒栄さんはすみれに微笑もうとしたが、顔はまだ強張っている。

荒栄さんは店の外にある植え込みまで来ると、その端に力無く腰掛けた。

すみれも隣に座った。

どんな声をかけていいか分からないけれど、とにかくそばにいてあげたかった。

何も言わずに黙って二人で座り続けていると、しばらくして荒栄さんが話し始めた。

「最近、店に対する言いがかりやクレームが多いの。あと営業妨害みたいな事。その内の一つに、商品が何度も潰されてるっていうのがあって、それでああやって見張ってたの。すみれちゃんも見たでしょ?

触ったり、つい落としちゃったら潰れちゃった、という感じじゃなくて、明らかに商品をダメにするために握りつぶしてるの」


すみれは頷いた。

「ええ、ひどいと思います。あれは間違いなく故意にやってます」

「それだけじゃないのよ。他にも色々あって、毎日困ってるの。」

「そうなんですか⁈」

「うん」

荒栄さんは項垂れる。

いつも溌剌としている彼女の元気の無い姿が目に染みる。

すみれの中で荒栄さんは年配にも関わらずフレッシュで、いつも活力に満ち溢れていた。

恐らく元気が無い時でも弱音を吐く姿を他人に見せるような人ではないだろう、と思う。


なのによほど困っているのだろう、すみれのようなずっと年下の若者にさえ意気消沈した姿を見せている。

それほどたくさんの嫌がらせを受けているのだろうかとすみれは驚き、そんな荒栄さんを痛ましく感じた。


どうにかして彼女の心をほぐしてあげたいと思い、すみれもコンビニで嫌な対応をされることがあった時、話を聞いてもらえると少し気が晴れたので、荒栄さんに尋ねる。


「他にはどんなクレーム受けてるんですか?」

「そうねえ・・・・」

荒栄さんはポツリポツリと話し始めた。


「何かおかしいな、と思い始めたのは本当に最近なの。開店してからこれまでトラブルなんて起きなかったのに、立て続けに起こって。

パンを袋に入れようとしたら、『触るな!』って言われたり、小さい声で何を言ってるかわからないから聞き返したら『ちゃんと聞けババア!』とか『ボケてんのか?』って怒られるの。

他にもあるけど、暴言なんかは毎日あって本当に疲れるわ」


すみれは面食らう。

「パンに触るなって、どういう事ですか?」

荒栄さんはため息をつく。

「パン自体は個包装で、もう小さなビニールの袋に入ってるの。それをまとめて紙袋に入れるために触ったら物凄い勢いで怒鳴られたみたい」


「何なんですか、それ。触らないと袋に入れられないじゃないですか」

「そう思うでしょ?でも言われたのよ。とにかく触られたくないのね」

「なら買わなくていいのに」

すみれはあまりに理不尽な事に唖然とする。

「それに、聞き返したら怒鳴られるんですか?」

「ええ、これまでも聞き返したらイライラした感じで答えるお客さんはいたけど、最近は暴言よ。」

「わかります。コンビニでも聞き返したら不機嫌になる人います」

すみれはうんうん、と頷く。

すみれにも経験のあることだった。

コンビニではタバコを購入する人に多いかもしれない、と思う。

タバコの銘柄を略称で言って、わからないと腹を立てたり、銘柄の名前を言う声がよく聞き取れなくて聞き返すと二度も言わせるな、という風に不機嫌に銘柄の名前を怒鳴られたり睨まれたりする事があるのだ。


最初はなぜ聞き返したら不機嫌になるんだろう、二度尋ねるのがそんなに悪い事なんだろうか、とか略称がわからない時に正式名称を尋ねるのもダメなのだろうか、と辛い気持ちになった。


ただ、暴言を吐かれることはなく、荒栄さんから聞いた客の様子はあまりにも酷いと思う。


荒栄さんはまたため息をついた。

「私もパン屋の経験長いけど、こんなにクレームが多いの初めて」

「ひどいですね」

すみれも肩を落とす。


「だからね、私なんで毎日クレーム多いのか考えてみたの」


「何か理由があるんですか?」


「最近、老人が自殺して過激な方法で不満を訴えたり、車で暴走して人にケガをさせたりしてるじゃない?

そういう事件に対して憤りを感じた人達がどんどん増えてきて、その中に老人全般に対して厳しく当たり始める人が出てきたのかなって」

荒栄さんは俯く。その表情は悲しそうに沈んでいた。


「そんな・・・・気のせいですよ」

そう言いながらすみれは荒栄さんの憶測にはっきりと否定できない自分を感じる。

確かに今日、ここにくる前に駅前で老人に対する不満をぶち撒けるような演説を聞いたばかりだった。

そして何よりもその演説を聞いた多くの人が拍手をしたり、同調する掛け声を放っているのを目撃したのだった。

すみれはそれ以上何も言えず口を噤むしかなかった。


荒栄さんはそんなすみれの様子を知らず、首を振った。

「気のせいじゃないと思うわ。だって私達は悪いこと何もしてないのよ?

どうしてあんなに酷い言葉を毎日のように浴びせられるの?

私達年寄りに不満か恨みでもないとあんな事してこないと思う」


そこで荒栄さんは言葉を切ると、弱々しい声で、


「そりゃあ・・・・・・私達、このリゾートに住んで配給を受けてしまっているわけだから、世間様に迷惑をかけているかもしれない。

でも、こうやってパン屋を開いて何とか生きていこう、としているのにそんなに辛く当たらなくてもいいじゃない」

そう言うと彼女は唇を噛み締めた。


「私だって出来れば普通の暮らしをしたかった。けれど家族の面倒を見て働き続けてきて、結局行き場が無くなってリゾートに住むしかなかった。これでも一生懸命頑張ったのよ?

なのにこうやって世間の人から疎まれるなんて悲しい」


荒栄さんの最後の方の言葉はほとんど独白のようだった。


すみれは何も言えなかった。

このままいったら荒栄さん達や、リゾートのお年寄りはどうなるんだろう。

穏やかに暮らしていけるんだろうか、と不安ばかりが募っていく。


俯き続ける荒栄さんに、すみれはかける言葉を見つける事が出来なかった。



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