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破損


配給が終わって片付けもあらかた済んだ頃、南出さんがやってきて言った。

「月山さん、荒栄さんのとこに行ってもいいですよ、あとはこちらでやっておきますから」

「え、いいんですか?」

とすみれが聞くと、南出が笑った。

「荒栄さんから『すみれちゃん来たらパン屋に来てもらって』って言われたんですよ」

「あ、そうなんですね」

つられてすみれも笑う。

「なので、早く行ってあげてください」

「わかりました、じゃあ、行ってきます。ありがとうございます」

すみれはそう答え、お辞儀をした。



すみれがパン屋の前まで来ると、ちょうど貝崎が店から出てくるところだった。

その片手に、大きな紙袋を抱えていた。

どうやらまたパンがぎっしり詰まっているらしい。

「あ。こんにちは」

すみれが挨拶すると、貝崎も挨拶を返す。

「よお、元気かい」

「ええ、元気ですよ」

すみれは貝崎に会釈する。

「すごくたくさん買いましたね」

そう言ってすみれが指さしたので、貝崎は手に持った袋をしげしげと見つめる。

「そうか?普通だと思うがな。この頃あまり食べれ無くなってきてな、やはり年だな」

「そうですか?これだけ食べられるなら十分だと思いますけど」

すみれはクスクス笑った。

貝崎も笑顔を見せたが、その表情が少し浮かないものだったので、すみれは気になって思わず尋ねた。

「貝崎さん、お疲れですか?あまり元気ないように見えます」 

尋ねてしまってからコワモテの貝崎に余計なことを尋ねてしまったかと思い、すみれは少し不安になる。

「そうか?」

貝崎は思いがけないことを聞かれた、という様子で聞き返してきた。

「ええ」

すみれは小さく頷く。

貝崎はポリポリと頬を掻き、苦笑する。

「まあ、何てこたねえよ」

「そうですか」

すみれはそれ以上尋ねることも出来ずにいると、

「気にしてくれたのかい、ありがとうな」

貝崎はそう言うと、

「こっちのエリアにも顔出してくれよ、じゃあな」

と手を上げて去っていった。


すみれは何となく気になったので、次は梅のエリアの配給を手伝いに行こうと思った。


パン屋に入ると、中はかなり混雑している。

繁盛しているみたいで、すみれは嬉しくなった。

老人がほとんどだが、若い人達もけっこういる。

いろんな年代の人に店が認知されてきたのかな、とすみれは思った。


見回すと、店内にいる荒栄さんの姿を見つけた。

しかしエプロンなどはせず、私服のままだ。

変だな、と思いながら声をかけようとすると、向こうもすみれを見つけ人目を避けたいという風に一瞬だけ人差し指を口の前に立てた。

何かあるんだ、とすみれは察して小さく頷いた。

自分のコンビニでのバイト経験から、もしかすると万引き防止の巡回かもしれない、と推測する。

すみれはパンを品定めしながら時折荒栄さんの様子を窺った。

次々と来店があって、店内は人で溢れている。

小麦のいい匂いが鼻をくすぐり、そのうちすみれは荒栄さんが巡回しているのを忘れ、本格的にパンを選んでいた。


突然、

「ちょっと、あなた待ちなさい!」

と大きな声が店内に響き渡った。

見ると荒栄さんが一人の男性の前に立ってその顔を睨みつけていた。

30代くらいのサラリーマンだろうか。

半袖のシャツにスラックスの男性だ。

男性は訝しげに荒栄さんを見返す。

荒栄さんが大きな声でまくし立てる。


「あなたいまうちのパンを潰したでしょ!見てたのよ!」

潰したってどういう事だろう、とすみれが固唾を飲んで様子を見守っていると、男性が刺々しい声で言い返した。


「は?何言ってんのあんた」


「あんたがウチの商品を握りつぶしたのを見たって言ってるのよ!ワザとやってるでしょ!」

「知らねえよ」

男性は不貞腐れたようにそっぽを向く。


荒栄さんは男性の近くにあるパンを手に取って見せた。

コーンパンだろうか、黄色いツブツブが表面に載せてある。

それが無惨に潰れていた。

少し凹んだ、という類いのものではなく、本当にギュっと握りしめられて完全に潰されている。

ずみれは歪な形になってしまったパンを見て息を呑んだ。


「あんたが潰したのしっかり見てたのよ!弁償しなさい!」

荒栄さんが怒鳴ると、男性は面倒臭そうに、

「だから知らねえって言ってんだろ。言いがかりはやめろ、不愉快だっつの」


「言いがかりじゃない、見てたのよ。警察呼ばれたくなかったら弁償しなさい」

そう言って荒栄さんは男性に潰れたパンを突きつける。

「どこに証拠があるんだよ、証拠を見せてみろ」

男性はうんざりした様に言い返す。

「私が見てたのよ、あんたがパンを潰すところ」

「だから証拠。証拠は?」

小馬鹿にしたように男性が顎を突き出す。


荒栄さんは一度大きく息を吐くと、声を張り上げた。

「あんたでしょ!このごろウチの商品潰してたのは。何回も商品ダメにされてたから見張ってたのよ!謝りなさいよ!」

荒栄さんがそう追求すると周囲がざわめく。

男性を見る目が一気に冷えたようになり、スマホを男性に向ける人まで出てきた。


すると男性はカッとなったらしく、怒りの表情に顔を引き攣らせた。

「このボケ老人が!お前らうぜえんだよ!」

といきなり大声で怒鳴り出す。

そして荒栄さんの手から乱暴にパンをひったくった。

その勢いに荒栄さんがよろけてしまう。


男性は荒々しくレジの方へ近づくと、懐から小銭を出した。

その小銭を自動レジであるにも関わらずカウンターに投げつける。

そして、

「金さえ払えばいいんだろ!ババア!」

と怒鳴り、荒栄さんからひったくったパンを地べたに叩きつけ、あろうことか靴で滅茶苦茶に踏みにじった。


パンの残骸が床に飛び散った。


男性は尚も、

「おらこれで満足だろババア!年寄りどもがいちいち調子乗んじゃねえよ!」

と吐き捨て、「どけや!」と怒鳴りながら乱暴に周囲の人を押しのけ、店を出て行った。


あまりの事に周囲は騒然としている。

荒栄さんは怒りをこらえるように拳を握り締め、少しその場に立ち尽くしていたが、黙って床に屈むと手で潰されたパンを拾い集める。

顔が悔しそうに歪んでいた。

すみれは思わず前に進み出て、飛び散ったように床に散乱しているパンを一緒になって拾う。

「すみれちゃん、ありがとうね」

荒栄さんの礼を言う声が震えている。

すみれは黙って首を振り、潰れたパンの残骸を集め続けた。


拾い集めながらすみれは泣きそうだった。

あの男性がどうしてあんな乱暴なことをしたのか到底理解できない。

滅茶苦茶にされたパンは、荒栄さんたちお年寄りが頑張って作ったパンだ。

とてもいい香りのする、美味しいパンだ。

それをあのように無残に扱う気持ちがすみれには全くわからなかった。

いったい荒栄さん達が何をしたっていうんだろう。


一方であの男性の言い方は、年寄り全般に対して不満があるような感じもした。

まるで年寄りへ鬱憤を晴らすような行動のようにも思える。

今日リゾートに来る際、駅前で耳に入ってきた演説が、フラッシュバックのように思い出される。

もしかしたら老人に対して不満を持つ人が出てきて、こんな事が起きているのだろうか。

すみれの心に、帳のように不安が降りてくる。


荒栄さんはパンを拾い集めて処理すると、店のスタッフに声をかけて店外に出た。

肩を落として出て行く後ろ姿が寂しげで、すみれは悲しくなる。

店内は少しざわついていたが、落ち着きを取り戻しつつあった。

すみれは荒栄さんを追いかけて店の外に出た。




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