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演説


リゾートの最寄りの駅で降り外に出た瞬間、すみれは事態が悪い方向に向かっているのがわかった。


駅前に街宣車が止まっており、その屋根の上で20〜30代くらいの男が演説をしている。

車には「 ~REVOLUTION PARTY~ この国を真に改革する!]という垂れ幕が下がっていた。

何十人もの人々が足を止めて演説に聞き入っているようだ。


男性はよく通る声で叫んだ。


「この国に改革をもたらす、私達はレボリューションパーティです!

私達は、しがらみや利権に囚われずに行動します!」


聞いたことのない団体だ。

しかし周りからは大きな拍手が上がっている。

男性が訴えた。


「今日は氷河期世代のご高齢者の方々に言いたい!

ここまで景気が悪い状態が続き、少子化が進んだのは、ひとえにあなた方に責任があるのではないだろうか!

およそ50年も前、就職難で景気が悪くなる一方の時期に、あなた方は何故政府に抗議しなかったのか?

何故意思表示をしなかったのか?

何故選挙に参加して当時の政策にノーを突きつけなかったのか?

国の政策を変えようとしなかったのか?

氷河期と言われたあの時期に、政府を野放しにしたツケが現在のこの状態を生んだのではないのか?」


聴衆の中から「そうだ!」「そのとおり!」などの声が上がる。

すみれはその話の内容を聞いて思わずその場に立ち止まり、演説に聞き入ってしまう。


「時の政府に対して抗議の声を上げ、意思表示をしていれば政府の政策も変わり、景気の悪い状態がここまで長く続くかず、少子化は進まず、もっと税収は上がり、税金も上がらなかっただろう。

しかし今はどうだ。出生数はすでに50万人を割り込んだ。

消費税は20%、税の国民負担率は55%以上となった。

そして特に社会保障費が歳出を圧迫している!

これは高齢者が我々に負担を強いていると言えるのではないか!」


男性は少し激した口調で訴える。

拍手が沸き起こる。


「このように、自分たちがこの国を停滞させたのに、被害者のような顔をして今になって政府に対して抗議をするのはおかしいと思わないのか?」


「しかも過激な行動によって抗議し、世の中を不安にさせ、とうとう一般人に被害が出た。これを許すわけにはいかない!」


「いいぞ!」「頑張って!」などと賛同の声が群衆の中から上がる。

女性も声を上げているようだ。

男性はなおも続ける。


「今からでも高齢者たちは贖罪をすべきだ。もっと社会のために働いてもらう。今は健康な高齢者ばかりだ。

私は年金の減額を提案する!そして高齢者の医療費の自己負担を増やせ!窓口負担額の上限を上げる事を要求する!」


また大きな拍手が湧き上がる。

足を止めて演説を聞く聴衆も増えてきたようだ。


「また、安楽死についても制度を作るべきだ。私達ははそう考える。自己の苦痛を和らげ家族の負担を減らす意味においても必要な制度と考える」


「私達は年配者のために若い人々の未来の可能性がどんどん狭まっていく今の現状を変えるために立ち上がりました!

このままでは高齢者のケアのために国が沈んでしまう!

政府は選挙の票欲しさに人口の多い高齢者を優遇する措置を取るばかり。

しかも給付や配給といった場当たり的な政策しか行っていない。

国を良くしていこう、という長い目で見た戦略が根本的に無いのです!

我々は、若い活力をもってこの国をもっと豊かに変革しなくてはなりません!

みなさんの力が必要です!

どうぞよろしくお願いします!

みなさんの力でこの国を変えていきましょう!」


大きな歓声と拍手が上がった。

男性も女性も声を上げて声援を送る。

拳を突き上げて熱中する人もいた。

そんなに老人に対して不満を持つ人々がいたのかと思うと、すみれは胸がキュッと締め付けられるような感覚を覚える。

そしてまず考えたのはリゾートのお年寄りたちのことだった。

少ない年金の中でようやく生きているような人々が、このままだとさらに社会の隅に追いやられるような気がしたのだ。


不安になりながらすみれはリゾートへの道を急いだ。


今日は「松」のエリアに行く日だ。


すみれは荒栄さん達に会えるのを楽しみにしていたが、駅前の演説を聞いて暗い気持ちになった。

「松」までの道をトボトボ歩きながら、これからどうなるんだろう、と考える。

配給がストップしたりはしないか、リゾートのお年寄りが嫌な思いをしないか、などと思うと心にさざ波のように不安が広がる。

いずれにしてもこれから高齢者にとって悪い方向に物事が流れそうだと思った。


「松」の配給場所に着くと、何事も無いように配給の用意をしている人々を見てすみれはホッとする。

南出を見つけ、参加の挨拶をする。


「南出さん、こんにちは。今日もよろしくお願いします」

すみれの声に振り向いた南出は温かい声で応える。

「月山さん、ありがとう。今日もよろしくお願いしますね」

「はい」

すみれが辺りを見渡すと、配給を待っている老人の中に荒栄さんの姿が見当たらない。

「南出さん、今日は荒栄さんはいないんですか?」

思わずすみれが尋ねると、

「ああ、今日荒栄さんはパン屋の方にいるようですよ。相変わらず繁盛してるみたいです」

南出さんはニッコリとする。

「そうなんですね、後で行ってみます」

すみれはパン屋が繁盛してると聞いて嬉しくなり、何故か安心した。


配給は滞りなく進んだ。

「すみれちゃん、今日もありがとうねえ」

年配の老婦人が配給を受け取るとにっこり笑ってそう言ってくれる。

近頃では顔見知りの老人も増えて、配給を手渡す時も話をしたりお礼を言われることが多くなり、

すみれはますますやりがいを感じている。

それだけに今日聞いた演説の内容が心に重くのしかかってくる。

高齢者に対する風当たりが強くなれば、もしかしたら本当に年金が少なくなり、このリゾートに住むお年寄りの暮らしはもっと厳しくなるのではないか、そうすみれは心配になる。

出会ってきたお年寄りたちは本当にその日暮しで、それでも節約したり助け合って生きてきている。

だからもうこれ以上、暮らしを圧迫するような事は起きて欲しくない、そう思うすみれだった。





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