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変化


「いつまで俺らは我慢すればいいんだ?」


車の中だ。

どこかの路肩に車は止まっているらしく、

行き交う車や人の話し声が近づいたり遠ざかったりしている。


老人男性が、運転席からこちらを見つめている。


くたびれたハンドル、簡素なインパネ、日に焼けたダッシュボード。

レンタカーなのだろうか、全体的に使い古された雰囲気が漂っている。

こちらを向いている男性の頭髪は禿げており、顔全体が日に焼けている。

無精ひげがごわごわと生えた表情は険しい。

見開かれた目は血走っているように見える。


男性はまくし立てた。

「おい、選挙に行ったってどんな政党になったって暮らしはいっこうに良くならねえじゃねえか。景気は良くならねえし先も見えねえ。ふざけんな。もう生きていけねえよ」


男は画面を睨みつける。


「本当によ、一体政治家や役人どもは半世紀も何をやってんだ?将来のためだといつまでもずるずる税金ばかり増やしやがって。

お前らに任せたら手取りは一向に増えねえしまともに生きてもいけねえじゃねえか。

でっけえ詐欺だろう、これは。

国民は打出の小槌じゃねえんだよ。付け上がりやがって。もう限界だ」


男はハンドルをガツンと殴った。


「おい、自己責任だあ?努力だあ?すました顔してご高説垂れやがって、クソを顔に塗りたくられた気分だったぜ。お前らみたいのが金太郎飴みたいにずっと変わらずのさばっているからこの国はおかしいままなんだよ。国のことしか考えてねえ、単細胞が。国民あっての国だろよ、大腸菌どもが。

お前らはいいよなあ。長い間国を悪化させといて、しかも大勢の人生を滅茶苦茶にしても責任取らなくいていいからなあ」


おそらくこないだの首相の発言の事を言っているのだろう。

その発言に対し大いに憤りを感じているらしい。

言葉は汚く、感情的だ。思ったことを順序も無くそのまま言い放っている。

興奮した男は尚も続けた。


「あとな、テレビに出て景気が悪くなったのはこれが原因だなんだとしたり顔で説明しやがる専門家とかコメンテイターとかいう無能も胸糞悪いぜ。自分では何も生まないくせに人がしたことには分析って名目で難癖つけたりあげつらったりして金を稼ぐ。寄生虫の中の寄生虫だ。まだケツの中にあるクソみたいな奴らだ」


男の顔が歪んだ。


「俺たちは今、何か行動を起こさねえと殺されちまう。税金で生きている奴らは俺らのことを考えずに搾取するだけだ。なんたって税金で生きてるんだからな。

あいつらは寄生虫みたいなもんなんだよ。

税金さえ貰えりゃ苦しんでる奴らのことは無視だ。

根本的に考え方が違うんだ、生きてる環境も、価値観も違うから同じ人間だと考えてちゃお前ら、搾り取られて死んじまうぞ」


その声に切迫感が増し、男の口から唾が飛ぶ。


「そうなる前に手を打つんだ。税金でしか生きていけないような寄生虫がたくさんいすぎる。

そいつらに、思い知らせてやらねえとな」


そこで男は唇の端を吊り上げた。


「腹を切ったヤツがいた。すげえぜ。俺は驚いたよ。思い切ったことするってな。

そして心が震えた。同じことを思ってる奴がいたってな。

たぶん俺だけじゃねえ、もっと大勢のやつらが心の底は同じ事を感じてるはずだぜ。

自分を燃やした奴がいた。

この国が俺らに対してどんだけ冷たかったかよく分かったぜ。

きっと報われず不幸なまま生きてきたんだろ。

悔しいよなあ。たまらねえよなあ。虫けらのように生きて死んでよ」


男の顔がくしゃくしゃに歪んだ。いたたまれない思いがその表情に浮かんだ。


「もう不満を行動に表していい頃だ。遅かったと言ってもいいと思うぜ。

俺は大勢を不幸にしておきながら、そんな自覚もねえ奴らが許せねえ。そいつらに思い知らせてやりてえ。俺がこれからすることにお前らも続け。そしたら世の中変わるからよ。何でもいい、行動に移せ。意思を示せ」


「俺がこれからする事を見ていろ」

もう一度そう言うと、男はハンドルを握る。

ぐっとアクセルを踏み込んだのか、車のエンジン音が大きくなる。

男の顔ごしにみえる窓ガラスの向こうの風景が飛ぶように後方に流れる。

エンジンがさらに大きな音をたてて唸る。


何かにぶつかったのか、時々車がガクンと振動する。

破裂したり割れる音が響く。

周りから悲鳴や叫び声が聞こえる中、尚もエンジン音が大きくなった。


次の瞬間、男の身体が浮き上がり、運転席がひしゃげ、画面がザーッと黒くなった。


老人男性の車が現政権の与党支部に突っ込み、怪我人が多数出たとニュース速報が流れるのは

少し後だった。


男性の車はすごい速さで道路を走り、ためらいもみせず突っ込んだと目撃者からの話だった。

車はビルに突っ込むと大破、男は意識不明の重体とのことだった。


ワイドショーの専門家やコメンテーターはこれまで散発的に発生していた氷河期世代の老人達の抗議がとうとう攻撃性を持ち、発現したのだと分析をしていた。

そしてこれからもこの傾向が増加するのは間違いないと憂慮するコメントを発していた。


世間の評価は大半がこの愚かな行為に対する怒りや悲しみ、不安だったが、一方で少なからず喝采や応援するような意見も見られた。


国は緊急の会議を開き対策を練ることにしたが、結局実効性のある処置は施さず、マスコミを操作した。

いわくニュースや専門家やコメンテイター、はては芸能人を利用してこの暴力はテロであり、またいかなる暴力も非難されるべきものであり、自殺は忌むべきものであるという世論の醸成に務めた。


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