訪問
「じゃああの、友達を呼んできます。城戸さんにも話してきます」
「ええ、待ってます」
すみれは駆け出す。
テントに戻るとコウが話しかけてきた。
「おかえり。どうだった?」
「うん、里平さんって女性の方なんだけど、お悔やみ伝えたら部屋に来ないかって誘われたの」
「へえ、それは急なお誘いだね。それで、行くのかい?」
「うん、行ってお話したいと思うんだけど」
「じゃあ、僕は先に上がってる?」
「それがお友達もどうぞって言われたんだけど、コウも来てみない?」
コウはキョトンとした。
「ええ、いいのかい?」
「うん、構わないみたいだよ」
「なら行くよ、自分だってボランティアに来たんだから」
「ありがとうね」
「全然だよ」
コウは微笑んだ。
「城戸さんにこのこと伝えて来なきゃ」
「そうだね」
すみれとコウは城戸が作業をしているテントに向かった。
城戸さんはテーブルの片付けをしている。
「城戸さん、あの、私達お年寄りの方からお部屋でお話しないかと誘われたんですが、行ってもよろしいでしょうか?」
すみれは城戸さんに伺ってみる。
城戸さんは一瞬びっくりしたようだった。
「どの方からお誘いを受けたんですか?」
「里平さんです、あの、先日配給を一緒に部屋まで届けた」
おずおずとすみれが答えると、城戸さんは合点がいったように頷いた。
「ええ、ええ、もちろんいいですよ。あの方は穏やかでいい人です。お話してきてください」
「ありがとうございます」
城戸さんが自分に向けてくる表情が柔くなっていて、すみれは嬉しくなった。
「では行かせてもらいます」
すみれとコウは会釈をしてその場を去った。
雨は傘をささなくてもいいほどの小降りになっている。
里平さんはさっきと同じ場所に立っていた。
「あ、お待たせしました」
すみれが声をかけると里平さんは微笑む。
「いえいえ、大丈夫ですよ。そちらの方がお友達?」
「ええ」
「あ、鳥見コウっていいます。お誘いいただいてありがとうございます」
コウが早速挨拶する。
里平さんは頷いてお辞儀をする。
「里平茜と申します。よろしくお願いします」
二人もお辞儀を返した。
「急なお誘いなのに、来ていただいてありがとうございますね」
「いえ、ボランティアに来て初めてここの方のお部屋に訪問できるので、嬉しいです」
すみれが答える。
「私も若い方とお話する機会があって良かったです。私達の部屋、近くなのですぐに着きます」
そう言うと里平さんは先に立って歩く。
その小さな背中を見ながらすみれとコウは顔を見合わせた。
私達、と里平さんが言ったようだったので、もしかすると夫婦で住んでいるのかと思ったのだ。
三人はマンションに囲まれた路地を進む。
里平さんが言ったとおり、ほどなくして一棟のマンションの前に来ると里平さんは振り返った。
「このマンションです」
そこはリゾートにたくさん立ち並んでいる10階建て以上のマンションの一つだった。
中に入ると冷たい感じのするコンクリートの床面が続く廊下があり、錆び付いた郵便受けが並んでいる。
その前を通り過ぎると古びたエレベーターがあって三人は乗り込んだ。
3階で降り廊下をしばらく進むと、あるドアの前で里平さんは足を止める。
ポケットから鍵を取り出しドアを開けると
「さあ、どうぞ」
と言って自ら中に入っていった。
すみれが続いて入ると玄関はタイル張りの床になっており、左手に腰くらいの高さの下駄箱がある。
二人入れば丁度、というくらいの広さの玄関だった。
里平さんは先に上がると、
「あ、スリッパもなくてごめんなさいね。お客様が来ることなんてないものですから」
と幾分恥ずかしそうに言う。
「いいえ、大丈夫です。それじゃあお邪魔します」
と言ってすみれとコウは靴を脱いで上がった。
玄関からまっすぐ廊下が伸びて正面にドアがある。そのドアの小窓からぼんやりと明かりが漏れていた。
里平さんに続いて廊下を進むと両側にドアがあった。
おそらくトイレや洗面所、他の部屋へのドアだと思われる。
里平さんがまっすぐ進むと正面のドアを開けた。
そこは10畳程度の居間だった。
そして二人の老人女性が背の低いテーブルを囲んで座っており、こちらを見上げてきた。
居間のクーラーがカタカタと音をたてて作動している。
「めぐみさん、あゆみさん、お客様よ。ボランティアの若い方なの。お話したくて来てもらったの」
里平さんがそう説明すると、
「あら、お客さんなんて珍しい。いらっしゃい」
一人の髪の短い老人女性が驚いた面持ちですみれとコウを見つめた。
「こんにちは」
と答えたもう一人は髪をひっつめにした女性だ。
こちらは柔らかい表情で挨拶をした。
「あ、月山といいます。お邪魔します」
「鳥見です。お邪魔します」
それぞれ挨拶をすると里平さんが
「どうぞどうぞ、ソファーもないけどここに座って」
と座布団を出してきたので、二人は座った。
入って正面にはベランダに通じると思われるガラス戸があり、そのそばにテレビが置いてある。画面ではワイドショーが映っていた。
二人がもじもじしていると、
「初めまして、私阿子って言います。阿子めぐみ。こっちの方は阿竹あゆみさん。二人共「阿」で始まる似たような名前でよく間違われるのよ」
と阿子さんと名乗った老人女性が屈託なく笑った。
「そうよねえ」
阿竹さんも笑う。
「さあ、召し上がってください」
いつの間にか里平さんが麦茶を持ってきてテーブルの上に置いた。
「「いただきます」」
すみれもコウも喉が渇いており一気に飲み干した。
それをにっこりしながら里平さんが見ている。
すみれは気になっていた事を訪ねた。
「あの、この部屋は皆さんで住んでらっしゃるんですか?」
里平さんが答える。
「ええ、そうなの。私たち三人で住んでるのよ」
「私たちだけじゃなく、このマンションはほとんどの人がニ人や三人で部屋をシェアして住んでるの。一人の方が少ないと思う」
阿子さんが補足する。
「そうなんですね」
今のいままですみれは老人たちは部屋に一人で住んでいるものと思い込んでいたので驚いた。
「そういえば、さとちゃん。こんな若い人とどうやって知り合ったの?」
阿子さんが里平さんに好奇心丸出しで聞く。
「そうそう、どうして知り合ったの?」
阿竹さんもすみれとコウに顔を向ける。
「こないだ話したじゃない。保西さんの事。あの時に一緒にいてくれたのがこの月山さんなの」
里平さんが二人に答える。
「あ、そうだったの。月山さん、この間は大変でしたね」
「保西さん?」
阿子さんはすぐわかってすみれを気づかうように見つめたが、阿竹さんは聞き返した。
里平さんは柔らかく、
「ほら、一人で住んでた足の悪い保西さんよ。私と阿子さんが配給を持って行ってたじゃない。あゆみちゃんも一緒だった時もあるわ」
「ああ、そうだったわね」
と阿竹さんは答えたがそれでも少し考え込んでいるような素振りだ。
思い出そうとするのか額に手をやり叩いている。
「保西さん、一人で住むのがいいって言って無理してたものね」
「うん、誰かと住んだほうが安心よって勧めてみたけど、頑なに一人がいいって」
「ああ、保西さん、一人で住んでいたわね」
そこで阿竹さんは思い出せたのか明るい表情になった。
里平さんと阿子さんは阿竹さんを見て頷く。
「保西さん、一人が良かったんですね」
すみれが聞くと阿子さんは頷く。
「そうなの。でも足が悪いから部屋に一人は大変だから心配してたのよ。それに家賃だったり生活の事とかね。でも、結局あんな事になっちゃって」
阿子さんが顔を曇らせた。
すみれは思い巡らす。
このリゾートの住人だ、一人で住んでいると確かに生活費に余裕はないだろう。
だから部屋に冷房設備をつける余裕が無くて熱中症になってしまったのだろう、と。
こうして見ると、里平さん達の部屋には居間に冷房がある。家具もあるみたいだ。
こうやってリゾートのお年寄り達は部屋をシェアしたりして助け合っているんだ、それは老人たちの部屋に訪問してみないとわからなかった、とすみれは思う。
そして部屋に呼んでく入れた里平さんに感謝した。




