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警察

サイレンの音が大きくなってくる。


「私が迎えに行ってきます」

橋方がそう言ってサイレンが響く方向に向かって歩き出した。

「ああ、頼むぜ」

貝崎が見送った。

ほどなくして、橋方に伴われて警察官が複数やってきた。

皆臭いに顔を顰めて辺りを見渡している。

「こっちだよ」

貝崎が手を挙げた。

「ああ、貝崎さん」

顔馴染みなのか警察官の1人が声をかけた。

「あの小屋だよ、日が経ってるみたいだからかなり傷んでる」

「わかりました、見てみます」

貝崎に呼びかけた警察官が帽子に手を添えて挨拶し小屋に近づいて行った。そのあとに数人の警察官が続く。

彼らは小屋の中を覗き、低く呻くと戻ってきた。

「だいぶ傷んでますね」

さっき貝崎に声をかけた警官が話す。

「暑い日が続くからね」

それに頷き、警官が言った。

「いきさつをお聞かせ願えますか」

「ええ、私とこの人たちでお話しします」

それに橋方が答える。

側に立っていたバラックの住人2人が歩み出た。

警官がすみれの方を見る。

若い女性がこの場所にいるのに少し違和感を覚えたのだろう。

「あの、あなたは」

「あ、私」

「ああ、彼女はここにボランティアで来ていただいた方です、成り行きで一緒に来ました」

橋方がかわりに説明した。

「そうですか。いちおうお話はお聞きするので申し訳ないですが、ここにいてください」

「はい」

すみれは頷いた。


橋方達が話をしている間、すみれや貝崎も警官にいきさつを聞かれたが、経緯の確認のみで時間はあまりかからなかった。

話終わると貝崎が側に来る。

「お疲れさん」

「あ、はい」

すみれは警官と話をする緊張から解放されてホッとしながら返事をする。

「それにしても何で月山さんまでここに来てたんだい、今日はもう配給も終わったってのに」

貝崎が聞いてきたので、すみれは事情を説明した。

「最初、バラックに住んでる方から臭いがするっていう話を聞いたんです。たぶん、ゴミを捨ててないみたいだって。それならそのゴミを捨てるお手伝いができるかなと思ってこの場所まで来たら、こんな事になってしまって」

「そうかい、それはびっくりしたろう」

「ええ」

すみれは頷く。

「あの、こういう事」

「ん?」

貝崎が訝しげに聞き返す。

「こうやって、あの、食べ物が無くて亡くなる方ってなんとかならないんですか」

すみれは聞かずにはいられなかった。

やはりショックだった。食べ物はさほど苦労せずに手に入るものだと何となく思っていたのだ。

だから飢えて死んでしまうという事がこれほど身近で起こることがどうしても信じられなかった。

自分が配給に携わっているということもある。

だから、無駄だと思っても貝崎にその問いをぶつけずにはいられなかった。

だが、貝崎はあっさりと答える。

「そうだな。配給の範囲でしかどうにもならないな」

「そうですか」

すみれは悄然とする。

厳しい現実を目の当たりにしてまだ心の処理ができない。

そんなすみれの姿を見て貝崎が言った。

「あまり考えこまなくていい。あんたがこうやってリゾートに来てボランティアをしてくれて、そしてこの現状を知ってくれてる。それだけで意味があるんだ」

「そうですかね」

「そうさ。だから、ありがとうな。リゾートにきてくれて」

貝崎がすみれの目をしっかりと見つめてきた。

無骨な貝崎が口にした思いがけない感謝の言葉に驚いてしまい、すみれは何故だか涙が出そうになり慌てて頷いた。

「あの」

「なんだい」

すみれは聞きたかったことを聞いておこうと思った。

「このバラックですけど、警察の方は何も言わないんですか?」

「ああ、これかい?何も言ってこねえよ。撤去したとこでまたすぐ出来るし、この人数をいったいどこで受け入れるって話だ」

「そう言えばそうですね」

「あと、撤去するにも煩雑な手続きあるしな、わざわざそんなことするヤツもいねえよ」

すみれは納得した。

「もう少し聞いてもいいですか」

「何だい」

「ところどころですごい内容の落書きあるんですけど、あれは何ですか?」

わざわざリゾートに来てあんな酷い落書きをする意味が、すみれには分からなかった。

ここに住んでる老人達に対して誰が、どんな訳で「◯ね」だとか「◯す」などという憎しみのこもった感情を表しているのか。

書き殴った落書きはそれぞれ字の形なども違い、複数人が行っていると思われる。

呪われた寄せ書きのようにも見えるそれは、すみれにとって正視に耐えるものではなかった。

すみれの問いに、貝崎は顔を顰めた。


「ああ、あれはイカれたヤツらが時々ここに来て書くんだよ、気にするこたあねえ」

少しそっけない感じで答える貝崎は、何故かその話題に触れて欲しくなさそうな面持ちだった。

そのため、すみれはそれ以上聞くのを躊躇う。

だから抗議の気持ちを訴えるだけにした。

「それにしてもひどいですよね」

「俺らに鬱憤はらさねえとやってられねえんだろうさ」

忌々しそうに貝崎は口を歪め、むっつりと腕を組んだ。

その場を沈黙が流れる。

しばらくして、貝崎はすみれの方を向いて口を開いた。

「月山さん、ここは掃き溜めなんだ。だからいろんな事が起きる。もしかしたらこれから今まで見た以上のことも起きるだろう」

すみれは貝崎から出た言葉に戸惑って黙って彼を見上げる。

「だが、ここは行き場が無くなった奴らの居場所だ。これ以上どこにも行けなくてここしかねえ奴らが必死に生きてるんだよ。それを覚えておいて欲しいな」

貝崎はそう言うと、すみれからの言葉を待たずに警官達の方に歩み寄った。

「なあ、俺とこのお嬢さんはもういいかい」

さっき貝崎に声をかけた警官が頷く。

「ええ、いいですよ、後はこちらの方達に聞きます」

「じゃあ、これで行くぜ。橋方、あとはよろしく」

「ええ」

橋方が答えた。

すみれも橋方に向かって言った。

「橋方さん、じゃあ私、失礼します」

「すみれさん、ありがとうございます」

橋方はすみれに少し微笑んだ。






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