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小屋の中


二人の先導の後を、橋方とすみれは着いて行く。


男性達は公園の方へ向かっていくので、すみれは公園にバラックがあるのだろうかと思っていると、公園とマンションの間の路地にバラックが並んでいた。

近づいていくと、何とも言えない臭いが鼻に入り込んできた。

思わず顔をしかめるすみれを、橋方が気遣う。

「大丈夫ですか?これはすこし臭いますね」

「大丈夫です」

すみれは応えポケットからハンケチを取り出して口に当てた。

その様子を見て二人の男性の内一人が

「やはり臭うよねえ、困ってるんだ」

とうんざりした表情で言う。

「どの小屋ですか?」

橋方が尋ねると、二人が同時に指さした。

「あそこのだよ」「あのブルーシートのとこ」

それはブルーシートと木の廃材で囲っただけのバラックだった。

周りにはビニール袋や何本もの傘、廃材があり、明らかにゴミみたいなものも多数あった。

「たしかにこれはゴミの処分をしなければいけませんね」

橋方はそう言うと、彼もハンカチを取り出して口に当て小屋に近づく。

すみれも後を追おうとすると

「月山さんはそこにいてください、私が呼びかけますから」

と橋方に言われたので、待機することにした。

それにしてもひどい悪臭で、身体に染み付いてきそうだ。

すみれは具合が悪くなりそうなのを必死に堪えた。

「すみません、どなたかいますか?」

橋方は呼びかけながら近寄るが、誰も応えない。

何度も呼びかけ、橋方は小屋の前までくる。

木の板で覆われた戸口らしき所をノックしてみるが誰も出てこない。

何度かノックしたが応答がないので、橋方は木の板をずらす。

その中を覗き込んで、一瞬固まり、すぐに後ずさった。

「・・・・・」

橋方が沈黙したのですみれがどうしたのだろうと訝っていると、

「橋方さん、どうだった?」

と男性が聞いてくる。


「警察を呼びましょう」

橋方がポツリと言った。

その顔がすこし青ざめている。

「警察?」

慌てた様子で男性の一人が言う

「なんでだい?」

「中で男性が一人亡くなってるみたいです」

もうすでに平静を取り戻したような様子で橋方が言う。

「えっ」

「まさか」

ふたりの男性が小屋に近寄ろうとすると

「見ないほうがいいですよ、かなり傷んでますから」

と橋方が二人を止めた。

「もしかしてこの臭い・・・」

橋方が頷く。

「ええ、屍臭です」

男性が仰け反る。

「うわあ・・・わかったよ」

橋方はすみれに、

「月山さん、あなたはこれで帰ったほうがいいかもしれない。中はかなりひどい状態です」

と言う。

すみれは着いて来た以上、ここで帰ってしまうのは気が引けたので言った。

「いいえ、私も一緒に警察が来るまでいます」

「しかし」

「あの中を、見ることはしません。でも、ここまで来たので警察が来るまではいさせてください」

橋方は目を見開くと、頷いた。

「わかりました。それでは警察を呼びましょう。月山さん、私は携帯を持っていません。

申し訳ないですが、あなたの携帯をお貸し願えませんか」

「もちろんです」

すみれは携帯を取り出して橋方に渡した。

「ありがとう」

橋方は受け取ると携帯を操作しようとして、すみれを見る。

「そうだ月山さん、貝崎のところに行ってこのことを伝えてもらってもいいですか。事情を説明しておいたほうがいいでしょう」

「そうですね。わかりました」

「なあ、橋方さん。俺らはどうすりゃいい?」

男性が尋ねた。

「警察が来たら事情を説明しなければいけません。あなた方も警察がくるまで待ってください」

「だよなあ」

二人の男性はうんざりした顔をした。

「私、貝崎さんへ伝えてきます」

「ええ、お願いします」

すみれはその場を離れた。


配給の広場に戻ってみると、運の良いことに貝崎はまだそこにいた。

顔色が変わっていたのかもしれないが、すみれが近づいてくるのを見ると貝崎は先に聞いてきた。

「どうした、何かあったかい?」

すみれは事情を説明する。

「そうか。俺もそっちへ行くぜ。案内してくれ」

「はい」

二人は足早にバラックの現場の方へ戻る。

すみれは貝崎がさほど動揺していないのを感じたので聞いてみた。

「貝崎さん、こういう事ってあるんですか?」

「ああ、あるぜ。時々な。病死して誰も気づいていないか、餓死してやはり誰も気づいていないかだ」

「餓死?」

「ああ、餓死だ」

貝崎は珍しくもない、という風に口にした。

すみれには信じられなかった。

餓死が起こるなんて考えもしなかった。

「でも誰かに訴えれば食べ物くらい・・・・」

「誰が食べ物恵んでくれるんだ?ここで小屋建てるようなのはみんな金がなくて飢えた奴らだよ。病気か何かで身体が弱ってくると体力が無くなって、どこにも行けなくなるし、食べるものが無いからあとはそのまま死ぬだけだ」

すみれは息を呑む。

「でも、誰かに助けてもらうとか」

「確かにそうだが、助けを求めるヤツはあまりいないな。そもそも助けを求めるようならバラックにはいない」

「・・・・・・」

すみれは今更ながらこのリゾートがどういう場所なのかを思い知った。


ここは、人が餓死する場所なのだ。


すみれが沈黙しているのを見て、貝崎は続けた。

「衝撃を受けたって顔だな。そうか、無理もねえのか。餓死なんぞ考えた事もないだろうしな。

だが、みんな、なんでもねえ顔をしてリゾートにいるが、内心はそうじゃねえんだよ。必死に生きてんだ」


そのまま話もせずすみれは屍臭の漂う小屋へ貝崎を伴う。

橋方が例の2人の男性と立っていた。

橋方はすみれを見ると軽く頷き、貝崎に向かって言う。

「警察を呼びましたよ」

「ああ。ちょっと中を見てくるぜ。」

貝崎は手で口を覆いもせず小屋にずかずか近づくと中を覗き、戻ってきた。

「ありゃあ、餓死だな」

ポツリと言う。

顔がすこし顰められていた。

橋方も頷く。

「これで何件目でしょうね」

「わからねえな、今年に入ってだと5件くらいじゃねえか」

すみれはまた驚く。

恐らく餓死のことを二人は言っているのだろう。それが5件も起きている。

それがこの梅のエリアだけの事なのかリゾート全体を指しているのかもわからなかったが、

これが現状なんだ、と改めて衝撃を受けた。


遠くの方で、サイレンが聞こえてきた。




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