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バラック


梅のエリアへの道を、すみれは歩いている。

前に来た時より、路上に放置されたゴミのようなものが多くなったような気がする。


指定された配給場所は、以前来た時と同じ広場だ。

先日そこに行くまでに、物騒な落書きを見た。

今日もその場所を通ると、今は違う落書きが増えていた。

やはり乱暴な内容で、目にしたすみれはすぐ目を背けた。

いったい、誰がこんな落書きをしているのだろう。

「老人は全部○ね」という内容からしてリゾートの住人では無さそうだけれど、何故そういう落書きをするのかすみれには想像もつかなかった。


荒れた感じの道路を進むと、バラックが見えてきた。

こちらも明らかにこの前来た時より数が増えていて、すみれは驚く。

バラックが続く道をすみれが歩いていると、ボロボロの服を着た老人達が立ってこちらを見ている。

どの顔も無表情で、目には諦めきった静けさがあった。

男性も女性も、この場に満ちているのは諦めだった。


すみれは自然とうつむいてしまう。

目に映るこの光景を、どんなふうに処理すれば良いのかわからなかった。

ただただうつむいて、老人達の静かな視線を感じながら歩くしかなかった。


最近、生きるのに絶望した老人たちが自殺を通して政府や世の中に抗議する動きが増えている。

発端はある老人が切腹自殺をして国に抗議をした動画がSNSに出回った事だという。

この動画はセンセーショナルとなり、外国でも「NEW HARAKIRI」などという名前でニュースになったらしい。

世の中が次第に落ち着かない雰囲気になってきているのをすみれは感じている。

識者と言われる人達は、この流れがエスカレートすることを危惧していて、何らかの犯罪であったり大規模な騒乱が発生しないかという事だった。


広場に着くと、配給場所の設営が始まっていた。

すみれはここに来るまでに見た光景を引きずって、暗い気持ちになりながら設営を手伝う。

「よう、久しぶりだな」

と声をかけられて、顔を上げると貝崎が立っている。

「こんにちは」

と挨拶を返すと貝崎が言った。

「なんか暗い顔してるな、どうかしたのかい」

「いえ、どうもしてないです」

すみれは答えたが、少し逡巡してから貝崎に尋ねる。

「この前より、バラックが増えましたよね」

「ああ、増えているよ」

「あと、ひどい内容の落書きもたくさんあります」

「そうだな」

貝崎は何でもないことのように言う。

すみれはその反応に思わず口調が尖ってしまう。

「ひどいですよ、こんなの」

貝崎はポリポリと頭を掻いた。

「確かにひどいな。でもな、どうしようもないんだ。これからもバラックは増え続けるし、落書きだって消そうが増えるだろうよ」

「どうしてこんなことになってるんですか」

「どうしてって言われてもなあ。生まれてきた時代が悪かったとしか言いようがないのかもな。

まあ、俺はこのリゾートに来る奴は大まかに二つに分かれていると思っている」

そう言って貝崎はまず一本、指を立てる。

「まず一つ目、社会に馴染めねえ奴だ。ルールを守れねえから仕事が長続きしねえし、人との関係も作れねえ、社会で生きていけねえ奴。社会不適合者というのかもな。これはどんな時代でもそう言うのはいるんだと思う」

貝崎はそれからもう一本指を立てた。

「二つ目は、仕事への意欲だってあるし人との関係だってしっかり作れて普通に生きていける、なのにここに来ることになっちまった奴。リゾートの住人はそういう奴の方が多いな」

「なんでそんな」

すみれは納得できないような表情を浮かべる。

それを見て貝崎は口の端を歪めた。

「だから言ったろう。時代が悪かったんだってな。俺たちの若い頃はな、ろくすっぽ仕事がねえ。随分苦労して仕事を見つけても労働環境がひでえから身体を壊して辞めるかクビになるかだし、しょうがないからつなぎで仕事をして生きてたら、いつのまにか年を食っちまってここに来ることになってたんだよ」

「なんでそんなことになったんですか?」

貝崎は腕を組んだ。

「何でって・・・・さあな。国の連中の責任だって言えばいいのかもな。だが、連中はそんなことはないって絶対に言うだろな。やれこれだけ暮らしが安定しただの、株価が上がっただの何がこれだけできただのって言って、どうでもいいちっせえ功績だけ大声で叫びやがる。

だが、このリゾートを見てみろ。不幸になった奴がこんなにたくさんいて、あんたが言ったように路頭に迷う老人が毎日増えてんだよ」

最後の方の言葉を貝崎は忌々しげな顔で吐き捨てた。

「連中がもしこのリゾートを見ても、あんな不況じゃ出来ることは限られている、誰がやってもあれ以上のことはできなかったって涼しい顔で言いやがるだろうぜ。結局他人事さ。最後には「自己責任だ」の一言で切り捨てられるだろうな」

貝崎の口調がだんだん険しくなる。

すみれが少し怖くなってその顔を恐る恐る見ると、その様子に気づいたのか貝崎は気遣わしげにすみれに目を向け、頭ををポリポリと掻いた。

「おっと。いけねえ、思わずのぼせちまった。

まあ、見捨てられたり犠牲になる奴ってのは誰にも気にかけられずに死ぬしかねえのさ。

でもさすがにそういう奴らが多すぎやしねえかって思うぜ。

誰かが言っていたよ。自分たちの世代はずっと希望のない、ホープレスだったってな。いいこと言うぜ」

貝崎は口の端を釣り上げて皮肉げに笑った。

すみれは何も言えずまた俯いてしまった。

落書きの事とかも聞きたいような気がしたが、これ以上聞けない雰囲気だった。

「悪い。長く話しすぎたな。まああんたがそんなに気にすることじゃない。ここに来てこうやって俺達の手伝いをしてくれるだけありがてえよ。さ、配給が始まるぞ」

遠くから陽気な旋律が聞こえてくる。


今日も梅に来るフードバスは数台しかない。

そのため配給はあっと言う間に終わってしまう。

片付けまで終わりひと段落ついてしまい、すみれは何もすることが無くなってしまう。

誰かとお話できないだろうかと思っていると、ちょうど橋方の姿を見つけたので挨拶をしに行く。

「橋方さん、こんにちは。お久しぶりです」

すみれが挨拶すると、橋方が振り向いた。

「月山さん、久しぶりですね。こんにちは」

「この間はありがとうございました」

「この前は初めてこのエリアに来てびっくりしたでしょう」

「ちょっとびっくりしましたけど、大丈夫でした」

橋方は穏やかに微笑んだ。

「また来ていただいてありがとうございます。そういえば、他にもいろいろ活動されているようですね。パン屋の開店も手伝っていたようだと貝崎から聞きました」

すみれは慌てて首を振った。

「手伝いなんてほんの少ししか出来ませんでした。ボランティアだってたまにですし・・・」

「でも、こうやってこの梅のエリアにまで来てくださってますよ。ありがとうございます」

橋方が改まって丁寧にお礼を言ってきたので、すみれは恐縮してしまい、

「ど、どうも・・・」

と頭を下げる。


するとそこへ、二人の老人男性がやってきた。

「老人たちの服装は汚れており、身体からすえた臭いがしている。


「橋方さん、あのさあ、俺ら聞いて欲しいことあるんだけど」

おもむろに一人の男性が橋方に向かって呼びかけてきた。

「どうしました?」

橋方が穏やかな表情を見せて答えると、男性は少しためらった後、

「俺ら、近くに家作って住んでるんだけど、隣の家の奴がゴミを捨ててないみたいで臭ってきているんだ。ちょっと困ってるんだよね」

「いつからですか?」

「臭ってきたのは一週間くらい前からかな。何か臭いなと思ってて、でも自分たちがこんなだからさあ、無理もないかと思ってたんだ。したらどんどん臭くなってよ、かなり臭ってきたからさあ、ゴミを溜め込んじゃってるんだろな」

もう一人の老人が頷いている。

「そうなんだよね。ありゃ俺らの隣の小屋からだと思う。名前は知らんけど、男の人がいるんだ。食いものでも腐らせてるんだろうな、きっと」

「そうですか、じゃあゴミを処分するよう言わないといけませんね」

「悪いね。お願いできるかい」

橋方は頷くと、すみれの方を振り返った。

「月山さんはもう撤収でしょう、私はこれからこの人たちとちょっと行ってきます」

「一緒にいきましょうか。ゴミの始末とかなら私も手伝いますよ」

すみれがそう言うと、橋方が少しためらう。

不思議に思ってると、

「来てもいいですが、話を聞くとバラックに住んでる方ですし、そこの方のゴミですからひどい有様かもしれませんよ」

と橋方がためらいがちに言うのですみれは顔を引き締める。

「大丈夫だと思います。お手伝いしますよ」

「わかりました、じゃあお願いします」

と橋方は頷いて老人たちに先導されて歩き始める。

すみれも後を付いていった。






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