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報告


「久しぶりねえ、すみれちゃん」


弾んだ声がして振り返ると荒栄がすぐそこに立って微笑んでいる。

荒栄さんは、今日も長袖のシャツにジーンズの、ラフな格好だ。

けれどその姿が不思議とよく似合っていた。


「お久しぶりです、荒栄さん」

「毎日暑いわねえ、身体大丈夫?」

「大丈夫です。暑いですけど、頑張ってます!」

すみれも微笑み返した。


すみれはまた一人で松のエリアのボランティアに来ていた。

6月の上旬で、毎日曇りや雨でじめじめした日が続いている。

今日もしとしとと雨の降る日だった。

すでにテントの設営は終わり、フードバスを待っているすみれに荒栄が声をかけてきたのだった。

松のエリアに来るのは2回目だったが、竹や梅のエリアに比べると穏やかな雰囲気で、朗らかな荒栄が声をかけてくれたことですみれはいくぶん和らいだ気持ちになった。


「今日も来てくれてありがとうね」

「ご無沙汰してました」

「他のエリアに行ったんでしょ?もしかして梅にも行ったのかい」

心配そうに聞いてくる荒栄に、

「どちらにも行きました。とりあえず大丈夫だったです」

すみれの答えに荒栄は驚いた表情を見せる。

「もうどちらにも行ったのかい、すみれちゃんは勇気あるね」

「ありがとうございます」

「実はね、私すみれちゃんに報告あるんだ」

荒栄はイタズラっぽく笑う。

すみれはきょとんとして

「何かあったんですか」

と聞く。

荒栄はまた笑って

「とりあえずまた後でね」


しとしと降る雨の中、配給が始まった。

少し慣れて来たので、すみれは配給を渡す時に「今日はあいにくの天気ですね」などと声をかけることもできた。

ここの老人は穏やかな人が多いようで、和やかな雰囲気で受け渡しができる。

受け渡しがひと段落すると、南出が近づいてきた。

「月山さん、今日はありがとうございます」

「いえ、こちらこそ竹や梅に紹介いただいてありがとうございます。あれからどちらとも伺うことができました」

すみれがお礼を言うと、

「どちらのエリアの方でも一生懸命やってくれたって連絡がありましたよ」

南出が口をほころばせた。

「そう言ってくださると嬉しいです」

すみれは竹や梅のリーダーの顔を思い浮かべる。

どちらも対照的な2人だった。

ほとんど話もできなかったのに、自分のことをみてくれていたんだと思うと改めて他のエリアに行って良かったなと思う。

「けれどリゾートにはあまり雰囲気の良くない場所もあるので、危ない目に遭ってないか心配してたんですよ。

とにかく何事も無くて良かった」

南出は胸をなで下ろすような仕草をした。

「本当に雰囲気が全然違うんですね。びっくりしました」

「もうお分かりだと思いますが、梅の方は特に違いますから。あまり行って欲しくなかったんです」

南出の表情が陰った。

確かに梅の、あのバラックが並ぶ光景は目を逸らしたくなるだろうとすみれは思う。実際に行ってみて衝撃を受けた自分がいる。

けれどそれと同時に目にして良かったとも思う。どれだけの人が困窮しているのか、実感として分かったのだから。

すみれは正直に自分の気持ちを伝えようと思った。

「リゾートに来るまで私は困っているお年寄りの事、何も知らなかったんです。知ろうとも思わなかった。でも、実際に来てみていろんなん場所に行かせていただいて分かりました。こんなに多くの人が困っているんだって。だから他のエリアに行けたこと本当に感謝してます。ありがとうございました」

「私は何もしていないですよ、月山さんが行動した結果です。それにしても、そもそもどうしてこのリゾートに来ようと思ったんですか?」

「それは・・・・」

すみれが言いよどむ。

それを見て南出は両手を振った。

「いいんです。答えられなくても。ともかく月山さんがこのリゾートを関わってくれて良かったです」

「すみません」

すみれが謝ると南出は首を振った。

「気にしないでください。さ、配給の続きをしましょう」


それから配給が終了し、後片付けが始まった。

すみれが手伝っていると荒栄さんが呼びかけてくる。

「すみれちゃ~ん、ちょっとおいで~」

その呼びかけにすみれがどうしようか戸惑っていると

「月山さん、ここはもういいですから荒栄さんのところに行ってあげてください」

南出が苦笑しながら許可を出してくれる。

「すみません」

すみれはそう言って荒栄さんの方に向かっていった。


荒栄さんは女性のグループと一緒にいた。

初めに出会った時と同じ顔ぶれもいる。

「お待たせしました」

とすみれが声をかけると、荒栄さんは微笑んだ。

「いいのよ~、ごめんね無理言って出てきてもらって」

「いいえ」

「それで、さっそくなんだけどさっき言ってた報告」

荒栄さんが目を輝かせる。

すみれはその様子に内心可笑しく思いながら尋ねる。

「ええ、何かあるんですか?」

「実は、ここにいる人たちでね、このリゾートにパン屋を開くことにしたの」

「本当ですか!それはとても素敵ですね!」

すみれはとてもびっくりした。

このリゾートの中のマンションは居住区ばかりで、昔は一階に店が入っていたような建物も多いが、全てシャッターが降りいて、すでにどんな店も開いてはいない。

でも荒栄さんたちはそこに店を開くというのだ。

「よくここで店を開けましたね」

「私たち、毎日ただ過ごしているだけでしょ?だけどやっぱり何かしたくてね、いろいろ相談をしてたの。そしたら飲食の経験があったり、私も含めてパン屋の経験がある人もいたし、それでどんどん話が進んで、やってみようって事になったの。南出さんが行政の方に話をしてくれて、いろんな方が協力してくれてね、店が開けることになったのよ」

荒栄さんは微笑んだ。

「荒栄さん、パン屋の経験あるんですか?」

「ええ、昔パートでずーっとパン屋やっててね、その店でひと通りのこと教えてもらったの」

「すごいです!私応援します。何か手伝えることがあったら言ってください」

すみれは思わず手を叩いた。

「ありがとうね、その時は相談させてもらうね」

荒栄さんも、まわりの老人女性たちもニコニコしている。

皆活気に溢れて溢れて楽しそうだ。

リゾートの老人達の中に、目標を持って何かをやっている人達がいた事に、すみれは心を揺さぶられた。

そして、改めてリゾートのボランティアに来て良かったと思った。




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