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コンビニ

「いらっしゃいませ」

チャイムが鳴って店にお客さんが入ってくる。

品出しをしていたすみれは顔を上げて挨拶をした。


今日すみれはコンビニのアルバイトに入っている。

リゾートに行くようになってすみれは最近、老人客のことをよく観察するようになった。

老人客は多くて、すでに若者より利用者数が増えているかもしれない。


最近のコンビニではレジがカウンター商材を含めた全ての商品を瞬時に読み取れるようになったので、スタッフが会計の対応をする事はほぼ無くなった。

その代わり、発注、品出しがメインの業務になる。

また、荷物の受け渡しや預かり、商品の日限のチェック、店内と各機器の清掃も大事な仕事だ。

レジ対応が無いだけでも以前より業務量が段違いに減って助かってるよ、とオーナーは喜んでいるが、今のコンビニ形態が普通のすみれにはわからない。


店に入ってきたお客様は老人だった。

男性で、着古したシャツと綿パン、ザックを背負って少しふらついた足取りだ。

すみれは気になったものの、そのまま品出しを続けた。

お昼が近いこともあって来店が多くなる。

大部分の人が弁当やおにぎりといった日配品のケースの方に向かっている。

すみれが働いているコンビニは住宅地に位置しているので、お昼時はかなり忙しくなる。

主婦層がお昼を買うついでに公共料金の支払いをしたり、営業のサラリーマンがお昼を買ったりと続々と来店してくる。

レジは自動、フライヤーの商品を取るのも温めるのもセルフだが、フライヤー商品を作ったり宅配などの受け渡し、その他のお客様対応は店員がするので、すみれは品出しの手を止めてレジに入った。

混雑が続いてしばらく、いきなりレジ裏のバックヤードの戸が開いてオーナーが出てくる。

オーナーは初老を迎えているが、足取りはしっかりしている。

その表情は硬く、小走りで店の外に出ていった。

訝しげな表情をする来店客。

すみれもどうしたんだろう、と思ったが業務を続ける。

ほどなくして店の自動ドアが開くとオーナーがさっき見かけた老人男性を伴って入ってきた。

表情がさっきより険しい。

老人男性はうつむき、途方にくれた顔だ。

すみれはまたか、と思った。

万引きだ。


オーナーと老人男性はバックヤードに入っていった。

客の大部分はなんとなく事情を察したようだが、それぞれの買い物を続けた。

すみれも混雑対応に没頭した。


混雑があらかた引けた頃、警官が3人来店する。

すみれは彼らにバックヤードを案内すると、彼らは帽子のひさしに手を添えて挨拶し、入っていった。

30分くらいして、その3名の警官と老人男性が出てくる。

老人男性はうつむいたままだった。

彼らは店を出ていった。


すみれは休憩になり、店内作業を他のスタッフと交代してバックヤードに入る。

オーナーが座って防犯カメラを操作していた。

「お疲れ様です」

すみれが備え付けの椅子に座って声をかけると、

「月山さん、お疲れ様」

とオーナーが答えた。

「万引きですか」

「ああ、そうだよ」

彼はうんざりした顔をする。

「お年寄りですね」

すみれもアルバイトをしてるうちに何度か万引きは遭遇したことがあったので、もう驚くことはなかった。

「うん、老人の万引きは珍しく無いんだけどね、この頃、以前と違う万引きが増えてきたよ」

「なんか違うんですか?」

すみれは不思議に思って尋ねる。

オーナーはため息をついた。

「以前万引きする老人て、なんでかわからないけれど、お金はあるのに盗むっていうのがほとんどだったけど、今は本当にお金無くて、何日も食べられなくて食べ物を取る老人が多いんだよ」


「そうなんですか?」

すみれは現状を聞いて驚く。

「お腹が空いてどうしようもないんだろうね」

オーナーは暗い顔をした。

「昔のお年寄りはお金持ってたけど、今は生活するので精一杯って感じの人多いよ。コンビニで買うものも割引き商品しか買わないし。安いPB商品買うしね。出来るだけ節約しようって思ってるんだろうね」

そこでオーナーは気づいたように聞いてきた。

「そういえば月山さん、お年寄り相手のボランティア行ってるんでしょ、どんな感じだい?」

すみれは答える。

「ええ、新宿の方のリゾートでお年寄りに配給を渡したり話し相手をしてます」

「そう、リゾートねえ。ニュースで知ってるよ。お年寄り専用の居住区みたいなところだっけ」

「ええ」

「しんどくないかい」

オーナーはちょっと心配そうな顔をした。

「大丈夫です」

すみれは少し微笑んで答えた。

「でも、こないだ配給を手伝いに行った時、足が悪くて外に出られないお年寄りがいたので、その方の部屋まで配給を届けに行ったんですけど、出てこなくて・・・・」

「へえ~、それで?」

オーナーが続きを促す。

「管理人の方がドアを開けて入ったんです。そしたらその部屋の方、熱中症にかかってたんです」

すみれが暗い表情になったのを見てオーナーは状況を察したのか、

「そうかい、それは大変だったんだね」

と気遣う様子を見せた。

「わたし、ボランティアに行くまでリゾートの事全然知らなくて、今回行くようになって初めてお年寄りの方がどんな風に過ごしているのか分かりました」

すみれがそう言うと、オーナーは頷く。

「リゾートにいるお年寄りは生活苦しいんだろうね」

「リゾートってあの中でエリアで分かれてるみたいです、そしてエリアによって状況が違うみたいです」

「そうなのかい、リゾートのことは聞くことあるけど、エリアがあるなんて知らなかったなあ」

「私もです。リゾートのお年寄りに聞くまで知りませんでした」

「どんなエリアなの?」

「松竹梅で分かれてるようなんです。松は年金が5万から10万程度までもらえてる人の地区、竹は5万以下の地区、梅はもらっていない人が住んでるって聞きました」

オーナーはそれを聞いて絶句した。

「そんな格差みたいのあったんだ、知らなかったよ」

「驚きますよね」

「ああ」

オーナーは俯く。

「苦しい生活をしている老人が大勢いるんだろうね。最近、老人が自殺しているってニュースがだんだん増えてさ、しかも自殺する様子をネットに挙げたりしてるよね」

「そういえばそれ、話題になってますね」

すみれも躊躇いがちに頷いた。

このごろ、老人が自殺している様子を映しているショッキングな映像がネットに出回っている。

どうやって映像を撮ってネットに流しているかは未だ不明だった。

しかしその映像を話題に批判したり、もてはやしたりしている風潮があって、すみれは関心を寄せる気にはなれず、ニュースでのみ触れる程度であった。


「僕はちょうど同じ年代なんだけどね、その同じ人々に対して、時々後ろめたい気分になる事があるんだ」

「え?」

すみれがもの問いたげな視線を向ける。

「僕はねえ、親の代からやってたこのコンビニがあったから、実は氷河期って言われる時期の、あの就職難を経験した事ないんだよ」

オーナーは自嘲の笑みを浮かべた。

「でも、あの頃大勢の人が本当に大変だったんだって思う。現に、自分の友達の中でもあの就職難のころから連絡取れなくなった人達がいたしね」

オーナーの目に昔を思い出すような色が浮かんだ。

「だからたくさんの人が辛い経験をしたあの時期に、何も考えずにこのコンビニを継いでなんの苦労もしなかった自分にやましさを感じるんだ」

すみれは思わず口を挟んだ。

「でもそれ、オーナーの責任では無いと思います」

「うん、わかってるんだけどね、どうしてもそう感じちゃうんだよ。そして、連絡ができなくなった友達のことを思い出すんだ。今ごろどうしているだろう、無事に生きてるのかなってね。そうやって考えてなんか悲しい気持ちになる」

「そうなんですか」

「同じ年代の人ってさ、一緒に流行りの歌を聞いて、流行の服を身につけて、同じような遊びやイベントを経験したし、そのころ起きたニュースに触発されたりしてさ、言い方おかしいけど、なんか同じ時代の釜の飯を食べたっていう意識があるよね。だから今、そんな自分と同じ時を過ごしてきた人が、生きるのに辛くてどんどん自殺してしまったり、今日のように食べるものが無くなって、どうしようもなくなって万引きしたりしているのを見ると、辛いよ」

そこでいったんオーナーは口をつぐんで、ポツリと言った。

「だって同じ青春を一緒に生きてきた人たちだから」

オーナーは寂しそうに微笑んだ。




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