プールの少年少女と私の青春
「じゃあ先生、後はお願いしますね」
「はい、お任せください」
私は案内してくれた職員さんを見送り、ギラギラと暑い日差しを叩きつけてくる太陽を見上げた。
市営プールに来た僕はプールを囲んでいる塀ギリギリに生えている、大きな桜の木のプールサイドまで伸びている太い枝に座っている女の子に声を掛ける。
「ヤア! おはよう」
「おはよう」
枝の下にあるプールサイドのベンチに腰掛け、日がな一日彼女とお喋りするのが今の日課。
以前の僕の定位置はプールの底だった。
何でそんなところにって皆んな思うだろ?
理由は簡単、プールを泳ぐ女の子たちを鑑賞していたのさ。
女の子と仲良くなりたいって思いプールに来たのに女の子に話しかけようとすると、顔が真っ赤になり吃ってマトモに喋れなくなる。
だから女の子に話しかける度にその事を指摘され笑われた。
何度か試みたあと火照った顔を冷やそうとプールに飛び込み底まで潜って顔を上に向けた僕の目に、夏の眩い太陽光と共に色とりどりの薄い布地を纏った女の子たちのナイスバディが飛び込んで来た。
それから僕は女の子たちに声をかけるのを止め、プールの底で女の子たちを鑑賞するのが日課になる。
そんな日々が続いていたある日、何時ものようにプールの縁に掴まり深呼吸していた僕に頭上からクスクスという笑い声が聞こえ、そのあと声をかけられる。
「プールの底にいて楽しいの?」
頭上を見上げたら桜の木の枝に腰掛けた、真夏なのに手袋をはめ長袖長ズボン姿で大きな帽子を被り雨傘を持った女の子が僕を見下ろしていた。
「ウン」
「プールを泳いでいる人たちを眺めているだけなのに楽しいの?」
「仕方が無いじゃないか、女の子とお喋りしようとすると赤面する上、吃って話しが出来なくなるんだから。
だからプールの底にいるんだ」
「そうなの? でも此処から見る限り日焼けしていて逆光だから赤面しているって分らないわよ」
「え! 本当に?」
「それに、私と今お喋りしているのに全然吃っていないじゃない」
「アレ? そう言われれば」
「ネ゙! 暇なら私とお喋りしない?」
「僕で良いのならお喋りしよう。
それよりそんな所に座っていないで、此処に来れば?」
「駄目なの、体質で夏の強い紫外線に当たると当たった所が水ぶくれになって呼吸困難になるから」
「そうなんだ」
彼女と楽しくお喋りしていると、偶に僕たちの方へ近寄って来る奴等がいる。
彼女の話しによれば、真夏なのに手袋をはめ長袖長ズボン姿の彼女をからかったり嘲笑ったりする為にらしい。
だから僕は師範や先輩方に、お前の人を射抜くような鋭い目だけでも武器になるって言われている目で睨みつけたり、プールに来ていない時は通っている空手道場で鍛えぬいた身体で威圧したりして追い払う。
それだけで、一緒にいる女の子たちにいいところを見せようとして粋がっている男たちを含め、大抵の奴等は顔を青褪めさせ震えながら退散していく。
そんな日々が続いていたある日、彼女が台風が近寄って来ていて分厚い雲に覆われた空を見上げながら提案してきた。
「ねえ、何処かに出かけない?」
「昼日向から出歩いて大丈夫なの?」
「これだけ分厚い雲に覆われていれば大丈夫だと思うは、帽子や傘もあるから。
それに万が一陽が差して来てもあなたが庇ってくれるでしょ?」
「ウン、それは任せて、それじゃ服を着てくるからちょっと待っていてくれる」
服を着て桜の木の根本に行き彼女に腕を差し伸べる。
彼女が僕の胸に飛び込んできた。
僕は彼女の手を握り肩を寄せ合い、共に何処までも伸びる光り輝く道を歩む。
「終わりました」
「戻って来ませんよね?」
「大丈夫です、黄泉路を歩んで行きましたから」
「ありがとうございます」
職員から礼金を受け取ってプールに背を向ける。
除霊が家業とはいっても彼氏のいないまだ16歳で女子高生の私が、なんで2人の若者の仲を取り持たなくちゃならないのよ。
異性に興味を持ちながら亡くなった2人の若者。
プールの中で心臓麻痺を起こし溺死した少年と、プールで楽しく戯れる同い年くらいの少年少女を眺める事しか出来ず、将来を悲観してプール脇の桜の木で首を吊った少女。
2体の地縛霊が出会い最後にこのプールから旅立つように仕向けて仕事は終わったけど、夏ももう終わりじゃない。
私も青春したいよー!