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究極の一枚

作者: 雉白書屋

 AIの発達、普及で様々な製品、分野にその力が振るわれるようになったが、やはり芸術の分野において、脅威と言わざるを得ないだろう。絵、音楽。人の手では何日とかかる作業もキーワードを入力、AIに任せればわずか数分でできてしまう。

 尤も、やはり道具は道具。その出来は扱う者次第になるわけだが。

 画家の道を諦め、普通の労働に時間と身を費やす俺のようなものからすれば、天使が舞い降り、剣を授けてくれたようなものだ……。


 家に帰った男はフッーと一息。さっそくパソコンと向かい合う。

 彼が目指しているのは究極の絵。その一枚。見た者全員の心が打ち震えるようなそんな作品だ。泣かせたいわけでも笑わせたいわけでもない。心を揺さぶること、つまり音楽、絵、映画、小説、何にしても相手に「おおっ……」と思わせれば勝ちだ。たとえ認めようとせず、口を曲げ批判しようとも自分の心に嘘はつけない。それが彼の哲学。

 残念ながら実現させる腕はなかったが、脳内、その想像力だけは負けていない。ただ描けなかっただけ。しかしAIに描かせれば……と(本人はそれと気づかないが)凡夫な考えで取り組み、早半年が過ぎようとしていた。


 そう、半年。先程、彼の吐いた息も『やるぞ』という気合入れではなく、ため息。まったく上手く行っていなかったのだ。

 AIは方向性や色や物など、こちらが指定したものを使い、絵を描いてくれるわけだが、自分の脳内にあるイメージを伝えることはやはり難しい。

 パソコンの画面。描かれた絵を見つめ「今回は上手く伝えられた! 成功だ!」と思ったときもあったが、日を置きまた眺めると熱が冷め「なんだ、こんなものか……」と首を傾げ、そしてそれは自分は結局、凡人だったのだと思い知らされるようで絶望。嘆き、怒り、ギギギと奥歯を噛み締め、世を人を、あらゆるものを呪う言葉を吐いた。

 今ではその方向性、入力するキーワードも【美少女】【水着】【ニーハイ】【リアル】などやる気の無さが窺える。

 ティッシュをゴミ箱に投げ捨て大きな欠伸を一つ。 今日はもう終わりでいいや。ああそうだ。最後に……と、彼は、ふと思い浮かんだキーワードを入力し、絵を描かせた。

 

 そして……





「お、おおぉ……」

「素晴らしいわぁ」

「これが、この、こんな、くぅ」

「あ、あ、あ、あ、あ」

「こんなもの……駄目だ。最高すぎる……」

「アメージング……」

「ふぐぅ、う、う、う」

「ありがたや、ありがたや」

「ジーザス……」


 それから数か月後。彼はタキシードに身を包み、来場者に微笑みかけていた。

 彼は個展を開いた。しかも、たった一枚の絵だけで。だが他の絵は必要はないのだ。

 

 なぜならそれは究極の一枚なのだから。

 

 他の絵を置いたところで見向きもされないだろう。ならば花でも飾っておけばいい、いや、それすらも不要。邪魔なだけだ。事実、花瓶に生けた花も今は割れた花瓶と共に床の上、靴の下。

 警備員を雇ってはいるが、皆、中々帰ろうとしないので会場は常にぎゅうぎゅう詰めであった。定期的に怒号も飛び出すが、暴動やらの心配はない。その声の主も絵を一目見れば黙り、両手を合わせ拝むのだ。

 涙を流す者、声も出せず口を開けたままの者。反応は似たり寄ったり。一言で言うならばそう、心を奪われた。

 今、彼に歩み寄るのもそのうちの一人。


「いやぁ、素晴らしいよ」


「ああ、どうも、あなたですか」


「アッハァ! 覚えてくれて嬉しいね。それでどうかな? 是非、その」


「ありがたい申し出ですが……」


「五十億! いいや七十億! た、頼む、あの絵をどうか……」


「申し訳ありません。ポストカードを販売しているのでそれで」


「もう買ったよぅ……部屋の天井まで張り付けてあるのさぁ……」


「ははは、ニューヨークの個展で買い占めたのはあなたでしたか。

お声がけ、感謝はしますよ。でも、絵はお売りできません」


 この手の相手の扱いはもう慣れたものだった。

 彼がAIに描かせた究極の一枚。それはまさしく神の姿であった。

 しかし、それは白髪に白い衣、老人などというありきたりな姿ではなく、誰も想像しえなかったもので、人々に与えた衝撃はすさまじいものであった。

 彼はそれをAIに描かせたものだということを隠さなかった。この光景を見れば偽る必要もなかったことは明白。それに、自分が描いたと偽るストレスの方が大きいと考えたのだ。


 無論、AIに描かせたのならばと【神】【究極】【至高】などとキーワードを入力し、俺も私もと真似をする者が後を絶たなかったが、まさに奇跡の産物。その後ろ髪すら掴めず描けず、誰も彼もうまく行かなかった。

 あの絵の画像をAIに学習させ、真似。さらにより良い物を描かせようにも劣化コピー止まり。完璧かつ、奇跡的なバランスなのだろう。そして何よりも、神の模倣品など畏れ多く、とても人前には出せなかった。


 日を追うごとに絵を取り巻く人が増え、新たな宗教が誕生しそうな勢いであった。

 また一つ、また一つと来場者から涙が零れ落ちる。


 その中、彼の頬を伝い流れ落ちた汗。

 そう、彼の胸中は決して穏やかなものではなかった。

 

 ……究極の絵を目指して行き詰まり、気晴らしに入力したキーワード。【神】【まやかし】【嘘】【詐欺師】【死】などがまさかこんな結果になろうとは……。


 目を細める彼。確かにそれはうっすらと悪魔の姿にも見えた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 神という題だけど実は悪魔・・・なるほど、著者様はそのように書いたのですね。 僕は「人は何かに傾倒しているものだ」と考えており、魅了された絵画閲覧者も神を見ているものだと思いました。 例えば…
[一言] 映画パフュームを髣髴とさせられました。 実は神を描くには、神という単語だけでは足りない、という点が面白かったです。
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