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9 雨はまだやまない

 目を開くと、真っ暗だった。暗闇に目が慣れていくと、カントリーハウスの一室だと気づく。一階の客間。どうやら領地に来ているらしい。


 体を起こすと、肩口がひきつったように痛んだ。

 ――そうだった……わたしは烙印を押されたんだ……

 肩から胸にかけて包帯が巻かれ、化膿しないように手当はされている。


 何が起こったのかわからないまま呆然としていると、扉の向こう側から父と兄の声が聞こえてきた。


「殿下に背くなど、お前は何をしてるのだ……」

「ですが、父上。殿下の行為はあまりに一方的です。取り調べもせずに焼きごてをあてるなど」

「殿下は今、宮廷を預かる身だ。弁えろ」

「父上……」

「家族の発言は証言として認められぬ……お前もわかっているだろう……」

「っ……」

「殿下はリアに囚人服を着せて、平民の前にさらし、見せしめにしながら流刑にしろと命じられた……お前も除隊にすると言われたが、話がまとまった」

「話がまとまった……どういうことですか?」

「私が宮廷を去る。代わりにリアの見せしめと、お前の除隊はなしだ」

「……っ 私は宮廷に残れというのですか……」

「ポンサール公爵家の次期当主として、王太子殿下の治世はお前が支えろ」

「リアの流刑は逃れられないのですね……」

「追放者の烙印を押されてしまった以上、あの子は、この国にいない方がよい……よいのだ……!」


 感情を押し殺すような父の声を聞いて、わたしは大体の事情を察した。


 父が宮廷を去るということは、財務大臣を辞職するということだ。

 陛下から信頼が厚く、会計報告書の改革を進めていた父。その父が責任を負って、辞めてしまう。

 あまりの事態に、呼吸が止まりそうになった。


 わたしのせいで、とんでもないことになったかも……


 目を開いたまま固まっていると、扉が開いた。兄が部屋に入ってくる。兄はわたしを見ると優しく微笑んだ。


「リア……起きていたのか……」


 兄はわたしに近づくと、愛しそうに頭をなでた。


「大丈夫だよ。リアが無実だって、みんな分かっている」


 わたしは泣きそうになりながら、兄を見つめる。兄はわたしの頬から手を離し、胸ポケットから殿下が投げ捨てたメッセージカードを取り出した。


「この字は、リアのじゃない……誰がなんと言おうと、リアの字じゃない……っ」


 ぐっと力をいれて眉をひそめながら、兄がわたしを抱きしめた。兄の手が、肩が、震えている。


「くそっ……王太子殿下がいれば……こんなことにはっ」


 苦し気に呟かれて、わたしは鉛を飲んだように心が重たくなった。


 3ヵ月前に、陛下の持病が悪化した。陛下の代理として公務は、シャルル王太子殿下がしている。即位も視野に入れての引き継ぎをしており、宮廷は混乱していた。今、王太子殿下夫妻は、地続きで接している三か国を周っている最中だ。

 妃殿下は昔から政務から一線を引いていて、表には出てこない。宮廷はブリュノ殿下と貴族議員が運営していた。その中でのわたしへの断罪だった。


「にいさま……」


 呼びかけると、兄はパッと離れた。


「ごめん……守れなくて……」


 切ない顔をされて、涙がこぼれた。次々と涙が流れて、必死で首を横にふった。



 兄は雷鳴が轟く嵐の中、わたしを抱えて馬を走らせる。丸一日かけて船着き場に来た。


 雨はまだ、やみそうにない。


 兄は船乗りを探してくれたが、この嵐の中、船を出そうという者はなかなか見つからない。

 浅黒い肌の男が出航できると言ってくれたので、わたしは小さな船に乗ることになった。


「リア。髪を染め、容姿を変えて、帝国へ行くんだ」

「帝国へ……ですか?」

「帝国にデュランという男がいる。俺が帝国に留学した時に出会った末王子だ。アラン・フォン・ポンサールと言えば、あいつも分かるはずだ。帝国の皇后陛下と父上は知り合いだし、きっと良くしてくれる」


 兄はわたしの頬をなでると、切なく微笑む。


「リアは帝国で生き伸びるんだよ」

「にいさっ」

「船を出してくれ!」


 嵐の中を船が出航する。

 兄は染め粉と、一袋のお金を持たせてくれた。


 染め粉を持たせてくれたのは、わたしの髪色が目立ちすぎるからだろう。手入れの行き届いた髪では、お金がある人だと思われてしまう。強盗に遭いやすくなる。


 わたしは泣きじゃくりながら、髪を染めた。


 でも、髪はなかなか染まらない。

 染めかたが分からないのだ。

 教えてくれる人は誰もいなくて、わたしは独りだった。

 その事実に、また泣いた。


 わたしの声をかき消すように、雨の音が船室に響いていた。



 髪を染めて船室のベッドの上で膝を抱えていると、船長が部屋に入ってきた。わたしに食料を分けてくれる。缶詰と干し肉と角砂糖だ。


 船長は缶詰を開けたことがなかったわたしに缶切りを貸してくれ、開け方を教えてくれた。もたもたしながら、初めて缶を開く。中身はイワシの油漬けだった。生臭い。


「はははっ、ひどい匂いですか、お嬢様」

「あ……ええ……」

「こんなものしか船には置いてません。食べてください」


 にっと笑った船長を見ながら、こくりと頷く。

 お腹は減っていなかったけど、無理やりイワシの油漬けを食べた。

 美味しくはない。口がへの字になってしまった。

 船長はうんうんと頷きながら、わたしの食事を見見守ってくれる。


「船長!」


 そこへ、船員の一人がびしょ濡れになりながら、部屋に転がりこんできた。


「ああ? どうした?」

「船底に穴が空きました!」

「なぁぁぁぁにぃぃぃぃぃ!」


 船長は叫びながら、船員と共に部屋から出て行った。窓の外を見ると、高波が船を襲い、甲板に置いてあった樽が転がって、波にさらわれていた。


「水をかきだせ! 土嚢を詰めろ!」


 船員たちの声と足音が響いている。船が大きく揺れ、わたしは柱に掴まる。

 このまま沈没してしまうのだろうか。

 不安になって、部屋から飛び出すと、船長に怒鳴られた。


「お嬢様は、船室にいてくださせえ!」

「でも……わたしも水をかきだします!」

「お嬢様は、足手まといだ!」


 船長はわたしに叫んだ後、にっと笑う。


「船のことは船乗りに任せといてください! 絶対、お嬢様を帝国まで届けます! 領主様との約束ですから!」


 雷鳴がとどろき、豪雨に打たれながらも船長は叫んだ。


「海の男は! 約束は絶対、守るんですッ! おい、野郎ども綱を引け! ここが正念場だ!」


 船長の号令に船員が動きだす。荒波が甲板まで押し寄せ、人が流されそうになる。わたしは巻き込まれる前に、船室に戻った。


「うっ……」


 船が揺れ、気持ちが悪い。胃の中がぐるぐるする。わたしは部屋にあった桶に吐きながら、朝を迎えた。



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