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「「「いただきます」」」~カトリーヌ・カレの幸福 END

 祈る日々だったが、わたしの罪は不問とされた。

 それをアメリアさんから告げられ、泣いて喜んでいると、彼女は予想外の提案をわたしに言ってきた。


「皇后陛下の温情で、カトリーヌ様、家族は全員、ルベル帝国に行くことになりました」

「ルベル、ていこくに?」

「ええ。主が黒といえば、白でも黒という子は嫌いじゃないわ。未来の納税者も連れて帰るわよとおっしゃっていました」


 アメリアさんの言っていることは難しくて、よく分からなかった。


「皇后陛下は、わたしにあなたがたを移民として戸籍登録しようとおっしゃいました。就職先はルベル帝国の宮殿が良いだろうとも」

「就職先……仕事をもらえるのですか……?」

「ええ。宮殿勤めになれば、寮に入れます。もちろん、ノアム様、ローイ様も一緒です。ただ、三人とも国民学校に通った方がよいと思います。帝国と王国は発音が違いますから」


 アメリアさんの言葉は聞き取りやすかったから気づかなかったけれど、連れて行ってもらえる国は、こことは言葉が違うらしい。

 言葉の壁は偏見のもとだから、学校に通いながら仕事をしてみてはどうか?と言われた。


「学校に通います……弟たちも」

「それがよろしいかと。就職先はいかがいたしましょう。あなたは何がしたいですか?」


 優しく言われて、わたしは大きく目を開いた。

 そんなことを聞いてくれる人は、誰もいなかったから。


 わたしは食べるために、三人でいるために必死だった。

 それ以外、望まなかった。

 望めないと思い込んでいた。

 だけど。わたしは――。


 ――カトリーヌは、本当に刺繍が上手ね。

 ――お花の柄が好き。お母さん、もっと教えて。


 ふとお母さんの優しい笑顔を思い出した。

 もう戻れない。過去となった出来事だ。


「わ、たし……ししゅうが、したいです……」


 気がつくと、瞳からぼたぼた涙が落ちていた。


 糸に針を通して、花の模様を作ってみたい。

 あたたかい記憶をなぞりながら、布のキャンバスに模様をつけたい。

 

「なら、針子の仕事もありますよ。国民学校では家庭科が学べて、刺繍もできますから」


 アメリアさんはすんと鼻をすすりながら、ほほ笑んでくれる。

 それを見ながら涙は止まらなかった。


「わたし……わたしっお母さんと一緒に刺繍してて! 本当に刺繍が好きだったんです……!」

「すてきなお母様ですね。あなたを応援しています」

 

 アメリアさんがほほ笑む。

 瞳の中には、向日葵が花開いて、本当にきれいだった。

 この人こそ、本当に神の使いなのかもしれない――。


「ありがとうございます。アメリアさんっ……」


 わたしはアメリアさんに深く頭を下げた。


 それから、わたしたちは身をひとつで保安隊の人々と共に帝国に行くことに決まった。

 その前に、わたしは保安隊の人にひとつだけお願いをした。

 ある人にお礼を言いたかった。


 

 ■■■ ゾエ視点

 

「ごほっ、ごほっ」


 アタシは慈愛病院の硬いベッドの上で、せきをしていた。

 もう年だしね。このまま逝っちまうかもしれない。

 ま、それでもいいさ。旦那と娘の元に、逝けるんだから。


 十五年前に娘を亡くして、五年前には旦那を亡くした。

 なんのために生きているか、分からない人生だった。

 ここでおしまいになるのに、未練はないさ。


 でも気がかりといえば、あの子だね。

 カトリーヌとか言ったかね。

 あの性悪お嬢様が連れてきた子だ。

 根性ねじ曲がったお嬢様が何かさせてたみたいだけど、アタシは見てみないふりをした。

 だって、どうしろっていうんだい。

 止めたら、アタシは奥様みたいに頭おかしくされてしまうかもしれない。

 

 あの家は異常だったからねえ。

 夜な夜な恍惚の笑顔で旦那様は、奥様に薬をあげていた。

 アタシは何も見ないふりをした。

 だけどねえ。アレはよくないもんだろうね。

 その光景をお嬢様は平然と見ているんだ。

 不気味だったよ。


 そうそう。カトリーヌの話だったね。

 弟たちと一緒に居た孤児たち。

 娘が生きていたら、カトリーヌぐらいになっただろうねえ。

 目をかけてやりたかったけど、お嬢様に叩き出してこいって言われて、アタシは食べ物しかやれなかった。

 あの子たちが気がかりで、買い物に行くついでに姿を探したものだよ。

 こっそり、そっとね。

 だって、声なんかかけられないよ。

 アタシはあんな追い出し方、したんだからね。

 たまに姿をみかけてほっとしたもんさ。

 元気そうじゃないけど、生きていた。

 

 そしたらね。帝都保安隊とか名乗る真顔の男が、カトリーヌのことをしつこく聞いてきた。

 保護するためだとか言っていたねえ。

 ポリ公とは違う服を着ていたし、へんな奴とは思ったけど、あまりにもしつこかったからね。

 アタシはべらべらカトリーヌのことを話したよ。

 その男は隣の家のメイドとか、出入りしていたランドリーメイドたちにカトリーヌのことを聞き回っていた。

 あの子、なにかしたのかねえ……。

 

 男が来た翌日に、アタシは咳が止まらなくなって、病院にいったけど手のほどこしようがなくて慈愛病院送りにされちまったんだ。

 まあ、お嬢様は王子様と結婚して、宮廷暮らしをしているし。

 旦那様も奥様も王宮で暮らしている。

 アパートメントはそのままだったけど、誰もいなかったから、アタシがいなくなったところで困んないだろうさ。

 

「ごほっ、ごほっ」


 ほんと咳が出て、嫌になるねえ。

 いまいましいったらありゃしない。

 ひゅーひゅー息をしていたら、アタシに訪問客があるって言われたよ。

 誰だい? こんな年老いたババアに用があるやつなんていないだろう?

 

 のろのろと体を動かして、扉の方へ歩いていく。

 扉を開くと、女の子が立っていた。

 髪は艶やかで、肌色もいい。鼻の上にそばかすがある女の子だ。

 男の子もふたりいる。

 

「ゾエさん!」


 会うはずのない三人が、アタシの目の前に立っていた。

 アタシは顔をしかめて、扉を閉めた。

 

「ゾエさんっ! わたし、カトリーヌです!」


 扉を開こうとしているのか、ドアノブががちゃがちゃ回される。

 アタシはありったけの力で、扉が開かれるのを阻止した。

 まったく。咳がうつったらどうするんだい。

 

「なんの用さ!」

「あ、あのっ! お礼を言いたくて! ゾエさんがジャガイモをくれたから、わたしたちっ、商売できて!

今度、別の国に行って、働いて学校にも行かせてもらえることになりました!」


 カトリーヌから聞かされた話はとんでもない話だった。

 話を聞いているだけでは、とても信じられない。

 でも、あの子たち、ずいぶん身なりが良くなっていたねえ。

 孤児に目をかける人に拾われたかもしれない。


「ゾエさん、あの時は、ありがとうございました!」

「ありがとう、ゾエさん」

「ありがとなっ!」


 まったく。馬鹿な子たちだねえ。

 そんなことで律儀に礼を言うなんてさ。

 ババアを泣かせて、本当に困った子たちだ。


「礼なんていいよ。さっさと行っちまいな!」


 閉じた扉に耳をつけて、過ぎ去る足音を聞いていた。


「幸せにおなりよ」


 呟いて、よろよろとベッドに戻る。

 体を横にすると、なんだか清々しい気持ちだった。

 そのまま目をつぶる。

 とっぷり眠っているとさ。

 旦那の夢を見たんだよ。

 姿かたちが昔のまんまでね。

 あんただけ年を取らないなんて、不公平じゃないかいって文句を言ったさ。

 旦那は困ったように笑って、アタシと手をつないだ。

 

 幸せな夢だったね。

 だからアタシは、ずっとずっと眠ることにしたんだ。



 ■■■ カトリーヌ視点


 帝国へは船を乗っていくことになった。

 はじめて見る船と海の広さに、わたしの胸は期待でふくらむ。

 弟たちは甲板の上で走り回り、わたしはその姿を見ていた。

 

 ふいにペーターさんがわたしのそばによってきて、アメリアさんは、実はセリア様だってことを教えてもらった。

 真顔で淡々と言われたことに開いた口がふさがらなかった。

 わたしは利用されたとはいえ、セリア様にひどいことをしたひとりだ。

 それなのに、なぜ。

 あの方は、あんなにも親身にわたしに接してくれたのだろう?


「アメリアさん、優しいですからね」


 そうペーターさんは言って、少しだけ口角を持ち上げた。


「アメリアさんに赦されて、あなたは救われたんじゃないですか?」


 微笑されて、全身に爽やかな風が吹き込んいくようだった。

 まるで生まれ変わるように。

 頬をなでる潮風を感じながら、わたしはまた泣きそうだ。

 

「……そうです。わたしは、救われました……」


 救ってくれたのは、紅い制服を着た人々だった。

 その人たちは、居場所のなかったわたしたちを船に乗せて、新天地へ連れて行ってくれる。


 海の向こうの国はどんな場所なのか分からない。


 けれど、神様に誓った通り、わたしは精一杯生きるつもりだ。



 ***


 

 帝国に来てから、わたしは宮殿の一角にある使用人の棟で、弟たちと暮らし始めた。

 二階建てベッドのある小さな部屋で、キッチンとお風呂は共用。

 だけど、寒さに震えることはない。

 

 針子の見習いをしながら、学校にも通い、わたしは刺繍ができている。

 言葉は分からないところも多いけれど、周りの人がジェスチャーで教えてくれてるから、孤独は感じない。早く言葉を知りたくて、嫌いだった勉強が頑張れる。

 

 もう銅貨一枚を稼ぐために悩まなくていい。

 これ以上、幸せなことはないだろう。


 針子の仕事をしていて、何度かアメリア様にお会いした。

 アメリア様を見ると、感謝の念が膨らんでわたしは土下座して、ありがとうございますって言いたくなる。いつも、言いたくなる。


 アメリア様は苦笑いをこぼしながら「もういいから」と言ってくださるけど、言い足りなかった。

 今日もアメリア様に土下座をしながら針子の仕事を終え、家に帰る。


「「ねーちゃん、おかえり!」」


 弟たちが待っていた。

 ノアムは学校に通っていて勉強を頑張っている。


 ――俺、商売人になって、がんがん稼ぐんだ! そしたらもっといい家に住もう!


 そう言ってくれて、うれしくてたまらなかった。


 ローイは「美味しいものをいっぱい食べたい!」と言っていて料理に興味があるみたい。

 学校に通いながら、厨房でお手伝いをさせてもらっている。


「ねーちゃん、ねーちゃん。今日、僕ね。ジャガイモのパンケーキ、作ったんだよ」


 にっこり笑顔でローイが見せてくれたのは、わたしよりうんと上手なパンケーキだった。


「いい匂い……食べてもいい?」

「うん! 一緒に食べよう!」


 わたしたち三人で小さなテーブルを囲む。

 互いに顔を見合わせて、わたしたちは笑顔で声を出す。


「「「いただきます」」」


 今日もわたしたちは三人だ。

 三人で美味しいご飯を食べられている。



 ―――「「「いただきます」」」カトリーヌ・カレの幸福 END

 


 

 

 

 

主要参考文献

・ヘンリー・メイヒュー ジョン・キャニング 編集 植松靖夫 訳(2013)『ヴィクトリア時代 ロンドン路地裏の生活誌』「上」「下」  原書房

・ルース グッドマン  小林 由果訳(2017)『ヴィクトリア朝 英国人の日常生活  貴族から労働者階級まで』「上」「下」 原書房

・安達 正勝(2003)『死刑執行人サンソン 国王ルイ十六世の首を刎ねた男』 集英社


↑良書ばかりなのでオススメです。


カトリーヌのことを気にしてくださった方がいらっしゃったので、いつか書きたいと思っていた話をようやく書けました。当時の様子を本にして残してくださった方々に感謝です。


本日、5月23日からプティルブックス様で「あなたのしたことは結婚詐欺ですよ 2」が発売になります。

イラストは1巻目と同じくaoki先生に描いていただけました。


さらに、さらに!

砂臥 環様(マイページ  https://mypage.syosetu.com/1318751/)が2巻目の告知漫画を作成してくださったので、ご高覧ください!


挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


99.99%書き下ろしです。想いになったリアと閣下。そして保安隊の活躍を手に取っていただけると嬉しいです!

編集者様のお力をかなり頂き、一巻目が書籍化されないと生まれない話でした。編集者様と引き合わせてくださったあなたに、お礼申し上げます。


「あなたのしたことは結婚詐欺ですよ 2」発売告知サイト

→https://petir-web.jp/product/ptrx29/

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あなたのしたことは結婚詐欺ですよ2書影

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― 新着の感想 ―
一気読みしました。 カトリーヌ達とかゾエさんとか。こういう視点好きです。 つかカトリーヌが主人公でいいんじゃないかってくらい。大して成り上がる事はなく、他人からは小さく見えるような幸せを大事にするお話…
うっく…… ゾエさん…… 向こうで旦那さんと、幸せに暮らしておくれ カトリーヌ達も、幸せになるんだよ いや~ カトリーヌ視点で見ると、保安隊の頼もしさが半端ないですね レッドイーグル、かっこいい!…
カトリーヌ姉弟にも涙ドバーでしたが、ゾエさんにもそれ以上のいろんな意味での大量の涙ドバー!でした。
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