「「「いただきます」」」~カトリーヌ・カレの幸福⑥
弟たちと食べて、それから固くないベッドで眠らせてもらって。
次の日は、またパンとスープを食べさせてもらえて。
夢見心地のまま、わたしはアメリアを名乗る女性と話すことになった。
その人は瞳の中に向日葵が咲いたきれいな女の人だった。
「あなたのことを探していました。クローデル男爵家で働いていたゾエ様があなたのことを覚えていて、居場所を教えてくださったのですよ」
「ゾエ……さんが?」
「ええ、日曜日の夕方、マークウエスト通りに居るところをよく見かけたと」
「……ゾエさんが……」
わたしたちにほどこしをくれたゾエさんが居場所を教えた?
追い出されて以来、ゾエさんの姿を見かけたことはなかったのに。
不思議に思いながらも、アメリアさんに質問されるまま、わたしは答えていく。
女の人はわたしが孤児であること、今までの暮らしを熱心に聞いてくれた。
言葉をつっかえて、無言になっても、わたしが話すまでじっと待ってくれた。
ときどき眉を下げて、痛ましそうな顔をしながら。
そして、わたしが王宮に連れてきた理由。リリアンお嬢様に頼まれた手紙のことを聞かれた。
リリアンお嬢様はわたしが書いた手紙を使って、お貴族様の令嬢を冤罪に追い込み、国外追放をしたそう。
たいそう高貴な方だったそうで、保安隊がいる国にいるそうだ。
「追放された令嬢の名前は、セリア・フォン・ポンサールと言います」
セリア。差出人にあった名前だ。
「あなたは差出人をセリア嬢にして、手紙を書きましたか?」
わたしは震えながら、反射的にうなずいた。
とんでもないことをしてしまったのかもしれない……。
お貴族様の怒りに触れることをしてしまった。
……わたしは罰せられるのだろうか。
ふいに広場の光景が脳裏をよぎる。
たった一度だけだけど、わたしは公開処刑というものを見たことがある。
木製の絞首台で、囚人が踏み台にあがっていた。
囚人は女性でうつろな目をしていた。
その首は、無慈悲に吊るされた――。
わたしもああなるの……?
わたしが死んだら、弟たちはどうなるの……?
弟たちもああなるの?
「っ……あ、あのっ……わたっ、わたしっ……お金につられて……!」
恐ろしくて全身が震えだす。
寒くはないのに歯がカチカチ鳴りだした。
弟たちの首が吊るされるなんて嫌だ。
絶対、嫌だ。
「誰かの名前だとわかっ、わかっていたのに! お金が欲しかったんですっ! ひとりでやりました! 弟たちは何も知りません! 知らないんですっ! わたしがやったんです!」
アメリアさんに必死に訴える。
どうか弟たちにひどいことをしないで。
そう願いながら。
「……あなたもまた、被害者だったのですね……」
わたしの声を聞いたアメリアさんがぽつりと呟かれた。
アメリアさんはぐっと真剣な顔になり、わたしの目をじっと見つめた。
「カトリーヌ様。今、話してくださったことを国王陛下の前でお話ください」
「え……」
「今、セリア嬢のお兄様が同じく冤罪で捕まっています」
「…………え」
「あなたが証言してくださると、セリア嬢のお兄様が助けられます。お願いです。陛下の前で、証言してください」
アメリアさんは切実そうだった。
国王陛下の前で、証言――このわたしが……。
命乞いをしたら、弟たちは助けてもらえるのだろうか……。
わたしは喉を震わせながら、アメリアさんに言った。
「証言……します。だから……弟たちの命だけは……たすけて、ください……」
わたしはすがるように頭を下げた。
アメリアさんはすぐに「寛大な処置をお願いしますからっ」と言ってくれた。
今はただ、その言葉にすがるしかなかった。
***
陛下の前で証言することは、弟たちに教えないでほしいとお願いした。
弟たちは保安隊のみなさんが保護してくれている。
顔を見ると、手を引いて逃げ出したくなってしまいそうで、わたしは証言当日、弟たちに会わなかった。
保安隊の人に付き添わられ、震えながら審問室に入る。
びくびくしながら顔を上げると、リリアンお嬢様がいらっしゃった。
憎々しげにわたしを見ていた。
わたしが視線から逃げるようにうつむくと、立派な服を着た男性が「あなたがしたことを述べなさい」と言った。
どくどくと心臓の音が大きくなるのを感じながら、わたしはその場に土下座した。
「リリアンお嬢様に言われて、セリア様の名前をメッセージカードに書きました! 申し訳ありません‼」
そう言ったのに、リリアンお嬢様はわたしのことを一切、知らないと言った。
「そんなっ……お嬢様が、書けと……」
「あなたにお嬢様と呼ばれる筋合いはないわ。どなたなの?」
――あなた、匂うのよ。
そう言ったときと全く同じだ。
蔑んだ目で見られ、絶望に打ちのめされる。
リリアンお嬢様が否定するなら……他に誰が証明してくれるのだろう。
このまま、わたしは罰せられるのだろうか。
そうしたら弟は? 弟たちはどうなるの?
誰か、助けて。
誰でもいいから、助けて……。
助けて、神様。
「大丈夫ですよ。あなたは被害者ですから」
「えっ……」
声をかけられ顔をあげると、アメリアさんが居た。
眉を下げながら、痛ましそうにわたしを見ている。
瞳に咲いた向日葵が、雨に濡れたように潤んでいた。
そして彼女はリリアンお嬢様を見据えて、わたしを擁護してくれた。
「カトリーヌ・カネ様は王子妃殿下のご実家に侍女として雇われておりました。わずか10日ばかりですが、クローデル男爵夫人も認めております」
「はっ? お母様が……」
「ええ。クローデル男爵夫人は顔にそばかすがある侍女がいたような気がすると言っています」
「そんな、あいまいな」
リリアンお嬢様は顔をしかめたけれど、わたしは奥様には会っている。
にらみつけられただけだったけれど。
「カトリーヌ・カネ様が侍女として働いていた10日間。男爵家の庭を彼女が掃除をしている場面を複数の方が目撃しております。彼女は雇用契約書を作るわけでもなく、口頭で侍女になる契約をし、リリアン王子妃殿下に突然、解雇されています」
「っ……それが、なんだって言うのよ! お母様は何も言わなかったわ!」
「だとしたら、クローデル男爵家は、労働者を保護する法律に違反しています」
「はあ?」
「雇用契約は書面でし、解雇通告するのは家を任された男爵夫人でなければなりません。王子妃殿下は娘ですので、侍女を解雇する権限はございません。それを男爵家では認めてしまっていたのです」
アメリアさんの説明は難しくて、なかなか理解ができなかった。
でもわたしは利用されるために拾われたというのは分かった。
だからあっさり追い出された。
そうか。そうだったのね……。
わたしって本当に馬鹿。
舞い上がって、相手にすがって。利用されるだけ利用されて。
――本当に馬鹿だ。
「カトリーヌ・カネ様は幼い弟二人の身を案じて、真実を打ち明けることはできなかったそうです。ご両親を早くに亡くして、三人でスラムに身を寄せていました。彼女もまた、被害者のひとりです」
「あっ……ああっ」
わたしはなにふり構わず陛下に懇願した。
「申し訳ありません。申し訳ありません。どうかどうかっ……罰はわたしだけにしてくださいっ……弟たちは無関係です……」
「カトリーヌ・カネ様につきましては、寛大な処置をお願いいたしたく存じます」
アメリアさんは、約束通り陛下にお願いをしてくれた。
その慈悲深さに泣けてきて、涙が次から次へとこぼれていった。
証言を終えたわたしは保安隊の人に付き添いられ、審問の場をあとにした。
まだ涙が止まらなくて、うつむきながら、保安隊の人に部屋に案内される。
扉を開くと、ノアムとローイが驚いて駆け寄ってきてくれた。
「「ねーちゃん! どうしたの⁉」」
わたしは泣き崩れながらふたりを抱きしめる。
「ねーちゃん、痛いの? ひどいことされたの?」
「ねーちゃんを泣かせたのは、誰だよっ! 俺がぶっ飛ばしてやる!」
心配するふたりを抱きしめて、わたしは首を横にふった。
「ごめっ……ごめんねえ、ふたりとも……おねえちゃんが馬鹿だったの……」
ああ、神様。
どうか神様、お願いです。
わたしの命が繋がったら、精一杯、生きますから。
今度こそ、騙されないように、利用されないようにしますから。
ですからどうか、どうか。
わたしたちに、明日をください。
次でラストです。
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