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ハッピー・ハロウィン♪

10月23日に書籍が発売になりました!

応援ありがとうございます!

記念に後日談、リアと閣下が婚約者になった後の話を書きました。

8000字以上ありますので、お時間のあるときにでも、どうぞ。

 10月に入ると、帝都はハロウィン一色になる。

 赤れんがの街並みが、オレンジや黒の装飾品で飾られるのだ。


 この時期になると、市場ではオレンジ色の大きなかぼちゃが売り出される。

 緑、白、オレンジ。小さなかぼちゃも売っているが、一番人気はオレンジ色だった。


 他にも、菓子屋ではオレンジ色のマカロンタワーがディスプレイされている。

 オレンジ色のマカロンにちょこんと、黒い羽根を広げた小さな蝙蝠が止まっていた。


 トルソーにカボチャ頭をかぶせて、ワンピースをディスプレイする仕立て屋。

 アイスクリーム屋では、ゾンビの生首がレジ横にあった。


 町全体が陽気な雰囲気で、帝都を歩くだけでわくわくする。


 でも、なんといってもハロウィンの最大イベントは、子どもたちがお菓子をもらいにくることだ。


 そのイベントに合わせて、わたし、アメリア・ウォーカーの勤め先、保安隊事務局でも、子どもたちにお菓子を配る。


 保安隊メンバーはこの日をとっても楽しみにしていて、隊員全員が仮装して、子どもたちを出迎えていた。

 今まさに、わたしは保安隊のメンバーと共に、ハロウィンの衣装について会議をしている。


 みんなで真剣に、わたしの上官、デュラン閣下の衣装を考えていた。


 ちなみに閣下は皇后陛下に呼ばれて、不在である。


「わたしの調査結果によると、昨年、閣下は死神の衣装を着ています」

「ああ、巨大な鎌まで作成したやつですね。死神の格好のまま、閣下が容疑者の頭を鎌で刺そうとしたので、オレ、止めました」


 そう真顔でいったのは、保安隊随一の童顔、ペーターさんだった。

 わたしはペーターさんの意見にむっと、顔をしかめる。


「死神は却下ですね。血のりに使うトマトソースが、本物の血になります」


 会議に出ていた全員が、大きくうなずいた。


「閣下に武器を持たせたらダメよねえ~」


 可愛らしい口調でそう言ったのは、閣下よりムキムキで、閣下より背の高い医療班の男性、バニラさんだった。

 バニラさんは真っ赤なルージュがトレードマークで、乙女な男性だ。

 わたしもバニラさんの意見に同意する。


 閣下は甘い顔だちの人だが、血だまりの中で、にっこり笑うような人でもあるのだ。

 閣下に凶器を持たせると、危険すぎる。

 せっかくのお祭りが、血の惨劇となるだろう。

 わたしは資料を見ながら、閣下の衣装を考えていく。


「おととしの閣下の衣装は、スケルトンですね。裸体に骨をペイントしたとありますが……」


 わたしが尋ねると、ペーターさんとバニラさんが解説してくれた。


「男性隊員全員で、スケルトンをしましたね」

「あの時、子どもたちが全員、ガイコツを見て泣いちゃったのよねえ」

「でも、若い女性と若い男性は、閣下に握手を求めてきました」


 子どもが泣いて、若い男女が行列?

 それでは意味がない。


「却下ですね。子どもたちを泣かすイベントではありませんし」


 さて、今年は何がいいか。みんなで真剣に悩んでいると、ペーターさんがふと言った。


「閣下には、かぼちゃを頭から被ってもらえばいいんじゃないですか?」

「ジャックオーランタンをですか?」

「保安隊全員で、緑、白、オレンジのかぼちゃを被れば、カラフルです」


 確かに、色とりどりではある。かぼちゃなら、骨より怖くはない。


「ええっ。でも、深紅の制服を着て、頭だけかぼちゃだったら、逆に怖いんじゃない?」と、バニラさんが言う。


「じゃあ、首から下は白い布でも巻いたらいいんじゃないですか?」

「んー……それって、動いていないと、完全にオブジェよね」

「保安隊事務局の飾りと思われそうですね……」


 保安隊のメンバーなら半日、動かないとかやれそう。装飾品と間違えられて、子どもたちにスルーされてしまったら、お菓子を配るどころではない、

 さて、困ったな。

 全員が腕組みをして考え込んだ。


「アメリアさんは、閣下に何を着せたいですか?」


 ふとペーターさんに言われた。


「そうよお。閣下の婚約者になったんだし! アメリアちゃんが着せたいのでいいんじゃない♡」


 うふふと笑いながら、バニラさんにも言われる。

 慣れない婚約者扱いに、わたしはちょっぴり動揺した。


「そうですね……」


 ドキドキする胸の鼓動を気にしながら、わたしは思案する。

 閣下の肌はわたしよりも白くきめ細やかだ。目元は、甘くたれ下がっていて、宝石のような紅い瞳がきらめいている。髪の色は白に近い銀髪。

 すらりと背が高く、保安隊の制服が誰よりも似合っている。礼装も似合う。

 ……そうだ。あれなら、ぴったりでは?


「――ヴァンパイアはどうでしょう?」


 わたしが提案すると、ペーターさんが真顔で答える。


「生き血をすする魔物ですか?」

「閣下のイメージに合いませんか?」

「あー、いいと思う! 閣下って、見た目、ぜんぜん変わらないものねえ」


 バニラさんが両手をパチンと叩いた。

 嬉しくてわたしは口の端を持ち上げる。


「では、閣下の仮装は決定ですね」


 るんるんで他の保安隊のメンバーの衣装を話し合う。

 みんな、思い思いの衣装を着て、子どもたちを楽しませることにした。


 仕事が終わると、わたしは自分の部屋に戻って、さっそく閣下の衣装について考えだした。

 何を着せてみようか。やっぱり、黒い装束が素敵だろう。

 黒いマントに、首元は白い胸飾りをつけて、ベルベッドの黒いベストを着る。

 ズボンも黒にすれば、かっこいいだろうな。

 閣下の衣装を想像してにやにやしていると、わたしの侍女、アイラさんがお茶の用意をしながら、声をかけてきた。


「アメリアさま、ハロウィンの衣装は決まりましたでしょうか?」

「ええ、閣下は吸血鬼にします」

「それは結構なことですね。アメリアさまは何を着られますか?」

「わたしはハロウィンのかぼちゃを頭に被ろうと思ってます」


 ほほ笑んでいたアイラさんが急に真顔になった。


「頭部が、かぼちゃ……」

「はい。ゾンビでは子どもたちが怖がりますから、かぼちゃを被って、首から下は白い布で覆おうかと」


 かぼちゃを被れば可愛いし、白い布を巻くだけなら経費も削減できる。

 オブジェみたいだが、かぼちゃのお化けもいいだろう。

 ノリノリで言ってみたが、アイラさんはかっと目を見開いた。


「アメリアさま、本気でその服装でハロウィンに参加されるのですか?」

「えっ。……ええ」


 どうしたんだろう。

 アイラさんの様子がおかしい。


「まさか男装をするのでしょうか?」

「――――え?」

「……明らかに男装をなさっておられますよね?」


 んんんん?

 そうなのかしら?


 白い布で全身を覆うから、体型はカバーできる。

 わたしの胸は人よりも大きいのだ。

 何を着ても女性と分かってしまう。

 白い布なら、女性だと分からないかもしれない。おそらく。


「男装というより、性別不明のおばけでしょうか……?」

「性別が不明な場合、男装設定でも構わないのでしょうか?」

「え? ……まあ」


 それでもよい……かも?

 こてんと首をかしげていると、アイラさんの頬が紅潮しだす。


「アメリアさまが男装……」


 うっとりと熱がにじんだ声で言われた。


 そういえば、アイラさんの最近の愛読書は『不眠殿下が俺の抱き枕になれと迫ってきます』という題名の恋愛小説だった。

 とある理由で男装をしている令嬢が、仕える人に男性と誤解されて、あんなことやそんなことをされながら、殿下と添い寝する小説――らしい。


「――(たぎ)るわ」と、アイラさんがつぶやいていたところを見たことがあった。

 どんな話か尋ねると、子どもには聞かせれない内容でドキドキしたものだ。


 アイラさんは小説の情景を思い浮かべているのだろうか。

 わたし、かぼちゃのお化けになるだけですが。


 惚けた顔したまま、アイラさんはカップに紅茶をそそぐ。

 わたしは黙ったまま、紅茶をいただいた。

 淹れてもらった紅茶は、いつもより極上の味がした。


 衣装を決めたわたしは、針子の女性たちに衣装の作成をお願いした。

 閣下はここ、ルベル帝国の第六皇子のため、宮殿で働く人々に衣装作成をお願いできる。

 宮殿勤めの針子の方々は、腕が良い。

 針子の中には、わたしの過去――婚約破棄されて国外追放に関わっていたカトリーヌ・カレもいた。


 彼女は、わたしが罪を起こしたと証拠を捏造するために、雇われ主に脅されていた。その後、使い捨てにされ、幼い弟ふたりとスラムに居たところを保護されたのだ。


 皇后陛下のひとこえで、カトリーヌは宮殿内の使用人として働くことになった。

 弟ふたりも一緒に暮らしていて、授業料無料の国民学校に通っている。

 がりがりに痩せていたカトリーヌも元気に働いている。

 でも、彼女はわたしを前にすると極度に緊張してしまうらしく、常に震えている。


 今も震えながら、わたしの前にいる。

 どうやら依頼していた衣装を持ってきてくれてようだが、ガタガタガタガタ震えているので、衣装が手から落ちそうだ。

 わたしは内心ハラハラしながら、カトリーヌに話しかけた。


「カトリーヌ、衣装を持ってきてくれたのですか?」

「は、はひっ! セリっ……ア、アアア、アメリアさ、さまっ」

「ご苦労様です」

「と、とととと、とんでも、とんでも、とんでもですっ!」

「衣装の仕上げをするのですか?」

「いいいいい、いいご、ごごごごご依頼の、衣装のし、しししあげに、まいりましたああああ!」


 カトリーヌは常に震えているが、腕は確かだった。

 わたしに白い布を巻いて、針を持った瞬間、彼女の震えは止まる。

 目にもとまらぬ速さで、わたしの衣装が仕上がっていった。

 針仕事が終わると、彼女の全身はガタガタ震えだす。


「く、くびぃぃっ! くびぃぃっは、苦しくはっ!」

「首元は大丈夫。サイズもぴったりよ」


 にっこりほほ笑むと、カトリーヌはぶわっと泣き出す。

 そして、ひたいを床にこすりつけながら、土下座するのだ。


「光栄でございますぅぅぅぅ‼」


 ああ、はじまってしまった――。

 彼女の土下座を見るのは、もう、かれこれ三十回目だ……。

 そろそろかしこまってほしくないのだけど、毎回、土下座をされるので、カトリーヌを止めるのは無理とあきらめている。

 わたしは小さく苦笑いをこぼし、腰をかがめた。


「カトリーヌ、顔をあげて」


 がばっと顔をあげたカトリーヌは涙でぐちゃぐちゃだった。


「今回もいい仕事をありがとう」

「と、とんでもございませんっ! わ、わわわ、わたしがここに務められっ、られるのも! 弟たちが毎日、食べられるのも! すべてすべて……ずべでっ、アメリアざまの、おがげ、でずがらっ!」


 カトリーヌは号泣しながら、床にひたいを打ちつける。

 床に敷物をひいておいてよかった。クッションになっている。

 わたしは苦笑いしながら、彼女にいたわりの言葉をかけ続けた。


 ハロウィン当日、わたしはかぼちゃを頭に被るために、髪結い師、トレビス卿に髪をアップしてもらうことにした。


 自室で待っていると、トレビス卿は黄金の前髪をふさぁと手ではらいながらやってきた。


「フッ、子猫ちゃん☆ ご指名ありがとう!」

「いえ、こちらこそ。来てくれてありがとうございます」


 わたしはアイラさんおすすめの衣装を着て、白い布をまとい鏡台の前に座った。トレビス卿が恍惚の笑みを浮かべて、シャキーンと櫛をスーツの胸ポケットから取り出す。


 そして、いつものように優しい手つきで、わたしの髪を結いだした。


「嗚呼! なんて完璧な髪質なんだッ! ほら、見てごらん。……僕の指に君の髪が絡みついているよ……たとえ、この世のすべての美酒を飲んだとしても、君の髪を梳く瞬間には敵わないだろうね……夢のような時間だ……!」


 演技がかった声で言われた。でも、仕上がりは完璧。

 トレビス卿はわたしの髪がお気に入りで、見事な手さばきで結い上げてくれる。あっという間に髪がアップにされた。自分で結い上げると、こうはうまくいかない。


「子猫ちゃん、できたよ☆」

「わあ……すてきです」

「フフフフ。デュラン殿下に、キレイだって褒めてもらえるといいね」


 黄金の前髪をふさぁとはらいながら、トレビス卿がウインクする。

 わたしは、はにかみながらアイラさんに声をかけた。


「アイラさん、かぼちゃを」

「かしこまりました」


 アイラさんがわたしの頭にすっぽり入るオレンジ色のかぼちゃを持ってきてくれる。目が▲で、にっこり笑ったくちがある。


「失礼いたします」


 そしてアイラさんがわたしの頭にすっぽりと、中身をくりぬいたかぼちゃを被せた。


「かぼちゃーーーーー‼」と、トレビス卿が絶叫する。


 アイラさんはかぼちゃを確認しながら、


「アメリアさま、見えますか?」

「はい。視界は良好です」

「ようございました」

「かぼちゃーーーーー‼」


 トレビス卿が肩をわなわな震わせながら、わたしを見た。


「こ、子猫ちゃん……まさか、かぼちゃ頭になるのかい……?」

「はい!」

「のおおおおおおおっ!」


 トレビス卿が膝から崩れる。

 床に両手をつけ、わたしを仰ぎ見る。


「ぼ、僕の傑作が……かぼちゃに敗北した、だと……」

「イベントが終わったら、かぼちゃは取りますからっ」


 ちょっぴり慌てて言ったが、トレビス卿は聞こえていないのか、げっそりした顔で部屋から出ていってしまった。

 わたしは小さく肩をすくめた。


「……悪いことをしてしまいましたね……」

「大丈夫です。美女髪型より、今は男装でございます」


 アイラさんがキリっとした表情で言う。

 わたしは苦笑いしながら、保安隊事務局に向かうため部屋から出た。

 閣下にはこの格好を内緒にしていたから、早く見せたくてたまらない。

 そう思っていたら――。


「あ……」


 廊下に出たら、閣下が待っていてくれた。

 イメージ通りのヴァンパイア姿だ。

 髪型が後ろになでつけられている。

 かっこいい……

 うっとりと見つめながら近づくと、閣下の紅い瞳が、スンと冷えた。


「……リア?」

「はい、閣下」


 にっこり笑って返事をするが、閣下の瞳がますます冷えていく。

 どうしたのだろう?


「……その格好でハロウィンイベントに出るの?」

「はい! 経費削減です」


 ぐっと握りこぶしを作って言う。首から下は白い布に覆われているので、ぬんと手が出た。

 閣下の眉がぴくぴく動き出す。頬も若干、ひきつっている。

 あれ? これは怒っているのかしら?


「……トレビスが死んだ魚の目になって出てきた理由は、これか……」


 ぼそりと呟き、閣下は大きく嘆息した。


「……かぼちゃのお化け、ダメでしたか……?」


 背中を丸めていうと、閣下が唇を尖らせて、かぼちゃの▲の目をのぞきこむ。


「可愛い格好だって言うから、もっと可愛いかと思った」

「……可愛くないですか?」

「リアの顏が見えない」


 ▲の目越しに、白皙の美貌がぐいぐいくる。

 オールバック姿のせいか、美しい顔が余計に近かった。


 ――いやいや、近すぎです!


 もう少し適切な距離感を保ってもらえませんかっ!

 これから仕事ですし!

 色気はひっこめてください!


 そう切実に願ったのに、閣下はじぃっとわたしを見ている。


 あああ。――綺麗すぎて、直視できないっ!


 ぎゅっと目をつぶった瞬間、唇にふっと息が吹きかかった。


「ひゃっ」


 びっくりして、わたしは目を開ける。

 一歩後ろに下がると、閣下は満足そうに口の端を上げていた。


 こっちは口を開けているというのに、両肩を震わせて、くすくす笑い出してしまう。

 意地の悪い笑みをされて、わたしはむっと眉根を寄せた。


「……からかいましたか?」

「まさか。可愛かっただけだよ」


 閣下は目を細めて、うっとりとほほ笑む。幸せそうに、愛おしそうに見られてしまいわたしはぐぅの音も出ない。

 せめての抵抗に、わたしは背筋を伸ばして閣下に言う。


「そろそろ時間ですね。行きましょう」

「そうだね。行こうか」


 保安隊事務局のフロアでは仮装したメンバーが集まっていた。


「んふ♡ 見てみて、アタシの衣装」

「バニラさんらしいですね」


 バニラさんは全身が包帯でぐるぐる巻きにされた巨体のミイラだった。


「アメリアちゃんも可愛いわよ♡ ペーターちゃんとおそろいね」

「え? ペーターさん、いますか?」


 きょろきょろと辺りを見回すが、ペーターさんの姿は見えない。


「ほら、あそこ。外にいるわよ」


 バニラさんが指さす方向に、緑色のカボチャがいた。白い布をまとって、じっとしている。


「えっ、あれ、ペーターさんですか?!」

「うん♡」


 完全に装飾品に見える。

 保安隊事務局の飾りにしか見えない……。

 うそでしょ……。


「みんな、そろそろ時間だよ。お菓子は持っている?」

「はーい♡」


 お菓子が入ったかごを腕にかけ、全員が外に出た。

 ペーターさんはじっとしている。

 ちらっと見たけど、緑色のカボチャのオブジェにしか見えなかった。


 イベントの時間は、数日前から告知してある。

 時間になると可愛い姿の子どもたちが集まってきた。


「とりっく、……えっと、おあぁあ。とりーと!」


 小さな子が両手を差し出してくる。

 可愛い……。

 わたしはにこにこしながらお菓子をあげていく。


「ヴァンパイアのおにーちゃん、お菓子ちょーだいっ」

「いいよ」


 意外にも閣下の周りが、子どもが一番、多かった。

 閣下はしゃがんで子どもたちより低い目線で、お菓子を配っている。


「ありがとお!」

「おいーちゃん、こっちも!」

「はいはい」


 手慣れている……。

 その理由は、イベントが終わった後にわかった。


「閣下って、子どもの相手が上手だったのですね……」

「ああ、……兄上たちに子どもがいるからね。遊びに行くと、おもちゃにされるんだよ」


 閣下がくすくす笑いながら言う。

 ああ、そうか。

 閣下には甥、姪が合わせて八人もいるんだった。


「……そうだったんですね。ちょっと意外です」

「そう?」

「ふふっ。閣下はいいお父さまに、なれそうですね」


 閣下が小さな子どもを連れている。

 想像すると、ほほ笑ましい。

 くすくす笑っていると、閣下がぴたっと止まった。


「それって、誘っている?」

「――え?」

「俺の子どもを産むのは、リアだよ」


 しっとりとした極上の声で言われた。

 ぶわっと一気に頬が熱くなる。


「お、大人な意味ではなくっ!」

「へえ……じゃあ、どういう意味?」


 にっこにこの笑顔で言われ、腰のあたりがひやりとした。

 機嫌良く笑う顔が、本当に怖い。逃げられる気がしない。

 じりじりと後退していくと、閣下の左手が目にも留まらぬ速さで動いた。


 閣下がひょいとわたしを肩に担いでしまう。

 その拍子に、かぼちゃが頭から滑り落ちた。


「か、閣下! かぼちゃが!」

「誰か拾うよ」

「えっ?! でも! ――わあっ!」


 そしてものすごい勢いで走り出してしまう。

 首から下はのっぺりした白い布なので、閣下にしがみつくこともできない。

 まさに荷物運びをされながら、たどり着いた場所は、閣下の執務室だった。


「わっ」


 白い布に覆われたまま、わたしはソファの上に降ろされる。

 閣下は、わたしを囲い込むように、ソファに膝をのせた。


「やっぱり、顔が見える方がいいね」


 機嫌よく笑いながら、閣下が白い布に手をかけてくる。


「あ、ま、待ってくださいっ」

「どうして? アイラがリアの衣装はばっちりって言っていたよ?」

「それはっ……そうなのですが……」


 白い布の下はアイラさんおすすめの衣装を着ている。


「おとなっぽくて、少し……恥ずかしいのです……」

「なら、余計に見なくちゃ」

「―――え?」

「み・せ・て」


 閣下は嬉々と白い布をはぎ取ってしまった。

 わたしは半泣きになりながら、身を縮こませる。

 ところが、わたしの姿を見た閣下は目を丸くした。


 ひかれている!


 ――古来より、男女の駆け引きにはガーターベルトが使われます。


 って、アイラさんが言っていたけど……


 ――ガーターベルトにメッセージカードを挟んで今夜はオッケーのサインを出すのです。


 って、強く言われたけれども、やっぱり恥ずかしくて……


 ――メッセージカードが無理なら、キャンディをガーターベルドに挟みましょう。ハロウィンでございますし。


 と、念を押されて言われたけれども!


 やっぱり恥ずかしい。


 わたしはスリットがはいったスカートを履くのは初めてだ。

 むきだしの太ももから、ちらっと黒いガーターベルトが見えてしまい、ぴえんと言いそうになる。


 口を引き結んで羞恥に耐えていると、閣下の目がうっとりと細くなった。


「……やっぱりさ、誘っているでしょ?」

「そ、その……ガーターベルトにキャンディがはさまっていますので……そちらを召し上がっていただこうかと……」

「――へえ」


 閣下はわたしのガーターベルトに手を伸ばす。紙にくるまれたキャンディを指でつまむと、中身を開いていく。

 ぽいっと口の中に入れ、閣下がにっこりと笑った。


「おいしいよ」


 ほっと胸をなでおろすと、閣下の紅い瞳が艶めいた。


「リアも食べなよ――」

「――え?」


 目をぱちぱちさせていると、閣下の顏が近づいた。

 薄く開きっぱなしだった口が、閣下の唇でふさがれる。


 次の瞬間。


 極上の甘さが口いっぱいに広がった。





 ――ハッピー・ハロウィン♪



性的な意味でいただきましょう、のハロウィン話、楽しんでもらえたら幸いです。

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どうぞよろしくお願いいたします。


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― 新着の感想 ―
閣下ならヴァンパイアしかないと、私も思っていました! ( *˙ω˙*)و グッ! ああ……リア…… 美味しく召し上がられちゃった…… (*/▽\*)キャッ
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