21 クソッタレな運命にざまぁみろって言ってやりなよ
父は再び王宮入りしたが、妹には会えないと言っていた。
妹の話をして、会うように言ったが力なく首を振るだけだ。
「私はセリアに何もできなかった……それなのに、あの子はこの国に戻って、私の復帰を手伝ってくれたんだ……会わせる顔がない……」
「リアに対して何もできなかったのは、俺も一緒ですよ」
「それは違うだろう。おまえは戦った。モールドールと戦ってくれたんだろう……っ」
父の目には涙が浮かんでいた。
「……父上」
「私は情けない、父親だ。子どもたちに守られてばかりいる」
「なら、父上。帳簿を書き続けてください」
驚いた顔をした父に、俺は顔を引き締める。
「父上が王家の会計を見直してください。そうしないと、リアへの慰謝料の支払いが滞ります」
「は?」
大きく目を広げた父に、俺は神妙な顔をする。
「父上がいないと王家の会計は駄目なままです。今度こそ会計改革をしてください」
ぐっと腹に力を入れて言い切る。
今度こそ、俺は母との約束を守りたい。
「俺が帳簿を守ります。必ず父上の帳簿を守りますから」
「アラン……」
父は鼻をすすった。
「おまえは強いな。……私とは違う」
「俺は母上にそっくりですから」
おどけて言うと、父がぽかんとする。
「メラニーに似ているのはセリアだろう」
「外見がですよね? リアは天使で、母上は女神です」
「それは同意するが……アラン、おまえは私に似ているよ」
「え? そうですか?」
「頑固で融通がきかず、信念を曲げられないところがな」
俺はくしゃっと顔をゆがめた。
「嬉しいです。俺は父上を尊敬していますから」
そういうと父上は鼻をスンと鳴らした。
「リアの慰謝料は、王家からもぎとれそうですか?」
「第二王子妃予算はあるはずだ。それにアンリ様なら……」
ふと、父が切ないほほ笑みをだす。
「……あの方なら、子どもたちに何か残しておられるだろう。シャルル陛下に聞いてみる」
そう言って、父は陛下の所へ行った。
父の背中には哀愁がただよっていた。
父はアンリ上皇陛下と会計改革をしたかったはずだ。
モールドールさえいなければ、今もなお、父は上皇陛下と、国について話し合っていたはず。
果たせなかった思いに共感して、モールドールに対して恨みが沸いてくる。
「恨みは忘れろ……か。なかなか、難しいな」
しばらくは激情をもて余しそうだ。
俺は一つ、息を吐いて仕事にとりかかった。
妹への慰謝料の財源は、上皇陛下がブリュノへ結婚祝いに渡したホープ・ダイヤモンドになった。
ダイヤモンドは換金され、慰謝料の一時金として支払われることとなる。
以降は、なくなった第二王子妃予算から毎月、支給されるそうだ。
金額のみを妹に伝えると、彼女は数字をじっと見つめた。
「……この金額なら、最新式の蒸気船が買えて、なおかつ借金が返せる!」
「リア、借金とは?」
「あ、烙印を消すために、そのっ、人工皮膚移植をしたのです……」
そうか。妹の烙印は今はないんだな。ほっとした。
ほっとしたが、聞き捨てならないことを聞いた。
「おい、デュラン。妹が借金を抱えているとは、どういうことだ?」
「俺が肩代わりすると言ったんだけどね。断られたんだよ」
「リア、デュランに遠慮することはないぞ」
「……そんなことは、できませんっ」
妹は首を横にふった。
「閣下に支払わせるわけにはいきません。自分で払えばいいと思って……あのっ、そのっ……」
俺とデュランを交互に見て、もごもごと口を動かしている。
そんな表情は初めて見た。可愛い。
デレっとして見ていると、俺よりもデュランの方がデレっとしていて、心がスンとなった。
「リアは真面目だからなぁ。そこが可愛いいんだけど」
「か、かわわわっ……!」
ふたりは仲が良さそうに見えた。
デュランになら、妹を任せられる。
無性に腹が立つが、デュランならいい。
デュランのことを一発か、二発か、三発ぐらい殴りたいが、妹は彼といると楽しげだ。
それでいい。
妹には幸せになってもらいたい。
「リアの借金はすべて返済しよう。残った分は、帝国に送金すればいいのか」
「あ、にいさま。それでしたら、にいさまが管理してポンサール領に使ってください」
「ん? リアが受け取るべき慰謝料だぞ?」
妹はキリリと表情を引き締めた。
「王国から帝国の通貨に変えると、金額が下がります。差分がもったいないです」
「ああ、なるほど」
「それに、わたしを帝国まで連れて来た人に一時金を使って蒸気船を送りたいです」
「オリバー船長にか?」
「はい……とても、とてもとてもお世話になったのです」
「わかったよ」
「にいさま、……ありがとう……わたし、育ててくれたポンサール領に恩返しがしたいわ」
そう言って、妹は控えめにほほ笑んだ。
女神になっても、領民に対する思いは変わらない。妹は妹のままだ。
「にいさま……あの、オネットは今、どこに?」
「ああ……実家に帰っているよ」
「……そうですか」
落ち込んだ妹を見て、俺までオネットに会いたくなる。
「また、会える。ふたりで帝国に会いに行くよ」
そう言うと、妹は天使のようにほほ笑んだ。
「はい。楽しみにしています」
二人が帝国に帰る前の晩、俺はデュランに陛下の封書を渡した。
「もしもブリュノがリアの前に現れたら、即刻逮捕できるように陛下が一筆書いてくださった。デュランに託す」
デュランは封書を受け取り、たいして興味がなさそうに見た。
「もしもブリュノがリアの前に現れたら、逮捕する前に殴るけどね。今度こそ」
はっきりと言いきられ、俺は笑ってしまった。
「それならいい。妹のことは本気なんだな」
「本気に見える?」
「見える。おまえ、幸せそうだ」
デュランは目を丸くした。
「4年前、出会ったばかりの頃は、おまえは心配になるほど表情がなかったよ」
「そうだったっけ?」
「人間に興味がなさそうだった」
「あー、それはそうかも。今は? どう見える?」
くすくすと笑い出したデュランに、俺はキッパリ言ってやった。
「別の人間じゃないかと思うほど、笑っている」
「ぶっ、はははっ」
デュランは腹を抱えて笑い出した。
「それはきっと、アランのせいでもあるね」
「俺の?」
「君たち兄妹って、人たらしなんだよね。いつも一生懸命で、かまいたくなる」
「……ほめられているのか?」
そうは思えないが。
「ほめてるよ。ま、リアのことは任せておきなよ。それよりも、君も幸せになることだね」
「ん? 俺か?」
「顔に悲壮感がただよっている」
「……そうか……?」
「アラン」
デュランはニヤっと口の端を持ち上げた。
「本当の報復ってのは、自分が幸せになることだ。クソッタレな運命に中指立てて、幸せになってやったぜ、ざまあみろ!って大笑いしてやりなよ」
そう力強く言うデュランに、肩の力が抜ける。
くすぶっていた激情が、小さくなるようだった。
「デュランと話していると、悩んでいるのがバカらしくなるな……」
「そう? それはよかった」
そう言って笑ったデュランを見て、俺は久しぶりに心から笑っていた。
父は結局、妹とは会わずに手紙をしたためていた。
俺は妹に手紙を渡した。
妹が帝国に帰る日、空は晴天だった。
二度目の見送りは、どこか清々しい気持ちだ。
憂いも、心配もない。
「今度こそ……幸せにな」
***
それから、俺は近衛隊の編成に取り組んだ。
直属の部下として声をかけたのは、マルクとダミアン。
マルクは2つ返事で了承してくれた。ダミアンもだ。
「ダミアン、デュランに手紙を届けてくれて、ありがとう。これからもダミアンの力を借りたい」
ダミアンは俺の顔を見て、涙ぐんでいた。
「坊ちゃん、本当にご無事で何よりです。私は坊ちゃんのそばにいますよ」
俺はダミアンと握手をした。
彼はポンサール家を退職し、近衛に入隊することになった。
俺が声をかけたのはあとふたり。
ミュール氏とキリル氏だ。
ミュール氏には剣を譲渡してくれた感謝を告げ、俺直下の部隊に入ってほしいとお願いした。
「処刑人は法務省管轄だったが、これからは近衛の一、組織にしたい。ミュール氏は王都周辺の処刑人の統括をしていると聞いた。彼らも近衛になってもらう。そうすれば、少なくとも給料が未払いになることはないだろう。どうかな?」
「ムッシュ……」
ミュール氏は声を震わせ、黙ってしまった。
代わりにキリル氏が言う。
「ジュスティアン、よかったね! 賢王の子孫が上司になれば、君の未来は明るいよ★」
「……そうですね。ありがたいお話です」
ミュール氏は俺の前で跪き、深くこうべをたれた。
「ムッシュ、あなたに従います」
「そんな仰々しくしないでくれ」
俺は苦笑いしながら、手を差し出す。
「俺が作る部隊にはあなたのような人が必要なんです。これから、宜しく」
ミュール氏は顔をあげて立ち上がった。
ほほ笑みながら手を出し、俺たちは握手をした。
「うーん♪ めでたし、めでたし」
「キリル氏にも、近衛に入ってもらいたい」
「んんんんんんっ! ま・じ・で?」
「ま・じ・だ」
にやっと口角を持ち上げていうと、キリル氏は「ひょええええっ!」と声をだした。
「キリル氏は植物関係、特に麻薬などに使われそうな成分に強い。あなたの分析結果を見た帝国の専門家が、誰がレポートを書いたのか?と興味しんしんだった」
「ほへえええええっ ま・じ・で?」
「キリル氏も近衛に入ってほしい。専門知識を生かして、協力してくれ」
「ボク、外国人だから、専門の資格は持ってナイヨ?」
「ああ、外国人国籍の者は今まで試験を受けられなかったが、俺がなんとかする。今後は広く知識を受け入れる方針だ」
「ひょえええええっ! すごいね★ 賢王の子孫は、この国を変えちゃいそうだ!」
「というわけで、キリル氏。試験を受けてほしい」
「あっ……」
「キール、勉強しなさい」
「いやん、ジュスティアン♪ 試験に落ちたらブッ殺す★って、目が言っているうぅ~」
キリル氏は俺の手配した試験を通過し、無事に学士の資格を取った。
準備を整えた俺は、やっと彼女に会いに行く時間ができたのだった。
いつもより長めの文字数で、あと2話、続きます。