表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍2巻発売中】あなたのしたことは結婚詐欺ですよ(WEB版)  作者: りすこ
外伝 王の処刑人 アラン・フォン・ポンサール
50/61

20 これは俺の報復だ

 王宮の地下にある牢獄へ行く。

 石の階段を降りていくと、人の怨念がしみついたような独特の腐臭がした。


「食事を持ってきた」


 トレイにのった固いパンを見せると、獄吏はのっそりと動き出す。


 牢に行くための鉄のドアが開かれた。

 獄吏が3重の扉を開き、俺は中に入った。

 悲鳴のような音がして、鉄の扉がしめられる。


 狭く、空気の淀んだ廊下は薄暗い。


 呻くような、しゃがれた声がわずかに聞こえ、足を進めていく。

 ひとつの牢の前に立った。


 呻いていた囚人は俺の姿を見て、目を見開いた。

 俺はふっと口の端を持ち上げる。


「モールドール、食事を持ってきた」


 呼びかけると、モールドールは目を開いたまま、鉄格子に近づいてくる。

 偉そうだった態度は、みすぼらしい姿に変わり果てている。

 頭にあったカツラはとれ、顔の周りには虫が飛んでいた。


「3日ぶりの食事だ。食べたいだろう?」

「金髪の……小僧……っ! おまっ、おまえかっ……わたしを、こんな所へやったのはっ……」

「当然の結果だな。おまえはそれだけのことをした」


 俺は胸ポケットから、陛下の印が入った封印状をモールドールに見せる。


 モールドールは目を血走らせながら、刑罰を食い入るように見た。


「ま、まさかっ……そんな、はずっ……」

「モールドール、おまえには極刑がくだされた」

「ひっ……!」

「俺と妹への冤罪ほう助、俺と父への殺人未遂、金で王立アカデミーを支配し、クローデルを招き入れた罪。……おまえはクローデルが危険な薬草を取り扱うことを知っていて、彼を招き入れたな?」

「ぅうううっ」

「ヒヨスは正しく処方すれば鎮痛効果がある。だが、おまえは結果が出たことを良いことに、アンリ上皇陛下へヒヨスを過剰摂取させ、効果が良好と報告書を改ざんした」

「ぐっ……」

「アンリ上皇陛下の症状が重くなったのは、おまえが原因だ」

「っ……」

「上皇陛下を崩御させ、シャルル陛下を操り摂政の座にでも昇ろうとしたのか?」

「うっ……」


 目を見開き、震えるだけのモールドールに向かって声を張る。


「――答えろ! クズ野郎ッ!!」


 怒りに任せて、俺は鉄格子を殴っていた。

 ガシャン!と大きな音が鳴り、モールドールはすくみあがる。


「王宮を追い出されたのを恨んで、上皇陛下を殺害しようとしたのか」


 モールドールは顔をかきむしりながら、拙い言葉で話しだす。


「う、うぅっ……あんり、へいかが、わるいのだ……っ……誰のおかげで、宮廷にすめると、おもっておるのかっ」

「おまえではないな」

「っ……」

「おまえはただ国力があがっていた時に、フィリップ王に取り入り、財務大臣をしていただけだ。おまえの実力じゃない」

「う、ぅぉぉっ」

「現におまえは豊富な財源を使うだけ使って、国庫を空にした。重税をかけ、体面だけを取り繕い、この国を傾けた」

「そん、な、はずはっ……」


 まだ認めないモールドールに父の帳簿を見せる。

 モールドールの時代から、財政は急降下していた。


「すべて帳簿に出ている。言い逃れはできんぞ」

「うっ……」

「おまえはその場しのぎの政治をした。自分の時さえよければよかったんだ。財務を扱う人間が、聞いて飽きれる」

「うぅぅぅぅ……」

「王への殺人未遂。これだけでも、死罪はまぬがれん」


 俺はしゃがみ、鉄格子の小窓から、固いパンがのったトレイを牢の中にいれた。


 どこから入ってきたのか。

 一匹のネズミが、鼻をひくつかせながら、パンに近づく。

 俺はネズミをそっと手で持ち、ほほ笑みかける。


「おまえは食べてはダメだよ。食べたら、死ぬ」


 ネズミを別の場所に放ち、小窓の鍵をしめた。

 モールドールを見ると、パンを見つめながら、よだれを垂らしていた。


「お、お、おまえっ……わ、わたしに毒をっ」

「おまえが俺にやったことだろ」

「ぅぅっ……」

「おまえと違って俺は気が長い。即効性のないものを用意した」

「……わたしっ、に、苦しめと、い、いうのかっ!」

「当然だろう」

「ぐぅぅぅっ……」


 俺は陛下から賜った剣を抜いた。


 剣に刻まれた正義の名の元に――なんて、だいそれた思いはない。


 これは俺の報復だ。


「王の処刑人アラン・フォン・ポンサールが、おまえを処断する」


 剣の切っ先をモールドールに向ける。

 ひえっと声をだして後ずさるモールドールに向かって、極上の冷笑をおみまいした。


「おまえの首は処刑人が斬る価値すらない。――モールドール、自害しろ」


 剣を鞘におさめ、踵を返した。


 自害は恩赦ではない。

 ただ、ただ、屈辱的な刑罰だ。


 宗教上、自害は地獄へ行くと言われている。

 自ら地獄へ行かざるをえない行為を、プライドの高いモールドールは受け入れられないだろう。


 ――これが俺の報復だ(ざまぁみろ)


「はあはあ、わ、わたしが……私がっ……! こ、このようなしうちを、はあはあっ…………なぜ、だ……っ……ありえん……」


 涙まじりの怨念のような声が牢獄に響きだす。


 だが、どうでもいい。

 聞く価値のない声だ。


 3日後、変わり果てたモールドールの姿が、地下牢から出され処理された。



 ***



 モールドールの末路を見届けてから、俺はリリアンの収容先に足を運んだ。


 セタンジルは、就労をさせ囚人を矯正させることを目的にした場所ではなく、この国で唯一、拷問が許されている刑務所だ。


 高い塀が囲う刑務所で、塀の外には奈落の底のような深い堀がある。


 堀を渡るための一本橋を通り、刑務所に向かう。


 刑務所長と話がしたいと言うと、目の周りがくぼんだ男と会えた。

 男は俺を見て、やれやれと首をすくめる。


「見捨てられた刑務所に来るとは酔狂なやつだ。余程の変人か、恨みが深いと見える」

「俺の場合は、後者だな」


 軽口を返すと、男はぱちぱちと瞬きをする。そして、くつくつと喉を震わせた。


「それじゃあ、安心しろよ。ここから出る奴なんざ、いねえよ」

「……刑期は枷のおもりを決めるだけ、という噂は本当か?」

「俺が刑務所長になってからは、……そうだな。出たやつはいねえなあ」

「……そのようだな」


 俺は手元にある資料に目を落とす。

 目の前の男が所長になって、二十年。

 セタンジル刑務所から刑期を終えて、出たものはいない。


「……セタンジルはゴミ捨て場と同じだ。外にある堀、あんだろ。墓を掘る手間を省いて、ああなっている」

「……そうみたいだな」

「くっ、あんまり信用していないって顔だな。囚人に会ってみるか? 奇声を出しているがな」

「いや、やめておく。今度こそ切り捨ててしまいそうだからな。貴殿に任せる」

「貴殿? ぶっ、はははっ 俺を貴殿なんて上等な名で呼ぶのは、あんたが初めてだ」


 楽しげに笑った後、所長はニヤリと笑った。


「ここの囚人の平均寿命を教えてやる。……長くて、2年だ」

「2年か……」

「たまに4年を超えるやつもいるが、あの嬢ちゃん、温室育ちだったんだろうなあ。1日一杯のスープを飲むのを嫌がっていたよ」

「……そうか」

「今はまあ、スープにがっついているがな。あの調子じゃ、16年はもたねえだろうな。だからさ、顔のキレイなにいちゃん」


 所長は軽く手をふった。


「あんたの恨みは2年で消しときな。ここのことは忘れることだな」


 そう言って、所長は話を終えた。


 俺は刑務所を出て、深い堀を見つめる。

 底が見えない穴だ。

 地獄に食べられるような冷気がただよっていた。


「毒婦は、地獄に落ちるな」


 ふっと、昏い笑みがでる。

 リリアンは俺が願った通りの結末になることだろう。





作者、闇落ち、おかわり回です。


リリアンの罰については、様々なご感想を頂いておりましたが、ネタバレすると「作者はリリアンを監獄から出すつもりはなかった」が正解になります。


エピローグが3話、あります。

明日の朝の更新はありません(ぺこり)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
\5月23日書籍2発売/
あなたのしたことは結婚詐欺ですよ2書影

画像クリックで公式サイトへ

△0円の試し読みがあります♪△

― 新着の感想 ―
[一言] セタンジル刑務所が想像以上にやばかった……! 2年かあ…… もうちょっと長持ちしてほしいものですねえ…… がんばれリリアンちゃん(暗黒微笑)
[良い点] おおう…… 悪役達に、斬首より苛烈な処分が下されていく…… これが、りすこさんの本気か……(ゴクリ)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ