20 これは俺の報復だ
王宮の地下にある牢獄へ行く。
石の階段を降りていくと、人の怨念がしみついたような独特の腐臭がした。
「食事を持ってきた」
トレイにのった固いパンを見せると、獄吏はのっそりと動き出す。
牢に行くための鉄のドアが開かれた。
獄吏が3重の扉を開き、俺は中に入った。
悲鳴のような音がして、鉄の扉がしめられる。
狭く、空気の淀んだ廊下は薄暗い。
呻くような、しゃがれた声がわずかに聞こえ、足を進めていく。
ひとつの牢の前に立った。
呻いていた囚人は俺の姿を見て、目を見開いた。
俺はふっと口の端を持ち上げる。
「モールドール、食事を持ってきた」
呼びかけると、モールドールは目を開いたまま、鉄格子に近づいてくる。
偉そうだった態度は、みすぼらしい姿に変わり果てている。
頭にあったカツラはとれ、顔の周りには虫が飛んでいた。
「3日ぶりの食事だ。食べたいだろう?」
「金髪の……小僧……っ! おまっ、おまえかっ……わたしを、こんな所へやったのはっ……」
「当然の結果だな。おまえはそれだけのことをした」
俺は胸ポケットから、陛下の印が入った封印状をモールドールに見せる。
モールドールは目を血走らせながら、刑罰を食い入るように見た。
「ま、まさかっ……そんな、はずっ……」
「モールドール、おまえには極刑がくだされた」
「ひっ……!」
「俺と妹への冤罪ほう助、俺と父への殺人未遂、金で王立アカデミーを支配し、クローデルを招き入れた罪。……おまえはクローデルが危険な薬草を取り扱うことを知っていて、彼を招き入れたな?」
「ぅうううっ」
「ヒヨスは正しく処方すれば鎮痛効果がある。だが、おまえは結果が出たことを良いことに、アンリ上皇陛下へヒヨスを過剰摂取させ、効果が良好と報告書を改ざんした」
「ぐっ……」
「アンリ上皇陛下の症状が重くなったのは、おまえが原因だ」
「っ……」
「上皇陛下を崩御させ、シャルル陛下を操り摂政の座にでも昇ろうとしたのか?」
「うっ……」
目を見開き、震えるだけのモールドールに向かって声を張る。
「――答えろ! クズ野郎ッ!!」
怒りに任せて、俺は鉄格子を殴っていた。
ガシャン!と大きな音が鳴り、モールドールはすくみあがる。
「王宮を追い出されたのを恨んで、上皇陛下を殺害しようとしたのか」
モールドールは顔をかきむしりながら、拙い言葉で話しだす。
「う、うぅっ……あんり、へいかが、わるいのだ……っ……誰のおかげで、宮廷にすめると、おもっておるのかっ」
「おまえではないな」
「っ……」
「おまえはただ国力があがっていた時に、フィリップ王に取り入り、財務大臣をしていただけだ。おまえの実力じゃない」
「う、ぅぉぉっ」
「現におまえは豊富な財源を使うだけ使って、国庫を空にした。重税をかけ、体面だけを取り繕い、この国を傾けた」
「そん、な、はずはっ……」
まだ認めないモールドールに父の帳簿を見せる。
モールドールの時代から、財政は急降下していた。
「すべて帳簿に出ている。言い逃れはできんぞ」
「うっ……」
「おまえはその場しのぎの政治をした。自分の時さえよければよかったんだ。財務を扱う人間が、聞いて飽きれる」
「うぅぅぅぅ……」
「王への殺人未遂。これだけでも、死罪はまぬがれん」
俺はしゃがみ、鉄格子の小窓から、固いパンがのったトレイを牢の中にいれた。
どこから入ってきたのか。
一匹のネズミが、鼻をひくつかせながら、パンに近づく。
俺はネズミをそっと手で持ち、ほほ笑みかける。
「おまえは食べてはダメだよ。食べたら、死ぬ」
ネズミを別の場所に放ち、小窓の鍵をしめた。
モールドールを見ると、パンを見つめながら、よだれを垂らしていた。
「お、お、おまえっ……わ、わたしに毒をっ」
「おまえが俺にやったことだろ」
「ぅぅっ……」
「おまえと違って俺は気が長い。即効性のないものを用意した」
「……わたしっ、に、苦しめと、い、いうのかっ!」
「当然だろう」
「ぐぅぅぅっ……」
俺は陛下から賜った剣を抜いた。
剣に刻まれた正義の名の元に――なんて、だいそれた思いはない。
これは俺の報復だ。
「王の処刑人アラン・フォン・ポンサールが、おまえを処断する」
剣の切っ先をモールドールに向ける。
ひえっと声をだして後ずさるモールドールに向かって、極上の冷笑をおみまいした。
「おまえの首は処刑人が斬る価値すらない。――モールドール、自害しろ」
剣を鞘におさめ、踵を返した。
自害は恩赦ではない。
ただ、ただ、屈辱的な刑罰だ。
宗教上、自害は地獄へ行くと言われている。
自ら地獄へ行かざるをえない行為を、プライドの高いモールドールは受け入れられないだろう。
――これが俺の報復だ。
「はあはあ、わ、わたしが……私がっ……! こ、このようなしうちを、はあはあっ…………なぜ、だ……っ……ありえん……」
涙まじりの怨念のような声が牢獄に響きだす。
だが、どうでもいい。
聞く価値のない声だ。
3日後、変わり果てたモールドールの姿が、地下牢から出され処理された。
***
モールドールの末路を見届けてから、俺はリリアンの収容先に足を運んだ。
セタンジルは、就労をさせ囚人を矯正させることを目的にした場所ではなく、この国で唯一、拷問が許されている刑務所だ。
高い塀が囲う刑務所で、塀の外には奈落の底のような深い堀がある。
堀を渡るための一本橋を通り、刑務所に向かう。
刑務所長と話がしたいと言うと、目の周りがくぼんだ男と会えた。
男は俺を見て、やれやれと首をすくめる。
「見捨てられた刑務所に来るとは酔狂なやつだ。余程の変人か、恨みが深いと見える」
「俺の場合は、後者だな」
軽口を返すと、男はぱちぱちと瞬きをする。そして、くつくつと喉を震わせた。
「それじゃあ、安心しろよ。ここから出る奴なんざ、いねえよ」
「……刑期は枷のおもりを決めるだけ、という噂は本当か?」
「俺が刑務所長になってからは、……そうだな。出たやつはいねえなあ」
「……そのようだな」
俺は手元にある資料に目を落とす。
目の前の男が所長になって、二十年。
セタンジル刑務所から刑期を終えて、出たものはいない。
「……セタンジルはゴミ捨て場と同じだ。外にある堀、あんだろ。墓を掘る手間を省いて、ああなっている」
「……そうみたいだな」
「くっ、あんまり信用していないって顔だな。囚人に会ってみるか? 奇声を出しているがな」
「いや、やめておく。今度こそ切り捨ててしまいそうだからな。貴殿に任せる」
「貴殿? ぶっ、はははっ 俺を貴殿なんて上等な名で呼ぶのは、あんたが初めてだ」
楽しげに笑った後、所長はニヤリと笑った。
「ここの囚人の平均寿命を教えてやる。……長くて、2年だ」
「2年か……」
「たまに4年を超えるやつもいるが、あの嬢ちゃん、温室育ちだったんだろうなあ。1日一杯のスープを飲むのを嫌がっていたよ」
「……そうか」
「今はまあ、スープにがっついているがな。あの調子じゃ、16年はもたねえだろうな。だからさ、顔のキレイなにいちゃん」
所長は軽く手をふった。
「あんたの恨みは2年で消しときな。ここのことは忘れることだな」
そう言って、所長は話を終えた。
俺は刑務所を出て、深い堀を見つめる。
底が見えない穴だ。
地獄に食べられるような冷気がただよっていた。
「毒婦は、地獄に落ちるな」
ふっと、昏い笑みがでる。
リリアンは俺が願った通りの結末になることだろう。
作者、闇落ち、おかわり回です。
リリアンの罰については、様々なご感想を頂いておりましたが、ネタバレすると「作者はリリアンを監獄から出すつもりはなかった」が正解になります。
エピローグが3話、あります。
明日の朝の更新はありません(ぺこり)