19 王の処刑人
議員の再招集、ということは人事を入れ替えるということだろうか。
陛下の背中を見送っていると、デュランに肩を叩かれた。
「はい、これ」
そして書類の束を渡された。
「これは?」
「クローデルを調べていた時に、モールドールとの繋がりを見つけたよ。モールドールが王立アカデミーを牛耳っていたという証拠」
目を開く俺に、デュランはくすりと笑った。
「アランが集めた証拠の裏付けだ。これで、かりはナシね」
「……デュラン」
「クズは牢獄に入っているんでしょ? 以後は、君の好きなようにすればいいよ」
俺は書類を見つめる。
これがあれば、モールドールに報復できる――
「ありがとう、デュラン」
俺は彼に敬礼をした。
***
陛下は政務から引退され、上王陛下となられた。
上王后陛下は上王陛下とブリュノを伴い、ひっそりと王宮を去る準備をしていた。
3人が宮殿を去る前にルベル皇帝・皇后、両陛下が電撃訪問。
上王・上王后両陛下と密談された後、シャルル王太子殿下とも会談し、殿下は即位された。
ルベル皇帝とシャルル陛下は会見をひらき、両国がこれからも良好な関係であると宣言。
また皇帝は、爆弾魔の逮捕には俺と妹の功績が大きいと言ってくれた。悪女と言われた妹の名誉は、守れたのだ。
即位後、シャルル陛下に呼び出され、俺は拍子抜けすることを言われた。
「僕は君を擁護しきれなかった。それでも、近衛隊長をしてくれるかい?」
「今更ですか。俺の人事は決定事項では?」
「……一応、言っておきたかったんだよ」
陛下はふと幼なじみに話かけるような口ぶりで言った。
少しだけ、心が動かされる。
俺も甘いな。
俺は陛下の前で膝をついた。
「謹んで拝命します」
陛下がほっと胸をなでおろす。
この方が王になれるのか、俺は近くで見ていよう。
「今後とも、ポンサール家はシャルル陛下に仕えます。しかし、陛下。二度目はありません」
ひゅっと息を吸い込む陛下を見上げながら、俺は不敵に笑った。
「ポンサール公爵家は、不正は認めません。たとえ、あなたの立場を悪くしても、正しくあろうとするでしょう。それでも、宜しいですか?」
陛下は小さく笑った。
「だからこそ、おまえが必要なんだ。僕は未熟だから……」
そう言って、陛下は後方にいた従者を見る。
従者は長細い箱を持ってきた。
従者が箱を開ける。
中には刃渡り30センチの剣が入っていた。
柄の模様、何より剣の真ん中に掘られた『正義』の文字に覚えがある。
これはミュール氏が所有していた処刑人の剣だ。
「恩人であるアランに捧げたいとジュスティアン・ミュールが申し出てきたよ」
「ミュール氏が……」
「正義の文字は、王に代わって断罪するという意味。アランに渡すよ」
そう言うと、陛下は鞘から剣を抜き、跪いた俺の肩に抜き身を置いた。
これは、旧時代に行われていた騎士の任命だ。
「シャルル・フォン・サイユの名の元に、アラン・フォン・ポンサールを王の処刑人に任命する。正義の剣をふるい、秩序を乱す者を断罪せよ」
陛下は少しだけ泣きそうな顔をした。
「……僕が間違えた時、おまえが僕の首を落としてくれ」
弱々しい声だった。
よく見れば、陛下の手は震えている。
自分で言ったことが、恐ろしくてたまらないのだろう。
陛下は剣を鞘におさめ、両手で俺に剣を差し出す。
俺は剣を受け取った。
妙に手になじむ、重い剣だった。
「……ルベル皇帝と会談した時、保安隊の話を聞いたんだ」
陛下が小さな声で話しかけてくる。
「皇帝はね。自分が間違えた時、息子が逮捕すると信じていたよ。もっとも信頼できる息子に保安隊は任せてあるって、言っていた。……僕もおまえに命を預けたい」
俺は受け取った剣を握りしめ、つぶやいた。
「……なぜ、俺なのですか」
「おまえへの贖罪」
言われたことに嘆息する。
「俺に対しては、罪悪感を感じなくてもいいです」
「そう言うと思った……おまえはもう僕に期待していないだろうからね」
図星をつかれた。
驚いて目を見張ると、陛下は切なげに目を細くしていた。
「アランが一番、僕に期待していた。嘘、偽りない、僕、個人への期待だ。……それが今は感じられない」
幼なじみだから、わかるよ。
そうつけ加えられた。
「だからこそ信頼している。処刑人よ。僕が間違えた時は、僕を蹴落とせ」
この人ならば、王になれるかもしれない。
また、期待してもいいのかもしれない。
「陛下の首を落とす運命にならないよう、善王でいてください」
そう言って俺は剣を両手に持ったまま、頭を下げた。
帯刀した剣は、二本になった。
腰を持ち上げた時に、重さを感じるな。
立ち上がって陛下を見ると、目をぱちぱちさせていた。
「……今すぐ、首を落とされるかと思った」
「まさか。そこまで短気ではありません」
そう言うと、陛下はくすくす笑った。
俺たちの間に、幼い頃のような懐かしい空気が漂う。
だが、感傷に浸るのはわずかだ。
「俺は妹に今度こそ自由になってほしいのです。その為に、あなたを見張ります」
陛下は瞬きを数回した後、ふっと笑みを落とした。
「相変わらず妹愛にあふれているね。おまえの妹は天使なんだろう?」
「天使を越えました。女神です」
そう言うと、陛下はくすくすと笑っていた。
笑いすぎだ。
俺はむっと顔をしかめた。
「妹のためにも頑張るか。おまえらしいね」
「……妹のためだけではありませんが」
「そんなアランには近衛の立て直し、および、爵位を持つものへの断罪権を与えるよ」
そう言って、陛下は封がされた書状を見せた。
「僕はね、アラン。サイユ王国にも保安隊を作りたいんだ」
「……デュランの部隊をですか」
「ああ、ルベル帝国では封印状というものが使われているそうだ。王のサインが書かれた封印状があれば、高位貴族も捕縛できる」
「……近衛隊を保安隊のようにするというのですか」
「そうだね。保安隊みたいな組織を作りたい。アラン、おまえが作ってくれないか?」
「俺がですか?」
「人選は任せるよ」
陛下は心臓のあたりに手をおいた。
そして、腰を落とす。最上の礼だ。
王が臣下にするものではない。
「僕の処刑人よ。私利私欲をむさぼるものたちから、この国を守っておくれ」
その言葉に、心が動かされた。
今までは王族を守ることが、俺のできる最大の務めだと思っていた。
でも、王族を守るだけではダメなのだ。
この国は腐りかけのリンゴ。
腐った部分を落とさないと、リンゴは食べられなくなってしまう。
それに俺は――やられたら、自分の手でやり返したい。
「……かしこまりました。では陛下、さっそく一人、断罪したい者がいます。証拠をそろえますので、封印状のご用意をお願いします」
俺は敬礼をして、一時、退出した。
デュランからもらった書類と、自分が集めた証拠を陛下に見せる。
陛下は目を通し、苦悶の表情を浮かべた後、王の顔をした。
「封印状を発行する。モールドールを処断してくれ」