18 この国自体が詐欺師ですよ
「リリアンは斬首刑に致しましょう。平民の前で処刑を行えば、この度の騒動への批判も薄れるでしょう」
「ええ、そうです。そうですとも! 新聞社がどこからか聞きつけて不敬なことを書き立てています。今の王家は、忠臣を切り捨てる、とか」
「それは遺憾ですな。新聞社には圧力をかけて、潰しましょう」
「名案ですな」
「まあ、ブリュノ殿下のことは良いとしても、リリアンは奪爵された者。今は平民です。平民の首を飛ばすのは、簡単なことです」
法務大臣は指を一本立てて、得意げに言う。
「平民は公開処刑を食い入るように見ますからね。リリアンの首を落とし、娯楽として楽しませれば鬱憤もなくなるでしょう」
「首をさらすのもアリですな」
「王都の処刑人は見栄が良い。そのために恩賞もたんまり渡してますからねえ。わっはっはっ。彼に公開処刑させれば、王家への不満など消し飛ぶでしょう」
法務大臣の一言に、他の議員が大きくうなずきあった。
沈黙していたシャルル王太子殿下は静かに口を開く。
「……処刑人への俸給は、法務大臣、おまえの管轄だったな」
「はいはい、そうでございます。殿下」
「未払いだと報告を受けている。どういうことだ?」
「えっ……」
「会計監査からの報告だ。法務大臣の下の者に言っても改善されないからと、会計の方にジュスティアン・ミュールがいったそうだ」
「あ、ぁあ。はははっ……」
法務大臣はハンカチを取り出して額の汗をふく。
「……手元に資料がなく、ええっと、私にはわかりかねますが……」
「なぜ、資料がない。僕はリリアン・クローデルの処罰を決める会議といったはずだ」
「いやっ、それはそのっ……」
「おまえがどのような気持ちで会議に臨んだのか、よくわかった」
殿下が冷たく言うと、法務大臣は背中を丸めた。
さっきまで議論していた者たちに向って、殿下が言う。
「貴公らの言い分は理解した。だが、市民の首だから、飛ばせない。公開斬首刑は貴族のみに適応される法だ。市民に対して、公開斬首刑をする法はない。やるとしたら絞首刑のみだ」
「だ、だったら、絞首刑にすればよいでしょう!」
法務大臣が額の汗をふきながら意見する。
「どちらにせよ、公開処刑されたら彼女の家族は無実になる。それでは、陛下の意思に背く」
「あぁ……」
「忘れたのか、陛下の言葉を」
シャルル王太子殿下は、ゆっくりと陛下――いや、妃殿下の言葉を紡いだ。
「罪は、余と、ブリュノ、リリアン、クローデル男爵家にあり」
リリアンの極刑を言い出した法務大臣が押し黙った。
「陛下の言葉はおまえの所にも伝えられたはずだ」
「それはっ……」
「おまえは今まで、なにを考えて法務大臣をしていたのだ……情けないっ」
「あっ……」
「おまえを大臣に据えたのが、そもそもの間違いだったようだ。僕の目も父の目も、曇っていたな……」
「で、殿下っ……」
「会議の場から退出しろ」
「は……?」
「アラン卿、彼をつまみ出してくれ」
不意に呼び出され、俺は殿下の目を見た。
「彼を更迭する」
その一言に、殿下は俺の願いを聞いてくれたのだと思った。
ぞくりと、首の裏に歓喜が走る。
「殿下っ! お許しくださいっ! 何卒っ! 何卒でございますっ!」
法務大臣は椅子から転がり落ち、殿下の足元にいく。
頭をこすりつけながら土下座した大臣を見て、シャルル王太子殿下は顔をしかめた。
「アラン……イルス=サヴァル・ラ・ミーズを、退出させてくれっ……」
「御意」
俺は床に頭をこすりつけたままのミーズ卿のそばに行き、彼の肩を掴んで顔をあげさせた。
「ひっ……」
「ご退場を」
「ま、待ってくれ! 私は殿下を思って言って!」
ミーズ卿の肩を片手で挟み、引きずっていく。
デュランが先回りして、うやうやしい態度で扉を開いた。
デュラン、完全に状況を楽しんでいるな。
紅い目がらんらんと輝いているぞ。
俺は口の端を持ち上げ、デュランの横に立つと、力任せにミーズ卿を扉の外にぶん投げた。
「っっ!」
ドンっ――と、しりもちをついたミーズ卿は呆然と俺を見上げた。
俺は冷めた目で言う。
「なんの調査もせず、妹の国外追放ほう助をしたあなたは、法の番人にはなれない。――退場しろ」
「あ、……あああぁ……っ」
ミューズ卿は頭を抱えて、うめき声をあげる。
その拍子にモールドールと同じく縦ロールのついた立派なカツラが、頭からすべり落ちた。
禿げた頭を一瞥し、俺は扉を閉める。
会議室を見ると、デュランはにっこにこの笑顔だった。
俺に対して小さく、グッドのハンドサインまで出している。
そんな彼の態度に、肩の力が抜けて、笑ってしまった。
殿下の背後に再び立って、議員たちを見渡す。
俺と目が合うとぶるりと震えていた。
殿下が口を開いて、静かに話しだす。
「リリアン・クローデルは、セタンジルに収容。これは決定だ。僕はおまえたちに意見を求めていない。求めるのは実行のみだ」
ひゅっと議員が息を呑んだ。
「クローデルは麻薬を作った責任を取らす。焼きごてをあて、国外追放だ」
「追放された後は、ルベル帝国に引き渡しですね」
ふっとデュランが声を挟む。
「口を挟んで、失礼しました。クローデルは元々、帝国の爆弾事件に関わっています。刑が執行された後は、家族共々、保安隊が連行します」
殿下は大きくうなずいた。
「極刑にしなかった王太子殿下のご判断。俺は支持します」
そして、デュランは思いもよらない事を口にした。
「リリアンを極刑にしたら、セリア嬢はまた傷つくことでしょう。自分が追いつめたと、負わなくていい罪悪感を持つ。彼女は優しすぎる。そのようなことになるぐらいなら、リリアンにはセリア嬢の知らないところで勝手に滅んどけ、ですよ」
そこで、デュランは一度、言葉を切った。
議員を監視するように一人ずつ顔を眺める。
「それに、リリアンだけが悪いのですか? 俺にはリリアンだけが悪いように思えません」
「しかし……リリアンはブリュノ殿下に薬物を投薬し、事の発端は全て彼女がしているわけで……」
「あなた方は彼女を止める立場にありましたよね?」
デュランの言葉に、議員が口ごもる。
「なぜ、誰もリリアンを止めなかった。なぜ、セリア嬢とアラン卿の声を無視した。なぜ、忠臣を冤罪で処罰した。なぜ、貴殿らは見て見ぬふりをしたっ なぜ、保安隊が到着するまで状況が変わらなかったんだ!」
デュランの目が怒りで赤く燃えていく。
口元には、残酷で美しい笑みが浮かんでいた。
「この国自体が、詐欺師だ。罪はあなた方にもありますよ」
シャルル王太子殿下が口を引き結んだ。
「……わかっている。デュラン保安監の言う通りだ。今回の件は、包み隠さず公表する。対外的にもだ」
「……殿下、そ、それでは王家の権威がっ」
「王家の権威など、もうないだろう……この国は破産寸前だ。処刑人に払う金すら、未払いだったんだ……!」
「殿下……っ」
「それでも国を立ち直らせるのが僕の仕事だ。ポンサール公爵をもう一度、呼び戻す。税務の改革を完遂してもらう。アラン・フォン・ポンサールは近衛隊長にする!」
シャルル王太子殿下は立ち上がった。
「以上だ。尚、議員は一度、解散。再招集する」
悲鳴のような声が上がった。
「で、殿下! それでは我々は!」
「今までご苦労」
そう言って殿下は、会議をおしまいにした。
書き終わったので、エタることはないです!
完結まで更新していきます!爆走します!