16 天使が女神になった
審議シーンは本編と被るためダイジェストにしてあります。
モールドールたちは拘置所ではなく地下牢で沙汰を待つことになった。地下には拘置所とは別の獄吏がいる。
今度こそ逃げ出さないようにという処置らしい。
他に出ようとする者たちを捕らえ、俺は審問の日を迎えた。
まだ容疑者の俺は形式として囚人服を着せられ、手錠を付けられた。
重い枷だ。
だが、外れると信じている。
枢機卿に呼ばれ、審問室に入る。
中にいたのは、陛下、妃殿下、シャルル王太子殿下、マーガレット様。
そして、ブリュノとリリアン。
審問を進める枢機卿だった。
陛下は顔色が土気色で、余命が短いように思える。
シャルル王太子殿下は俺を見て、苦し気に眉をよせている。
目をそらされるかと思ったが、俺を見ていた。
俺は陛下の前で膝をつかされる。
沙汰が下るまで、容疑者は口を開いてはいけない。
「これより、マーガレット王太子妃殿下、殺害未遂の審問を執り行う」
枢機卿が俺の罪状を述べていく。
マーガレット様の殺害未遂犯にされたというのは、今更、苛立ちはしない。
デュランならくつがえしてくれると信じているからだ。
「アラン・フォン・ポンサールの容疑について、ルベル帝国、保安隊から容疑を否認する資料が提出されました。アメリア・ウォーカー三等保安士が説明されます」
枢機卿の説明に眉根を寄せる。
アメリア・ウォーカー? 女性か?
デュランではないのか?
振り返って、入ってきた人物に目を見張る。
目に飛び込んだのは、鮮やかな制服の紅。
そして、俺と同じ髪。
名前は違うが、見間違うはずない。
「……リア……?」
規則を忘れて、思わず呟く。
その人は、向日葵色の瞳を少し潤ませた。
泣きそうな顔は、昔と変わらない。何一つ。
「大丈夫ですから」
その言葉も変わらない。強がっているようにも見える。
だが、昔とは違うのは、堂々とした態度だ。
彼女は美しく背筋を伸ばし、陛下に向かって敬礼をする。
そこに、ブリュノの罵声に怯え、震えていた昔の姿はなかった。
「セリア・フォン・ポンサール様の代理人として参りました。帝都保安隊のアメリア・ウォーカーです」
そう彼女が言い切った時、場がシンと静まり返った。
彼女の姿が涙でにじんでいく。
下を向いた時、一粒の涙が頬をすべり落ちた。
デュラン。あの、やろう。妹を鍛えたな。
――俺の天使が、女神になっちまったじゃねえか。
多幸感に包まれながら、ひっそりと笑って、妹の名弁明を静かに聞いていた。
審議は俺が願った通りに進んでいった。
デュランは俺が集めた証拠を使ってくれたのだろう。
屈辱で這いつくばった日々は、無駄ではなかった。
そう思うような時間だ。
妹は無実だ。
父も、俺も、正しくあろうとしただけだ。
そう思いながら、妹優勢で話が進んでいく。
リリアンは地団駄を踏んでジタバタしていたが、妹は冷静だった。
リリアンとの器の違いを見せつけるような状況に、ひっそりと得意げになる。
どうだ。俺の妹はすごいだろ?
その存在を惜しんで、後悔しろ。
この国は、大きな宝を失ったんだ――
そんな妹が俺と自身の弁明をし続けた後、ふと、声を震わせた。
見上げてみると、目を赤くしている。
今にも泣きそうな顔。でも、この顔は怒りに燃えているようにも見える。
妹ははっと息をのむと、声を張った。
「セリア・フォン・ポンサール様、並びに、アラン様は無実です。ポンサール公爵一族は、国王陛下、並びに王族に対して、忠義を曲げるようなことは一切しておりません!」
妹の声を聞いていたら、片方の目から涙が流れていた。
妹に代弁させてしまったな。
「……ありがとう、リア」
小さい声で、つぶやいて妹に感謝した。
***
審議が終わる頃、愚かなリリアンは妹に対しても爆弾を使おうとした。
だが、妹は彼女の行為を失笑した。
結局、爆弾は爆破しなかった。
起爆剤が抜かれていたのだ。
それをリリアンは知らずに事を起こした。
彼女は自白したようなものだ。
妹とデュランに全て先回りされて、俺の出る幕はなかった。
遅れてやってきたデュランは爽快な笑顔で、サイユに来てから初めて俺に会ったような顔をする。
まったく、おまえは役者だよ。
そして、デュランは俺と妹が再会できるように人払いまでしてくれた。
ここまで完璧に進められると、デュラン、お前は最強だよ、と認めざるをえない。
意気揚々と姿を消すデュランを見送り、妹の顔を見る。
妹は戸惑って俺を見上げた。
「リア……」
呼びかけると、視界が涙で歪んだ。また泣きそうだ。
「リア……なんだな……」
妹は言葉もなく、こくこくと頷いた。
そして俺に駆け寄ってくる。
小さな体をめいいっぱい抱きしめる。
その小さな体で、いくつもの傷に耐えて、俺を守ろうとしてくれた。
泣くのをこらえるなんて、無理だ。
「にいさま、……ご無事で……なにより……です」
鼻をすすりながら泣きじゃくる妹を強く抱きしめた。
「にいさまは、強いから……大丈夫だよ。リア、顔を見せておくれ」
声を震わせながら、妹の顔を見る。
あたたかい。生きている。
「……元気そうだね。……よかった」
そう言うと、妹は天使のようにほほ笑んだ。
「はい……元気に暮らしています……」
ああ、変わらないな。
俺の妹は賢くて、天使のように優しい。
――だからこそ、俺は。
天使が振り返らずに、自由に羽ばたけるようにしようと思った。