15 おまえは逃がさない
「……アラン閣下。デュラン保安監と知り合いだったんですね」
ぽかんと口を開いていたマルクが話かけてきた。
俺は微笑する。
「ああ、帝国に留学した時に、ちょっとな」
「……そうだったのですか。保安監が衛兵の詰所にやってこられて、今まで上の圧力でできなかったことを全部、やってしまったんです……」
「そうか」
「アラン閣下が逮捕されたと聞いて……信じられなくて……それで嘆願書を出したんですが、謹慎処分になってしまって。くさくさしている所に、保安監がやってきて、俺の謹慎処分もなくなったんです。ほんとに……」
マルクは俺を見て感極まって、また泣き出す。
「……ご無事で、良かったです」
「マルク、苦労をかけたな……ごめん」
「いいんです!」
ぐずっと鼻をすすって、マルクはへへっと笑う。
俺はデュランからもらった携帯食の包みをとった。
固く甘い携帯食を口の中に入れ、そしゃくする。
口の中が渇きすぎて、うまく飲み込めない。
無理にでも腹に食べ物を落とす。
「デュランの言葉に甘えて、警備を強化しよう。彼の言う通り、逃げ出すやつがいるかもしれない」
「はい! 閣下!」
元気よく答えるマルクに、「閣下とは言うな」とは、言えなかった。
***
東棟の詰所に戻ると、少なくなった近衛の仲間たちが俺の帰還を喜んでくれた。
場外警備兵はマルクの指導の元、精鋭たちが残っている。
厳しさに付いてこれないものは、親に泣きついて違う部門に回されたようだが、去る者は追わなかった。
マルクの指揮の元に保安隊との共闘が始まる。
「マルク、北の門を抑えた方がいい」
「正面ではなくてですか?」
「あっちには場外へ出る隠し通路がある」
「そうなんですね……」
「俺が見る。大っぴらに行動できないしな」
軽口をたたくと、マルクは嘆息した。
「俺は正面に行きます。人数を厚くすれば、他の者へのけん制にもなるでしょう」
「そうだな。……それにしても、よく指導したな」
きびきび動く仲間たちを見ながら、マルクに声をかける。
マルクは唇を尖らせた。
「……俺の案じゃなくて、全部、閣下の案で指揮系統を見直したんじゃないですか」
「それでも部下を動かせるのは才能だ。マルクは指導者に向いているよ」
「ぐっ、あ、ありがとうございます! 俺、正面に行ってきます!!」
駆け出したマルクにくすりと笑って、俺も準備をする。
もう夜になった。
月光で髪が輝かないように、帽子で隠した。
北の門は、普段は閉まったままだ。
汚水を流す川が王宮の外まで伸びており、整備用の穴が隠されている。
緊急時の脱出口に使われるものだ。
暗闇の中、息をひそめていると、小さな光りが見えた。
黒いフードを被った男たちがこちらに向かってくる。
「は、早くしろっ……!」
声を聞いて、ぞくっと強烈な感情が背中を走った。
思わず口の端が持ち上がり、被っていた帽子を投げ捨てる。
「今は誰も宮廷を出られんぞ」
男たちの足が止まる。その一人が、わなわなと震えながら俺を指さした。
「あ、お、おまえっ……は、」
「亡霊でも見たような顔だな、モールドール」
俺は怒りを笑みにのせて、やつの元に一歩、近づく。
「おまえは真っ先に逃げると思った。――絶対に逃がさん」
剣を構える。
ひっと声を上げたモールドールは、後ろに下がって喚いた。
「こ、殺せ! わ、私を守れ!」
男たちが剣を抜いて、俺に向かってくる。その剣をいなし、全員を叩き潰す。
「がっ!」
「ぐっ!」
「……がはっ!!」
白目をむいて男たちは倒れる。それに目を向けずに、モールドールのみを鋭くにらみ、一気に距離をつめる。
「ひ、ひぃぃぃっ、ひぃぃぃっ~~っ!」
耳障りな声を上げて、モールドールが踵を返す。
――逃がすか!
俺は帯刀していた短い剣をモールドールのローブの端に突き刺した。
「ぎゃあっ!」
ローブに引っ張られ、モールドールが転がりながら倒れる。
「ひっ、ひいっ。このっ!」
必死にローブを引っ張り、逃げようとするやつに近づき、無様な顔を見下ろした。
その首元を右手で握りしめる。
細く老いた首だった。
「ここで貴様の首をへし折ることは簡単だがな。……それだけでは、俺の気が済まん」
「ぐおぉぉっ」
「貴様が私欲で捻じ曲げた法を使って報復してやるっ……覚悟するんだな、モールドールッ!!」
「ぐっ……」
かくんと気絶したモールドールに舌打ちがでた。
「夢の世界に飛んでんじゃねえよ」
俺はモールドールが着ていたローブを引き裂いて、簡易的な猿ぐつわを作る。
舌をかみちぎらないようにモールドールと、他の男たちの口に結ぶ。
汚水が流れる川に行き、草むらに転がっていた桶を手にとった。
水を汲み、モールドールたちにかける。
「っっ!」
「起きろ。自分の足で牢に行くんだ」
よろよろと進まないモールドールたちをけしかけながら、詰所の前までくる。
「アラン卿……その者たちは」
「王宮を脱出しようとした奴らだ。拘置所に放り込む。マルクに知らせてくれ」
「はっ」
衛兵に報告を任せ、獄吏のいなくなった拘置所にモールドールたちを詰め込む。
「んーーーっ!」
モールドールは目を血走らせながら、鉄格子越しに俺を見ていた。
ふっと、残酷な笑みがでた。
「立場が逆転したな」
「っっ!!」
「陛下の沙汰が出るまで、そこにいろ」
くぐもった声が牢に響いたが、無視して踵を返した。
闇落ちヒーローを爆誕させたような気がしていますが、それはきっと、作者が闇落ちしたせいだと思います。