13 冤罪
ダミアンに手紙を預け、彼が出航しても俺は淡々と仕事を続けた。
そしらぬ顔で職務をし続けていたが、心はどこか高揚していた。帝国に手紙が届けば、きっとデュランが動く。
リアは、帝国で元気にしているだろうか……
「こんな腐った国にいなくて正解だったかもな……」
自分を慰めるように呟く。
はっと我に返り、職務に意識を戻した。
今日は中庭でマーガレット様がお茶会をしていた。親しい友人を呼んで、懐妊の祝いの席のようだ。
だが一人、招かざる客もいた。リリアンだ。
「マーガレット義姉様。ご懐妊、誠におめでとうございます」
派手な装いで来たリリアンにマーガレット様は戸惑っているようだった。
「ありがとう、リリアン……」
「ふふっ。義姉様のために、素敵な贈り物も用意いたしました。子どもの読み聞かせにぴったりの本ですって」
「まぁ、……そうなの?……ありがとう……」
「見てくださいませ。こちらの挿絵など、素敵ではございませんか?」
リリアンは本を開いて、パラパラとページをめくっていく。
マーガレット様は困ったように微笑んだ。
「本当に、素敵ね。ありがとう……あちらに置いて」
「はい! 義姉様!」
元気よく返事をしたリリアンに、ご友人たちが近づいてくる。
「まぁ、噂よりも気の利く方じゃない?」
マーガレット様は返事をせずに微笑する。
リリアンはマーガレット様への贈り物が詰まれたテーブルに近づいた。
大事そうに抱えていた本をテーブルに置く。
本は、一冊だけだ。
警戒して見ていた時、リリアンと目が合った。
ストロベリーピンクの瞳がうっとりと細くなる。
恍惚とした表情に眉根を寄せていると、リリアンはドレスのポケットから一冊の本を取り出した。
小さな本だ。だが――あれは、まさか。
「っ!」
俺は駆け出し、リリアンが置いた本をテーブルから奪い取る。
「きゃあああ! 何をなさいますの?!」
本を持った俺に向かって、リリアンが悲鳴を上げる。
近くにいた者たちが一斉に俺を見る。違う衛兵が駆け寄ってきた。
「リリアン様! どうかなさいましたかっ!」
「この方が急に、わたくしを突き飛ばして……」
「アラン卿が?」
ざわつく周囲に、俺はやられた、と思った。
「俺は王子妃殿下が持ち込んだこの本を調べようとしただけだ!」
「本を? またどうしてですか?」
「……どうしてって……馬鹿が! 本に爆弾が仕掛けられているかもしれないんだ!」
爆弾の言葉にざわめきが大きくなる。リリアンはじわりと大きな瞳を潤ませて、うっと声を出した。
「……そんな本、知りません……わたくしはこちらの本を持ってきただけで……っ マーガレット様! マーガレット様もご覧になられましたよね?! 皆様も!」
リリアンの言葉に動揺が広がっていく。周囲の目が俺への警戒になっていく。
――はめられたのか。
リリアンを見ると、他の者が俺に注目をしていることをよいことに口元がニタリと笑っていた。
『わたくしを無視した罰よ。ざ・ま・あ・み・ろ』
リリアンの口がそう動き、かっと脳天に血が集まる。
「地獄へ落ちろ! 毒婦ッ!!」
リリアンに詰め寄る前に、他の衛兵に肩を摑まれる。
「アラン卿!! 落ち着かれよ!」
「放せ! この女は妹に対しても、俺のようにはめたんだ! この本が証拠だ! 調べてくれ!」
そう叫んだが、俺は取り押さえられた。
俺は王宮の拘置所に入れられた。全ての荷物は没収され、手錠がはめられる。
だが、拘置所ということは、沙汰はまだ下っていない。
裁判は、あるはずだ。
そう信じたかったが、鉄格子越しに現れたモールドールの姿に俺は絶句した。
「おやおや。実に無様な姿ですね。ふふふっ、ひゃはははっ!」
「……なぜ、貴様がここにいる……」
「ふふっ。あなたの処遇を言いに来たのですよ。シャルル殿下は言えないというので」
「……殿下が……?」
「あなたは公開斬首刑になりました」
言葉が出なかった。
モールドールは満足そうに笑う。
「妹の国外追放を恨んで、リリアン王子妃殿下への暴行。爆弾を持ち込んだ殺人未遂。これは王家への反逆です」
「爆弾を持ち込んだのは、リリアンの方だッ!」
「おやおや。王子妃殿下にそのような口を聞いてはいけませんよ。いけませんね」
「……お前が裏で糸を引いているんだろう」
「さてはて? なんの話ですか?」
「じゃないと、ここに来る理由がない!」
モールドールは一瞬だけ、真顔になった。
ふんと鼻を鳴らす。
「どちらにせよ。あなたの刑は確定です。処刑人が来るまで、短い余生を過ごすことですな。ああ、あなたの処刑の日は、特等席を予約しますよ。極上のワインを呑みながら、あなたの首が落ちる瞬間を楽しみにしていますよ」
「モールドール、貴様ッ!」
鉄格子の隙間から奴に手を伸ばす。しかし、届かない。
――悪夢だ。
こんな陳腐な手にひっかかるなんて、情けない。
「くそっ……俺は、まだ死ねないんだっ」
悔しさを吐き出しても、冷たい拘置所の中に、声が響くだけだった。
3日が経った。
食事は固いパンのみ。
どこからか入ってきたネズミにパンを少しちぎって与える。
元気よく動きだしたネズミを見て、俺もパンを口にした。
さらに一週間が経った。
処刑ならそろそろミュール氏が来てもいい頃なのに、彼の姿はない。
それどころか相棒のネズミがパンを食べた後、悲鳴をあげて、動かなくなった。
それに昏い笑みがでる。
「……毒に変えたか……」
嘆息して、壁に背をあずける。
まだ耐えられるが、いつまでも続くと、さすがにしんどい。
恵みの雨でも降らないかと高い位置にある小窓を見る。
眩しいほどの太陽の光が注がれていた。
「まいったな……お茶会の菓子でも、盗んでおけばよかった……」
意識がもうろうとしてきた。
「……オネット」
慰めのように彼女の微笑みを思い出す。
が、泣いている顔しか瞼の裏に描けない。
はにかむ、あの笑顔が今は遠い。
俺は、好きな人を泣かせてばかりいるな。
それでは、あんまりにも。
情けないじゃないか――
「……約束したんだ」
ミュール氏に斬首される運命も、毒殺される運命も、くそ食らえだ。
ふらつく体を起こして、鉄格子に掴む。
――ガチャン、……ガチャン! ガチャン! ガチャン! ガチャン、ガチャン、ガチャンッ!
無言で鉄を揺らしていると、獄吏がすっ飛んできた。
「なんだ! うるせぇぞッ!」
スキンヘッドの獄吏が鉄格子を殴る。
鉄格子に付いた腕を握りしめ、格子の隙間に引きずり込む。
「なっ……! なんだあ! いでっ!」
「……このまま腕をへし折られたくなかったら、腰に下げている鍵をよこせ」
「いだだだだっ! てめぇ! このっ!……うぉっ!」
「さっさとしろ!」
「いででででっ! わかった! わかったあ!」
獄吏は鍵の束を渡してくる。
俺は片手で引ったくり、獄吏の腕を離す。
つんのめって倒れている隙に、鍵を開ける。
体を起こした獄吏を殴って気絶させ、走り出す。
角を曲がった所で、視界に白いものが見えた。
「くっ……!」
鋭い剣のように繰り出された拳をギリギリで避ける。
ふらついて、一歩下がった所で、相手の姿をとらえた。
鮮やかな真紅の制服に真っ白な髪。
そして、柘榴石のような瞳は丸くなっていた。
「デュラン……?」
呟くように言うと、デュランはニヤリと口の端を持ち上げた。
「アラン、元気そうだね」
朝食はサンドイッチにしましょうか?と言っているような軽い調子で、デュランは言った。
閣下の到着は、本編でいうと、18話にある保安隊の到着→ブリュノへの激怒の間になります。
長い劣勢展開をお読みくださって、ありがとうございました。ハートがむちゃくちゃ嬉しかったです(*‘ω‘ *)
反撃ターン、始まります。