12 手紙の宛先は帝国へ
キリル氏に依頼をして、ミュール氏の子息が学校に通えないか父に手紙を出した。
閲覧されることを危惧して、ダミアンに直接、届けてもらう。
父からの返事は短かった。
『話は分かった。入学できるように取り計らおう。無理はするなよ』
父からの返答をミュール氏に伝えると、とても感謝された。
近々、ポンサール領からミュール氏の邸宅へ使者が来るだろう。
約束を守る中、俺はさらなる証拠を集めていった。
手渡された軟膏はリリアンに返すことにした。
場外警備をした時、彼女は恋人を見つめるような眼差しで、またしても俺に駆け寄ってきたのだ。
俺は冷笑し、胸ポケットから木製のケースを取り出す。
「俺の胸ポケットに、間違えて入っていましたよ」
穏やかな声で告げると、リリアンはひくりと口の端を引きつらせた。
「……それは、あなたに贈ったものよ」
「それはいけません。王子妃となられた方からの贈り物など」
俺は薄っすらと口元に笑みを浮かべて答える。
「恐ろしくて、使えません」
「っ! ……わたくしの贈り物を突き返すというの……?」
「とんでもない。王子妃殿下が結婚する前に、殿下以外に私的な贈り物をされていたとあっては、よからぬ噂を招くでしょう。……王子妃殿下は一人の男では満足できない方であると」
「あなた! わたくしが股のゆるい女だとでも言いたいの!」
「滅相もございません。俺は王子妃殿下の立場を思って、言ったまでです」
微笑をして敬礼する。
「それでは、失礼させていただきます」
「ちょっと!」
リリアンは子どもっぽく憤慨していたが、俺には関係のないことだ。
彼女の機嫌取りなど、するつもりはない。
そうした日々を過ごす中、審問の日に投げ捨てられたメッセージカードを書いた人を探した。
筆跡から見て、妹ではないと分かる。
ダミアンに捜索を依頼している中、マーガレット王太子妃の懐妊が宮廷を駆け巡った。
「シャルル王太子殿下、万歳! マーガレット王太子妃殿下、万歳!」
男子直系を重んじるこの国では、王太子妃の懐妊は吉報だ。
国中が御祝いムードであふれ、国花が宮廷と町に飾られていく。
紫色のアイリスだった。
妹が手紙に使う紙には、紫色の花弁があしらわれていたな。
『にいさま。わたし、この紙が好きです。王子妃になっても、ずっとずっと、この紙を使い続けたいのです』
はにかみながら、妹はひたむきに国を思っていた。
――その思いは、この国に踏みにじられた。
「……にいさまは、昔ほど国を思えなくなったよ」
マーガレット様の懐妊。
昔だったら、自分のことのように喜んでいたはずだ。
でも、今は。
どこか他人事のように感じていた。
***
「アラン様。キリル様から軟膏の成分解析が出てきました」
「ありがとう、ダミアン」
時が経ち、キリル氏からの手紙が届いた。結果に眉を寄せる。
「……麻薬か」
「中毒性は高そうですね」
「リリアンが誰に使ったのかはわからないが、俺にも渡してきたんだ。ブリュノ殿下には使っているな」
ダミアンが神妙な顔をする。
「ただ、あの方がその事実を認めるかは別問題だ」
「そうでしょうね……」
シャルル王太子殿下に訴えても、もみ消されるだけだな。
俺は場外警備となって、仕入れた情報を整理していく。
「リリアンの実家。クローデル男爵家自体も怪しいな。戸籍担当の者と雑談したんだが、目が泳いでいた」
「……それは、つまり」
「サイユ王国出身ではないということだろう。研究アカデミーを通じて男爵は来たが、そのアカデミー自体も怪しいな。モールドールが牛耳っていそうだ」
「ぼっちゃん、いつの間にそのような情報を」
ダミアンに言われて、肩をすくめる。
「場外警備は人の出入りが激しいだろ」
「はあ」
「モールドールの愛人に声をかけられた」
「――は?」
ぽかんとするダミアンに、くすりと笑う。
「どうも俺の顔は婦人に好まれるみたいだ。一杯、やらないかと誘われたよ」
「……それで、誘われるがままに話をしたと」
「神妙な顔をするな。酒を飲ませただけだ」
「ほんとうですか?」
「……疑うな。オネット以外には、欲情しない」
むっとして言うと、ダミアンが意味深な顔をして笑った。
――しまった。
「……今の話は、聞かなかったことにしてくれっ」
「ほうほう」
「ダミアン……っ」
「わかりました。オネットには内緒にいたします。まぁ、バレバレでしたけどね」
「っ……バレバレって……そんなに俺はわかりやすいか……?」
「バレバレです」
「……バレバレか……」
思わず嘆息すると、ダミアンがくすくす笑う。
俺は気を取り直して、彼に伝える。
「アカデミーは実質、モールドールが支配している。やつが私欲のためにクローデル男爵を引き込んだ可能性は高い」
「なるほど」
「後は、あの爆弾だな」
「本に隠したものですね」
「ああ。出所が分からない」
「それに関しては、帝国で興味深い記事を見つけました」
ダミアンが出したのは、3年前に起きた帝都爆破事件の記事だ。
「詳細は省かれていますが、本型の爆弾が使われていたようです」
「本……じゃあ、クローデル男爵は帝国出身か?」
急いで男爵が来た時期を調べる。
「……爆破事件後に、王宮入りしているな……」
「そうでございますね。帝都爆破事件に詳しい方に調査依頼を出してみたらいかがでしょう」
「――デュランに、か」
「はい」
ダミアンは即答した。
俺は大きく息を吐きだす。
「……あのメッセージカードを書いた人物は分かりそうか」
「クローデル家の使用人リストをあらっていますが、どうも雇用形態が杜撰だったようで、全員の足取りまでは……」
「いや、ありがとう。ダミアンの優秀さに助かっているよ」
「恐れ入ります」
俺は証拠を集めて、チェストにしまった。二重底になっているものだ。
「ダミアン。手紙を一通、届けてくれないか?」
「はい。どちらまで」
「ルベル帝国まで」
そう言った時、ダミアンは顔を引き締めた。
「……宛先は、ご友人の方へ、ですね」