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【書籍2巻発売中】あなたのしたことは結婚詐欺ですよ(WEB版)  作者: りすこ
外伝 王の処刑人 アラン・フォン・ポンサール
39/61

9 証拠を落としていったか

 王宮には隠し通路がいくつかある。

 万が一、敵国に攻められてきたことを考え、用意されたものだ。

 王族と、王族に近い者しか知らない秘密の通路だ。


 時間通りに行くと、身を隠すように長いローブを着たシャルル王太子殿下がいた。

 手にはランタンを持っている。

 目を凝らしてみると、前に見た時より、痩せていた。

 元々、白い肌は青く、血の気が失せている。

 シャルル王太子殿下は俺を見ると、苦し気に眉を寄せた後、ぎこちなく笑った。

 俺は敬礼をする。


「お時間を作ってくださって、ありがとうございます」


 淡々と言うと、シャルル王太子殿下は泣きそうな顔をする。


「いや……君とは、話をしなければと思っていた……」

「何を、話しますか?」


 ひゅっと息を呑む音が、狭い隠し通路に響く。


「……アラン。……ブリュノとリリアンを結婚させることにした……」

「そうですか」


 どうでもいいことだ。


「……セリア嬢のことは調査中だ……ポンサール公爵も、君も、いづれ……っ」


 そこでシャルル王太子殿下は言葉を切った。それ以上、言えることがなさそうだ。


「殿下はポンサール家を見捨てるのですか?」

「ち、違う! 僕は!」


 隠し通路に殿下の悲痛な声が響く。

 だが、それだけだ。

 殿下はそれ以上、何も言おうとしない。


「ブリュノ殿下を見張れなかったのは、俺の落ち度でもあります。殿下の手を煩わせました。誠に申し訳ありません」


 深く頭を下げる。顔をあげると、シャルル王太子殿下は、どこかほっとした表情を見せていた。

 それを見て、心が氷のように冷えた。


 殿下は弟のしたことを、なかったことにしたいのだろう。

 もしかしたら、陛下も同じ考えなのかもしれない。


 ――そんなこと、赦せるか。


 妹はいわれなき断罪を受けたのだ。


「……アラン……おまえのことは優遇するよ。僕付きの近衛に戻してもいいんだ」

「いえ、今のままでいいです。その方が、ポンサール家は処罰を受けたと周りに見られるでしょうから」


 シャルル王太子殿下は、息をつまらせ、大きく息を吐いた。


「……おまえがそういうなら」

「あと、マルクは……殿下付きから外されたのですね」

「っ……」


 シャルル王太子殿下の目が泳ぐ。


「……おまえの上司にしたほうが、おまえの立場も良くなるだろうと思って……」

「俺のためですか……殿下は、自身の身を一番に考えた方がいいですよ。あなたは尤も高貴な立場なのですから」


 俺は敬礼をする。

 シャルル王太子殿下は何か言いたそうな顔をする。

 幼なじみとしての情が、俺に対してあるのかもしれない。


 それならば、俺の妹を、父を守ってほしかった――

 父がアンリ陛下に期待したように、俺はシャルル王太子殿下に期待していたのだ。


 シャルル王太子殿下は、もう頼れないだろう。

 それが分かっただけで、俺には充分だった。

 今は。



 ***



 今日の警備は中庭だった。


 宮廷の中庭には放飼場があり、様々な種類の動物が飼育されている。

 隣接しているのは王立アカデミーの研究所だ。

 科学・天文学・地理学・植物学。医学と、様々な研究員がおり、実績を認められ、爵位を賜れる。

 ただし、一代限りのものだ。準男爵が撤廃され、男爵のみになってしまったためである。


 中庭を眺めていると、料理を抱えた給仕が研究棟へ走っていく。

 植物の研究室へ足を運べば、ピンクブラウンの髪を揺らしながら、リリアンが近づいてきた。

 頬をバラ色に染めて、まるで再会を心から喜んでいるような顔をされ、顔がひきつりそうになった。


「あなた……アラン卿ですね」

「ご機嫌、うるわしく」

「ふふっ、そんな固くなさらないで。わたくしね。あなたが復帰できるようにブリュノ殿下にお願いしたのよ」


 ――どういうことだ。


「……それは初耳です」

「まぁ、そうなの? 嫌だわ。ブリュノ様ったら、嫉妬なさったのかしら? ふふふっ」


 ころころと笑うリリアンに笑顔を貼り付ける。


「あなたがボロボロにされている姿、とても可哀想だったわ。あそこまでしなくても良かったのに。ねえ、そう思いませんこと?」


 リリアンが俺の服に触れようとする。俺はとっさに体を引いた。


「警備兵に触れてはいけませんよ」

「まぁ、そう? ――なら、跪きなさい」


 強い口調で言われ、リリアンのストロベリーブロンドの瞳の色が濃くなっていく。

 愛想のよい笑みは口から失われ、にたりと釣りあがっていく。

 本性を見せてきたか。


「わたくしね。ブリュノ殿下との婚約が認められたの。ドレスは既製品になっちゃったけど、もうすぐ王子妃になるのよ?」


 リリアンは楽し気に、ころころ笑う。


「だからね。跪いて。わたくしに頭を下げなさい。アラン・フォン・ポンサール」


 腹の中にドロッとした感情が渦巻いていく。



『理不尽は嫌いだよ。犯罪者なら、逮捕するまでだ』



 デュランの言葉を思い出し、怒りで震えそうな体を落ち着かせる。

 ――今は、まだ。目の前の女を犯罪人にできない。証拠を掴んでいない。


 俺は、リリアンが自作自演で爆弾を仕掛けたと思っていた。

 リリアンは宮廷慣れをしていない市民と変わらない者だ。

 市民が爆弾を仕掛けられる宮廷に居たいものだろうか?

 普通は恐れを抱いて、王子妃になることを嫌がりそうだ。


 だが、リリアンは心から王子妃になることを喜んでいる。

 この者は、妹の立場を狙った可能性がある――


 俺は彼女の前で跪いた。

 リリアンの目が嬉々と開いていく。


「そのまま、頭を下げなさい。わたくしに向かってよ!」

「お断り致します」

「なっ……」


 鋭い眼差しで、リリアンを見上げる。


「俺の忠誠は陛下、及び、王族の方々のみです」

「わたくしは王族になるのよ!」

「まだ、王族ではありませんよ」


 リリアンは苛立ったのか、俺の顎を手でしゃくる。


「……婚約者になら同列でしょう? わたくしの言うことを聞くなら、ブリュノ殿下付きの近衛にしてあげてもいいのよ?」


 少しも魅力を感じない提案だ。

 ふっと口の端を持ち上げる。


「訂正します。俺の忠誠は、誠実な、王族のみです」

「っ……ブリュノ殿下は誠実ではないとでも言いたいの! 不敬よ!」

「どちらが、ですか」


 俺はすっと身を引き、立ち上がる。リリアンの手から逃れ、見下ろした。


「俺はポンサール公爵家の次期当主です。あなたはまだ、一代限りの男爵令嬢に過ぎない」


 リリアンはぎりっと爪を噛んだ。歯を立てて、爪を噛むと、ふっと表情が変わっていく。

 最初に見せたみたいにしおらしい笑顔になる。不気味だ。


「……そうですわね。わたくしが礼を欠いていたわ。ごめんなさい……」


 瞳を潤ませ、祈るように前で両手を組む。

 俺が眉根をひそめると、俺に向かって一歩、近づく。


「あっ……」


 不意にリリアンは足をつまずかせ、とっさに手が出た。――しまった。

 彼女を支えると、感激したような顔をされる。


「……お優しいんですね」


 すっと顔を近づけられ、顎を引くと胸ポケットに何かを入れられた。


「ふふっ……お礼ですわ。お父様が作ってくれたハンドクリームですのよ」


 そう言って、リリアンは俺から距離を取ると、スカートの端を指でつまみ、左足をひくと駆け出してしまった。


 放心して背中を見送る。胸ポケットに入れたものを取り出す。木製の丸い容器だ。


「……ハンドクリーム……か」


 蓋を開けて、匂いを嗅いでみる。覚えがある香りだった。


 ――証拠をわざわざ置いていったか。


 俺はうっそりと微笑み、胸ポケットに容器をしまった。


 そう。彼女の悪行の証拠を掴むために、俺は場外警備兵になったのだから。


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― 新着の感想 ―
[一言] リリアン嬢、それは狙う相手が悪すぎる!(笑) とりあえずオネットは実家に帰して正解でしたね。アランとの仲を察知したリリアン嬢になんかされそう(笑)
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