8 俺も嫌いだ!
父が領地に来た。
父から聞かされたのは、父の政界からの引退、そして俺の宮廷への復帰だ。
言葉にならなかった。
俺だけが、責任を追及されていないみたいで、納得ができない。
言葉を詰まらせていると、父は白髪頭を撫で俺に言った。
「家族の発言は証言として認められぬ……お前もわかっているだろう……」
その通りだった。
家族がいくら証言しても、証拠にはならない。
身内をかばっているとしか思われないのだ。
それがどんなに真実でも。
「追放者の烙印を押された以上、あの子はこの国はいない方がいい……いいのだ!」
父は嘆きながら、声を荒げていた。
俺にとって父は大きく、常に道を示してくれる人だった。
そんな父が、今は小さく見える。
悪夢が、まだ続いているようで、脳みそがぐらぐらする。
何を間違えたのか。
王太子殿下さえいれば。
――いや、殿下に任されても俺は何もできなかった。
目覚めた妹は泣いていた。天使のような笑顔は消えていて、たまらず抱きしめる。
「守れなくて……ごめん……」
贖罪の言葉を吐きだす。
妹は首を横に振って赦してくれた。
俺を責めたりしない。
優しいんだ、妹は。
嵐の中、妹を抱え、馬に跨り港へ行く。
帝国にはデュランがいる。
デュランなら、妹を助けてくれるかもしれない。
帝国なら、妹を認めてくれるかもしれない。
逃亡先の選択肢などない。ただそれが最良と信じて、港へ。
妹を帝国へ行かせる為の船を探しているが、こんな嵐の中を出航するなんて何事だと誰もが戸惑っていた。
だが、詳しい話はできない。
「お坊ちゃま。俺がお嬢様を帝国に連れて行きます」
浅黒い肌の男たちが船を出すと言ってくれた。船長はオリバーと名乗った。
「船はちいせえですが、必ずお嬢様を帝国まで送り届けます」
そう言ってくれたのは、澄んだ目をした船員たちだ。
俺は彼らを信じることにした。
出航の準備をする中、不安そうな妹に声をかける。
「リアは……帝国で生きていくんだよ……」
「にいさま……」
何か言いたげな顔をされて、目を閉じた。
こんな形で別れるなど、俺だって嫌だ。
だが、俺が未練を残したら、妹は振り返ってしまう。
もういいんだ。
リアは自由になれ――
「船を出してくれ!」
「にいさまっ!」
名前を呼ばれても、俺は目を閉じたままだった。
船が出航する。そこでやっと、固く閉じていた目を開いた。
――頼むから、帝国まで行ってくれ!
祈るような気持ちで船を見送る。
「……アラン様、ここでは雨に濡れます。どうか家の中へ」
見かねた町長が声をかけてくれたが、断った。
「船が見えなくなるまで、ここにいたい」
「わかりました……」
風が強く吹いていた。
雷は空を走っていて、不気味な唸り声をあげている。
針のような雨が体を刺して、体から温度がなくなっていく。
小さな船は、波にのまれても力強く進んでいく。
その光景を見ていたら、母の優しい声を思い出した。
『アラン。お父様とセリアを守ってね』
その言葉に胸が締め付けられそうだ。
俺は、ふたりを守れなかった。
苦痛に心臓が痛ませながら、将軍の言葉を思い出す。
『――アラン……俺みたいになるなよ』
そして、デュランの言葉も。
『――理不尽は嫌いだよ』
感覚のなくなった手をぐっと握りしめた。
「……っ、俺も……俺も、理不尽は嫌いだッ!!」
そう叫んだ時、地平線の彼方へ、船が消えた。
***
数日経って、違う船でオリバー達は戻ってきた。
妹を送ったという報告を船に乗せて。
それにほっとし、俺は宮廷へ向かうために準備をした。
オネットは実家に戻ってもらった。
泣いて嫌がられたけど「迎えに行くから、待っていてほしい」と、ありふれた言葉で、彼女の心を縛った。
父もオネットに頭を下げた。
「預かっているお嬢さんに、もしものことがあれば、ヴァランタン将軍に言い訳できぬ。耐えてくれ」
オネットは口惜しそうに下唇を噛んでいた。
「わかりました……でも、ずっと待っています。何年でも……」
魔物だらけの宮廷に、彼女をこれ以上、置いておけない。ここから先は、俺だけの戦いにしたい。
俺はクロードの代わりに父の従者だったダミアンを伴い、再び宮廷に足を踏み入れた。
復帰したが、近衛の階級は下げてもらい、新人衛兵がする場外警備兵にしてほしいと自ら志願した。
部屋で支度をして、東棟にある場外警備兵の詰所へ行く。
俺を待っていたのは、上官になったマルクだ。
俺は足を揃えて、右手を額に付けて、マルクに敬礼をする。
マルクは顔をしかめながらも左足を一歩、引いた。
「今日から復帰か……」
「はい。ご指導、宜しくお願いします」
礼を持って挨拶をすると、マルクは他の衛兵に指示をだして部屋から出した。
二人だけになると、俺から目をそらし、そばに置いてあったテーブルをおもいっきり叩いた。
ガンッ――と、木を叩く音が部屋に響く。
「あなたが俺の部下になると、王太子殿下から聞きました」
「……そうか」
マルクはかっと目を開き、叫ぶように言う。
「俺は! あなたの部下でありたかった! それなのに帰国したら、あなたもセリア嬢もいなくて……俺は……何も聞かされていなくて……っ 急に場外警備兵のトップにされて……っ」
「……そうか」
「教えてください。何があって、こんな事が……」
「マルク」
俺は詰所の壁にかかっている軍師の絵画に目を向ける。
つかつかと近づき、目隠しをするように絵画に手を置く。
「東棟の絵には幽霊がでるらしい。幽霊が聞いているかもしれない」
マルクは目を泳がせ、足音を立てずに絵画に近づき、壁に耳を当てた。
「……幽霊には足が付いているんですか? 足音が聞こえます」
小声で尋ねられ、俺は微笑する。
「そうだな。ずいぶん、すばしっこい幽霊だろう」
「アラン閣下……」
「やめてくれ。閣下はマルクだろ?」
マルクが口を真一文字に引き結ぶ。
「……俺にできることはありませんか?」
「王太子殿下に会えるなら話がしたいと伝えてほしい。……一兵では、言葉を交わすこともできない」
「……わかりました。必ず」
「そんなに肩に力を入れるな。警備に行ってくる」
俺は軽く笑うと、帽子を被り、割り当てられた場外警備の任務にあたった。
宮殿の前庭は広く市民に開放されている。
王族の権威を市民に見せるため、一般公開されていた。
その分、盗人が多いのだが。
警備兵も市民に愛想を振りまくばかりで、目を光らせることはしない。
これではダメだ。
その日俺は、盗人を2組、捕らえた。
マルクも場外警備の甘さを嘆いていた。
「やる気がなさすぎます! なんなんですか、ここは!」
「落ち着いてください、閣下」
「……すみません」
「一日、二日で何とかできる問題でもないな。閣下の指導次第でしょう」
「あああ……俺は、指導者に向いていませんよ……」
嘆息するマルクの肩をポンっと叩いた。
警備兵となって数日後。マルクがメモを俺に渡してきた。
メモには暗号のようなものが書かれていた。
「……渡すように言われたのですが……」
マルクが不安げに言う。
声をひそめて言ってきたのを考えると、相手はシャルル王太子殿下だろう。筆跡も殿下のものだ。
マルクは読めなくて、不安になったのかもしれない。
「ありがとうございます」
暗号文はすぐに読めた。
俺はマルクに敬礼をして、暗号に書かれた場所に足を運んだ。