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【書籍2巻発売中】あなたのしたことは結婚詐欺ですよ(WEB版)  作者: りすこ
外伝 王の処刑人 アラン・フォン・ポンサール
36/61

6 情けない、父親じゃないか

「ベルナール・フォン・ポンサール卿。議会に出頭命令が出ています。ご同行、願います」

「今日は会議の予定はなかったはずだが、何の用だ」

「ご子息とご令嬢に不敬罪に問われています」


 不意に現れた衛兵の言葉に「馬鹿な……」と、声が出た。


「アランとセリアが不敬罪だと……? 何かの間違いだろう」

「言い訳は議会で行ってください。私は命令を受けただけですので」


 冷たい声音が事態の深刻さを物語っているようだ。私はすぐに従者に小声でアランとセリアの様子を見に行かせ、領地に帰るように指示を出した。

 私は支度をして衛兵に連れられ、会議室に向かう。

 自然と足早になり、怒りで脳天が熱くなる。


 出向いた会議室にはブリュノ殿下とモールドール伯と、その取り巻きたちが顔を合わせていた。私は右手を心臓のあたりに添え、礼をする。


「ベルナール・フォン・ポンサール。参りました」


 立ったままでいる私に対して口火を切ったのは、モールドールだ。彼はアランに杖を折られ、恥をかかされたと憤慨していた。


 よくよく説明をきけば、セリアはすでに追放者の烙印を押されたらしい。


 烙印の使用は、法務大臣の許可がいる。

 カツラを被った法務大臣はしきりにハンカチで汗をふきながら、モールドールの顔色を伺っていた。


 ――モールドールの狗め。私の娘をよくもっ。


「子の責任は親の責任ですね。ポンサール公、この事態をどうするおつもりか!」


 ブリュノ殿下の後ろ盾を得て、われに正義ありと言いたげなモールドールの態度に怒りを通り越して、心が凍っていく。


「陛下は何とおっしゃっている……」

「父上は関係ない! 今は俺が責任者だ」


 ブリュノ殿下が幼稚なセリフを吐く。


「殿下はいつから王笏を持たれたのか。あなたは王ではあられませんぞ」

「ぐっ……」

「ポンサール公! 殿下に対して無礼ですぞ!」


 いきり立つモールドールに腹の底から声を出す。


「わが忠誠は王笏を持つ陛下にあり! 貴殿らではない!」

「なっ……」


 絶句したモールドールがひくりと口の端を引きつらせる。


「……いけませんね。いけませんよ……これは王族に対する不敬罪になりますぞ」


 モールドールがひひひっと笑いながら、法務大臣にささやく。


「ポンサール公は殿下のご意思に反しています。ここれは、不敬罪が適応されるのでは?」

「は、はぁ……そうですね……まあ、そう、言えるような言えないような……」


 汗をふきながら、法務大臣が答える。モールドールは答えに満足して、ニタリと笑った。


「では、ポンサール公を公開斬首刑にできますね」


 モールドールの一言に、他の議員がざわつく。モールドールは余裕の笑みをたたえ、歌うように言った。


「貴族が民衆の前で、微動だにせずに首を落とされれば、その家族の罪はなくなります。斬首刑は、貴族のみに与えられた名誉の死。セリア嬢とアラン卿への恩赦ともなるでしょう」


 モールドールがニタリと笑う。


「ポンサール公は実に家族思いのお方。家族を守るために、自ら首を差し出しますよねえ?」


 なるほど。モールドールは私が邪魔なのか。

 この機に乗じて、私を徹底的に排斥し、財務大臣の座に返り咲きたいのであろう。


 だが、今のまま私が逝けば、ヴァルハラにいる妻に言い訳ができぬ。


 死地にゆくなら、貴様らも道連れだ。


「陛下が首を出せというなら、そうしましょう。ですが、その時はここにいる方々の会計報告書も市民へ公開いたします」


 私はいつも持ち歩いている分厚い帳簿の中から、目の前にいる全員分の会計報告書を出した。


「陛下は年に2度、会計報告書を提出せよと法を見直された。なのに、貴殿らは今年の会計も出しておらん。モールドール伯は二年も会計報告を怠っている。どういうことだ?」


 モールドールがごくっと生唾を飲み干した。


「はて、そうでしたか……?」

「とぼけるでない。貴殿らこそ、陛下が定めた法に背いておるではないか。陛下の意思に背く行為!」


 私は声を張り上げる。

 帳簿は、人の正しさを見抜く。不正をする者は帳簿を出さない。改ざんする。


 だから帳簿は、嘘を赦さない。


 不正を認めるな。

 権力に溺れず、正しいことができる人になりなさい。

 私が子どもたちに教えてきたことだ。


 子どもたちは素直に誠実に、今まで国に尽くしてくれた。

 自慢の子どもたちだ。


 その全てを蔑ろにされ、みすみす処刑されるほど、私は寛容ではない。


「私が首を刎ねられることがあれば、貴殿らの会計帳簿を市民へ全公開する!」

「なっ……そんなことができるわけがっ……」

「ほぉ……貴殿は帳簿の番人を侮っているな」

「……なにがだ」

「ここにある帳簿はオリジナルではない。本物の帳簿はポンサール一族が厳重に管理している」


 私はモールドールに酷薄な目で見下ろした。


「貴殿の帳簿が公開されればどうなるか」

「……無学な平民には、意味が分からないであろう……」

「本当にそうかな」

「……っ」

「市民は無学ではない。貴殿らの年収に驚くであろう。天と地ほどの差があるからな。そして、報告義務を怠り、自分のみが金を溜め込んでいたと知れば憤るであろう。暴動が起こるだろうな」

「そ、そんな馬鹿なことが起こるわけ」

「貴殿らは市民を侮りすぎだ。ルベル帝国でも、労働者への低賃金で市民の暴動が起こっている。なぜ、わが国で起こらないと言い切れる」

「ぐっ……」

「アランとセリアに恩赦を出せ。ふたりに対して、これ以上、何もするな!」


 モールドールに近づき、そばにあった円卓を拳で殴る。


「それとも今ここで、処刑人を呼び、私の首を落とすか?」

「ひっ……」

「そしたら、貴様も終わりだ」

「あ、あのっ! 公爵閣下は更迭が妥当でしょう!」


 法務大臣が声を出した。


「セリア・フォン・ポンサールの処罰は終わりました! 宮廷に爆弾が持ち込まれたことは大変遺憾なことです。公爵には責任をとって、退陣していただきましょう」

「……そうですね……それがいいかと。では、ポンサール公の更迭に賛成の方は挙手をお願います」


 モールドールが声をだすと、ブリュノ殿下をはじめ、全員が手をあげた。

 その光景は、フィリップ陛下の時と一緒。

 モールドールの派閥にやぶれた時と。


 今度は子どもたちまで巻き込んでしまった。

 情けなくて、声が出ない。


「ポンサールは更迭で決定だ」


 ブリュノ殿下が言うと、タイミングを計ったかのように部屋がノックされる。


「あの……お茶をお持ちしましたわ」


 最近、ブリュノ殿下が連れ回しているクローデル男爵令嬢だった。

 彼女は場の空気を読まずに、銀のワゴンに茶器をのせて、にこにことしていた。


「リリアン……」

「不敬を承知で申し上げますわ。ブリュノ様も皆様もたいそうお疲れのご様子。父が陛下に煎じている心が落ち着くお茶をお持ちしました」


 ほほ笑んだクローデル男爵令嬢に、他の議員が目を丸くする。


「ブリュノ様。お気に入りのハーブティーでございますのよ。さぁ、どうぞ」


 殿下の前にティーセットを差し出すクローデル男爵。

 殿下はしばらく茶器を見つめた後、ティーカップに指をかけ、茶を口に含んだ。

 苛立っていた殿下の顔が、わずかに緩む。


「うまい茶だ。みなも飲め」

「え?……は、はい」


 殿下の声につられて、議員たちが茶を飲みだす。私は動かず様子を見守った。やがてリラックスした議員の前で、クローデル男爵はころころと笑う。


「失礼ながらお話を聞いてしまいました。……アラン卿は衛兵によって充分、罰を受けました。これ以上の罰はすぎたことだと思いますわ」


 鈴を転がすような声に、ブリュノ殿下が耳を傾ける。


「おまえは、アランを罰するのはやめろというのか」

「はい。アラン卿は近衛に復帰すれば宜しいでしょう。それで公爵閣下の気が済むのでは?」


 にっこりとほほ笑みかけられ、私は眉根を寄せた。


「公爵閣下も、お茶をいかがです?」

「……私は遠慮いたします。お気持ちだけ」

「まあ、謙虚な方ですのね」


 クローデル男爵令嬢はあっさりと引き下がり、ころころと笑う。

 結局、私はモールドールと差し違えることもできず、子どもたちの名誉も守れなかった。……情けない。


 議会が解散され、私はすぐに領地に向かった。

 ひどい嵐の中を馬を飛ばさせる。


 そして納得できないアランをなだめ、セリアを国外へ旅立たせた。

 ひどい嵐の中だ。


 娘は、娘は――


 領地にある聖堂で祈りをささげる。


 どうか、娘が生き残れる道をお与えください。


 あの子には苦労ばかりをかけました。

 妻に似て、辛抱強く耐える子です。

 笑顔を忘れない子です。

 娘は何も悪くはないのです。

 何も、なにも……


 どうかこれからは、幸の多い人生を歩ませてあげてください。


 神よ。どうか、どうか――


 嵐が去り、晴天の青が見えるまで、私はその場を動かなかった。


 それぐらいしか、今の私にはできない。


 情けない。……父親じゃないか。



 さらに情けないことに、私に警察の監視が付くことになった。陛下の命令書を見せられ、絶望をしたものだ。


 国を立て直そうと話したアンリ陛下はフィリップ陛下と同じ道をたどろうとしている。

 ……こんな事なことを認めるために、私は国に仕えてきたのだろうか。


 監視が付いた晩、アランが私の部屋にきた。

 その表情は硬く、瞳には影があった。


「父上、俺は宮廷に行きます。……だから、オネットを実家に帰してあげてください」


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