4 選ばれた人間
『理不尽を強いるのが、王族だったらどうする?』
『もちろん、逮捕する。王族だって皇族だって、国に住む一人でしょ? 法に守られた国民。神ではない』
迷いのない紅い瞳を見て、言葉を失った。
デュランは肩をすくめて、なんてことはないように言う。
『ルベル皇帝ってのは王が失墜した時、国民投票で選出されるんだ。皇帝が犯罪者になったら、俺の出番だよ。逆もしかり』
『実の父親だろ? ……逮捕できるのか?』
『するよ。犯罪者ならね。血縁者だからといって、慈悲はかけない。それが保安隊だよ』
迷いのない目で言われ、言葉がでなかった。
堂々と言い切る彼の姿は、とても同じ年とは思えなかった。
だが、引き込まれるものはある。
俺はずいぶん視野が狭かったのかもしれない。
それでも、デュランみたいに割り切れるほど無情になれないが。
「デュランがいる国に行ったら、セリアも認められそうだな……」
サイユ王国より100年先を行くというルベル帝国。
そこに行けば、妹の能力は今よりずっと評価されそうだ。
「……はっ、なにを夢見ているんだ」
気弱になりかけた心を奮い立たせ、立ち上がった。
部屋に鎮座する彫刻をどかして、元の位置に戻し、裏にある隠し通路から部屋を後にする。
広大な緑の中庭に出ると、母屋とは別の使用人が住む棟に足を運んだ。与えられた部屋に戻ってくると、オネットと従者のクロードと妹がいて、俺を見て顔を青ざめた。
「にいさまっ……」
「ぼっちゃまー! どうしたんですかー?!」
「アラン様、大丈夫ですか? すぐに冷やしましょう」
オネットはきびきびと動いてくれ、妹は申し訳なさそうに体を震わせている。
「リア、大丈夫だよ。大したケガじゃない」
「ですが……」
「大したケガに見えなくても、ケガはケガです」
オネットは冷えたタオルを俺の頬にあてる。痛みで顔をしかめても、ぐいぐい冷やしてくる。
「……オネット、自分でやるから」
「いけません。アラン様に任せておいたら、骨が折れても、そのままにして寝ていそうです」
妹までこくこくとうなずき、俺は苦笑いした。
「すぐに医師を呼んできます。セリア様、アラン様が逃亡しないか見張っててください」
「うん。ありがとう、オネット」
「とんでもありません」
オネットは素早く立ち上がり、部屋を出て行ってしまった。妹が悲し気に目を伏せ、俺のケガを冷やしてくれる。
「リア、ブリュノ殿下の様子がおかしい。今日のように何かされたら、すぐに言うんだよ」
「……でも、それではにいさまが……」
「にいさまはリアと鍛え方が違うから平気だよ」
そう諭しても、妹は沈んだ顔をする。
「シャルル殿下が帰ってこられたら俺が報告して、ブリュノ殿下を戒めてもらう。シャルル殿下がいない今は、俺に言うんだよ。それに父上も動いてくれるはずだ」
妹は弱々しくうなずいた。
オネットが医師を連れてきて、俺を診察する。
骨に異常は見られないと言われ、オネットはほっと息を吐いた。
「……よかったです」
「心配をかけたね」
そう言うと、オネットは首を横にふる。
「アラン様が無理をしないように見張るのも私の仕事ですから」
オネットがはにかむような笑顔を見せた。
愛らしくて、心がうずく。
でもすぐに、思いを心の奥底に沈めた。
妹が幸せな結婚ができそうにないのに、俺が幸せになるわけにはいかない。
だから、オネットへの想いは秘密だった。
***
その後もブリュノ殿下の態度は改められず、セリアにつらくあたっていた。
何度も話をしても、話にならない。
たまらず父上に報告したら、陛下に話す機会を設けると言ってくれた。
しかし父が陛下と会うことはかなわない。
陛下は面会禁止となり、妃殿下も陛下に付きっきりになってしまった。
重い空気を感じている時、ある人物が会計顧問として、王宮に復帰した。
父を閑職に追いやったモールドール伯だった。
杖をつきながら現れたモールドール伯は、父と俺を見て、満足そうに笑った。
「議員から、どうしてもと言われましてな。ポンサール公は、免税である特権階級の者から税をとろうとしているとのこと。いけませんな。実にいけませんね。われわれは選ばれた者なのですよ?」
父は忌々しげにモールドール伯に言った。
「……税収が落ちているのに、課税をして農民から巻き上げるよりは得策だ」
「はははっ。農民は税を納めることが義務なのです。人には身分にあった生き方をするのがいいのですよ」
「……税収が落ちたのは、小麦が不作だったからだ。これ以上、農民を苦しめてどうする」
「フン、知ったこと。無学な彼らの代わりに国の取り決めをしているのです。われわれはノブレス・オブリージュ。選ばれた人間」
「市民に選挙権を与えず、何を言うか! 無学なのは彼らが悪いわけではない。学ぶ機会を与えられないだけだ!」
「話になりませんね。学ぶ機会を得られないなど、馬鹿な。現に、識字率は上がっていますよ?」
「王都だけであろう。国の識字率は、調査すらされておらん」
父の意見は、のらりくらりとかわされ、議員たちもモールドール伯を支持しだした。父だけではなく、俺も嫌みを言われた。
「ブリュノ殿下はご子息の顔を見るのも虫唾が走るそうですよ。いけませんね。いけませんよ。殿下へ忠義を曲げるようなことをしては。不敬罪として、牢獄行きになってもおかしくはありません」
俺自身は何を言われても良かった。
彼らの理論は聞くに値しないからだ。
でも、父は不敬罪の一言を重く受け止めていたのだろう。
心労がたたったのか、以前よりかなり寂しくなった後頭部をさすりながら、父は俺に釘を刺した。
「……今、殿下には何も言うな」
「ですが、リアがあまりにも不憫です」
「今は耐えろ。王太子殿下が戻ってくるまでだ」
その言葉に奥歯をかむ。
「せめて、セリアとブリュノ殿下の接点を最小限にしてください」
「……わかった。だが、セリアに任せた教会への慰問は無くすことはできない。行く回数を減らそう」
妹とブリュノ殿下を離せば――
その時は、最良の方法だと思っていたのだ。
まさかそれを逆手に取られて、リリアンがブリュノ殿下に近づき、セリアを犯罪者にするなど、思いもしなかった。