まったく。微笑ましいですね END
「リアが俺の欲しいものを聞いてきたの?」
「そうですよ。閣下は何か欲しいものありませんか? 好きなものでもいいですけど」
閣下はごくごくコーヒーを飲みながら、じっと考えこむ。尻尾を激しく振っている白い犬みたいだ。
やがて考えがまとまったのか、閣下はコーヒーを飲みきると、ふっと口の端を持ち上げた。
「好きなものは、小さくて、柔らかくて、黄色くて、いつも一生懸命なもの」
「それ、アメリアさんじゃないですか?」
そう言うと、空になったマグカップがパキッと悲鳴を上げた。マグカップは閣下の左手の中で、ガクガクブルブル、震えている。
閣下はうっそりと笑って、オレを見た。
「なんで、リアが柔らかいって知っているの?」
「サイユ王国に行った時に、アメリアさんを抱きあげましたから」
マグカップがひび割れていく。やーめーてー!と絶叫が聞こえてきそうだ。
「へぇ……そうなんだ。その話、聞いてないけど」
「大使から聞きませんでしたか? 無礼な衛兵に絡まれたんで、アメリアさんを抱いて逃げたんです」
――バキンッ!!
閣下の左手によって、マグカップは粉砕された。
予想通りの展開だな。
「そうなんだ……リアを助けてくれたんだね。そして、リアの柔らかさを知ってしまったと……」
「まあ、そうですね」
閣下はふぅと息を吐き、しゃがんで粉砕したマグカップの破片を拾う。オレもしゃがんで、片付けを手伝った。
「ねえ、ペーターくん」
「なんですか?」
「さっき、ゴードン・オーブリー容疑者の目撃情報が入ったから、現地に行くんだけどさ。付いてきて」
そう言った閣下は、冷笑を口元に浮かべていた。白い犬が首輪を口にくわえて散歩しに行こうと言っているみたいだ。
「爵位を持ちながら、強盗殺人未遂を犯した奴ですね。いいですよ」
掃除を終えると、閣下と共に容疑者が近くにいる現場に行った。
閣下の首輪を外したら、オーブリーは見るのも無残な姿になった。
赤い目の白い犬は興奮していたから、首輪を付けて保安隊事務所に戻ってきた。
閣下はストレスが発散されたのか、ベロを出す犬のような笑顔になっていた。
「閣下、ペーターさん、容疑者確保お疲れ様でした」
アメリアさんが近づいてきて、敬礼をする。オレが敬礼を返している間に、すっと閣下がアメリアさんに近づく。そして、目にも止まらぬ速さで彼女を肩に担いだ。
「え? え? え?」
アメリアさんはひたすら困惑していた。
閣下は超笑顔だ。
「リア、俺が欲しいものを知りたいんだって? どうして?」
尾っぽをブンブン振りながら、閣下が尋ねる。アメリアさんは軽快に走っていた回し車から転がり落ちたハムスターのように「ドウイウコトナノ?」と言いたげだ。そして、わなわなと唇を震わせてオレを見る。
「ペーターさん……まさかしゃべっちゃったんですか……?」
「アメリアさんの頼み通り、聞いてみただけです」
サプライズの話は言っていない。
「ははっ。リアは可愛いことを考えてくれていたんだね。じゃあ、デートしに行こうか」
「え? あ、はい……え?」
「とりあえず俺たちの部屋に戻ろうね。着替えないと」
「え? えぇっっ! ちょ、ちょっと待ってください! 今、定時ですか?!」
「終業の時刻、ぴったりだよ。じゃ、行こう」
「そうですか……って、か、かかかっ! 閣下! はやっ……いー!」
閣下はご機嫌でアメリアさんを担いで去っていった。和むな。
オレはデスクワークを処理して、帰宅した。
翌日。
保安事務局に行くと、異様な空気を感じた。
保安隊のメンバーは閣下のデスクを見て
「お前がいけよ」
「いや、お前が行けって」
と何やらひそひそと話している。
どうしたのかと思って、閣下のデスクの上を見たら、黄色いビロード生地の長細い小箱が置いてあった。
閣下は仕事をしながら、しっぽをブンブンと振り回しているみたいでご機嫌だ。
アメリアさんの姿はない。昼からの出勤予定だった。
どうやらあの小箱を誰がつっこむかで、保安隊メンバーはもめているらしい。長い惚気が始まるからだろう。
オレは予想通りの展開になることを期待して、閣下のデスクに近づく。
「閣下、おはようございます。それ、どうしたんですか?」
淡々とした声で聞くと、閣下の紅い瞳が爛々と輝きだした。
「昨日、リアからもらったんだよ。ほら」
閣下はご機嫌で細長い箱を手に取って、かぱっと開く。中にあったのは小型のドライバーだ。
「義手の調整用のドライバーだよ」
「そうですか。アメリアさんらしい実用的な贈り物ですね」
「そうでしょ」
閣下はご機嫌でドライバーを眺めている。念のために尋ねた。
「それ、一本、持っていませんでしたっけ?」
「はははっ。何本、持っててもいいんだよ。せっかく、リアが唸りながら選んでくれたんだから」
プレゼントを選ぶアメリアさんは、毛づくろいを頻繁にするようなハムスターのようだったんだろうな。
必死なハムスターの様子を白い犬は大人しく眺めていたのだろう。和む。
「それは、よかったですね」
そう言うと、閣下がにやりと笑った。
「ペーターくんが笑った。最近、よく笑っているね」
そうだろうか。気づかなかった。
感情を表に出すことは訓練で抑制してきた。
これでもオレは、大陸一の巨大国家バルスコフ連邦の元スパイだったから。
閣下と留学していたアラン殿に捕まって、国籍と名前を変え、保安隊に入れられたのだ。
そうか。笑うか。予想外の展開だ。
オレもずいぶんと、人間くさくなったものだな。
だが、心地よい。
「閣下とアメリアさんを見ているからじゃないですか?」
そう言うと、閣下はワォン?と言いたげな顔をした。和む。
それから午後になってアメリアさんが出勤してきた。
アメリアさんはにっこにこの閣下のデスクを見て、ぎょっとしていた。
すぐにデスクに近づいて、閣下に話かける。
「閣下……それ、持ってきちゃったんですか……?」
閣下は笑顔になると、ドでかい声で言った。
「だって、リアがせっかく買ってくれたから!」
「えっっ」
わおーん!と叫ぶ犬の声にびっくりして、ハムスターがオロオロしている。
それを見たら、ぶっと声が出ていた。
腹が震えてしまい、笑いを噛み殺す。
久しぶりに爆笑した。
ひとしきり笑うと、二人を見て思わず目が細くなった。
「まったく。微笑ましいですね」
――後日談 END
たくさんの人に読んでもらえて嬉しいです!
ありがとうございましたーーー!!!