まったく。微笑ましいですね (前)
10/8 朝のランキングで日間総合1位になりました!応援、ありがとうございます! ペーター視点の後日談を更新していきます。全3話になります。楽しんでもらえることを願って。
それでは、どーーぞっ!
昼休みになる直前、保安隊事務局にて、その事件は起きた。
「ペーターさん、あのっ……今日、お昼を一緒に食べませんか?」
アメリアさんがオレのところまで来て、ランチのお誘いをしたのだ。彼女は困ったように背中を丸めていて、小声で話しかけてくる。
閣下ではなく、オレが誘われたことに驚く。
事務局にいるメンバーは、ぴたっと動きを止めて、オレたちの会話に聞き耳を立てているし、彼女の背後にいる閣下からは鋭い視線を感じる。
閣下はデスクの椅子に座って、そしらぬ顔をしているが、ごおおおっと、音が出そうなくらい嫉妬の炎を燃やしていた。オレにはわかる。さて、どうしようか。
「オレでいいんですか?」
尋ねると、アメリアさんはこくこく頷いた。そして、両手をつけて、頭を小さく下げる。
「ペーターさんにしか言えないんです……お願いします」
アメリアさんは小声で言っているのに、閣下の嫉妬の炎が大きくなった。聞こえているらしい。
推定身長147センチメートル。小柄なのに、でるところはしっかりでていて、輝く金髪のアメリアさん。向日葵色の瞳で見あげられ、そんなポーズをされたら、ハムスターがお願い、お願い、と言っているようにしか見えない。和む。
「いいですよ」
アメリアさんはほっとしたようで、微笑んでくれる。
――ペーター! 早まるなッ!!
という顔をした保安隊メンバーと、超笑顔の閣下を残して、オレはアメリアさんと共に事務局を出た。
ハムスターからのお願いは、断れないだろう?
事務所の外に出ると、宮殿前の広場になった。中央に豊かな水をだす機械じかけの噴水があり、ぐるりと囲うように露店が並んでいた。
ここは市民の出入りが自由な場所だ。宮廷の味が手ごろな値段で食べられるとあって人で賑わっていた。
「どこに食べに行きますか?」
「あ、どこでも。ペーターさんは、何が食べたいですか?」
「いつもは、行きつけの店で食べています。肉汁を吸ったトレンチャーが旨くて」
「お肉の旨味たっぷりのパンですか。美味しそうですね」
「その店に行きますか?」
「はい。行きたいです」
アメリアさんが目をキラキラさせる。好物の向日葵の種を見るハムスターみたいだ。和む。
「じゃあ、そこで。アメリアさんと閣下は外に食べに行きませんよね?」
「閣下の部屋で頂いています。忙しくて、サンドイッチばかりですけど」
「そうですか」
「あ、でも」
アメリアさんが頬を赤くして、クスクス笑いだす。
「閣下はニンジンが嫌いで、どんなに細かく刻んだものでも見つけてしまうんです」
「証拠は逃さないよ、とか言って、笑ってそうですね」
「そうですね。ニンジンを見つめる閣下の目は、笑っていません。でも、宮廷料理長は食べさせようとしているみたいで毎日、必ずサンドイッチにニンジンが入っています」
「そのサンドイッチバトル。昔からですよ」
アメリアさんがふふっと笑う。前に比べて、アメリアさんは、ずいぶんと笑顔が増えたものだ。和む。
「あそこです」
行きつけの店、シップは鉄がむき出しになった建物にある。扉を開くと、ダークブランを基調とした落ち着いた内装が見えた。
革張りのソファ席に、丸いフォルムの椅子があるテーブル席。
店内を仄かに明るくしているのは、ぶら下がった電球と、燭台の上にある疑似蝋燭だ。
「らっしゃい」
少女のような声がした。オレに向かって歩いてきたのは、オーナーのミューさん。
アメリアさんより背が低いが、オレより年上だ。
ミューさんはオレとアメリアさんを交互に見て、淡々と言った。
「ふむ。主の結婚したい相手か?」
「違いますよ。オレの上官が結婚したい相手です」
「そうか。主がおなごを連れてきたのは初めてじゃったからのお。結婚の報告をしに来たかと思ったわい」
「違いますよ。オレの上官が結婚するんです」
ミューさんと真顔同士で会話する。アメリアさんは恥ずかしそうにうつむいていた。
「そうか。では、ちょっと待っておれ」
ミューさんは丸椅子を持って、ソファ席で飲んでいる大男のそばにいく。
丸椅子に登り、身長を高くすると、大男の後頭部を思いっきり殴った。
「きゃひんっ! ミューさん、なにすんですか!」
「主はもう2時間もおる。仕事はどうした?」
「……いやっ、休憩タイムでっ」
「ずいぶんと長い休憩じゃのお」
ミューさんが真顔を大男に近づける。
「飲んでばっかいないで、とっとと、働け。クソガキ」
「ひぇっ」
大男は酔いがさめたようだ。
お会計を済ませて、転がるように店から出て行った。
静かになると、ミューさんが食器運搬用のゼンマイ式ロボットを呼び寄せる。
「はあああい♪ お待たせしましたあああ♪」
ボディのあちらこちらからスチームを出す旧式のロボットが来た。名前は、コショウだ。
ミューさんが一番好きなスパイスの名前からとったらしい。
コショウは腹が食器を運べるようなワゴンになっている。ミューさんがコショウの腹に食器を入れていく。
「かしこまりましたあああ♪」
コショウは食器を運んで厨房に戻っていった。
ミューさんはテーブルを拭き、軽く掃除して、オレたちを見た。
「座れ」
オレは肩をすくめると、ソファに座った。アメリアさんも目を丸めながら対面のソファに座る。
アメリアさんはテーブルの上に置いてあった革で縁取られたメニューを広げる。オレは決まっているからメニューは見ない。
「わたし、トレンチャーにします」
「オレと一緒ですね。ミューさん、お願いします」
「任された」
ミューさんが厨房へ行ってしまうと、アメリアさんはメニューをテーブルの端に置いた。
「それで? オレに何を聞きたいんですか?」
尋ねると、アメリアさんは目を泳がせ、ぽっぽっぽっと湯気を出すヤカンのように頬を赤く染める。そして、意を決したように前のめりになった。
「あのっ……! 閣下の欲しいものって、何か知っていますか?!」
なるほど。それを聞きたかったのか。
予想通りの展開がきたな。