END 保安隊のアメリア・ウォーカーです
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閣下にプロポーズをしたものの、そこからは大変な日々の始まりだった。
まず、皇帝、皇后両陛下にご挨拶しなければならない。
それには、服装を整えなければならなかった。
帝国に来てから今まで、わたしは簡素なワンピースしか持っていなかった。借金もあったから、おしゃれをしようという考えすら、持ち合わせていなかった。物欲はゴミ箱に捨てていたのだ。
簡素なワンピースではドレスコードに引っかかる。急遽、衣装を揃えなくてはいけなくなり、わたしが頼ったのは、シャロンの養母・子爵夫人だった。
子爵夫人はドレス生地に使われる染色工場の投資をしていて、話を持ちかけたら喜んで、生地を扱う仕立て屋を紹介してくれた。
「アメリア様、ダファディルの花柄の生地はいかがですか? 春を告げる伝統的な黄色い花ですわ」
「素敵です……これからの季節にも良さそうですね……」
「ダファディルは宮殿の庭園にもありますし、お安くしておきますわ」
子爵夫人は商売上手だった。末王子の婚約者とあってか、予算はあったのだが、子爵夫人は「おおいに宣伝になりますから!」と言って、リーズナブルに仕上げてくれた。ありがたい。
ドレスができると、髪はトレビス卿に結い上げてもらった。
トレビス卿は黄金の前髪をふさあと手ではらい、シャキーンと櫛を取り出した。
「嗚呼! この日がくるのをどれほど待ち望んでいたことかッ! 子猫ちゃん、僕にすべて任せてくれたまえ……神をもひれ伏す華麗なレディに仕上げてみせるよ✩」
トレビス卿は恍惚の笑みを浮かべて、見事なまでに髪を飾ってくれた。
これが自分……?
と、鏡を覗き込んで、疑うほどの出来栄えだった。
そばで見守っていた閣下が、うっとりとした目で見つめてくる。
「キレイだね……真紅の制服もいいけど、リアはドレス姿も似合うね」
そう言って、閣下は左手をさしだす。わたしは右手をのせて、ぽそりと言った。
「閣下も……今の姿はカッコイイです……でも、真紅の制服はもっとカッコイイです……」
閣下の足がぴたっと止まる。
「リア、父上と母上に会う前に、俺の部屋で休憩しようか?」
「時間は大丈夫なのですか?」
「少しぐらいなら、平気だよ」
にこにこ顔の閣下に首をひねっていると、トレビス卿が叫んだ。
「デュラン殿下! 僕の渾身の作品を乱すような振る舞いはやめてくれたまえよ!」
「ははは……そんな下心丸出しのことはしないよ」
閣下は乾いた笑みを浮かべている。わたしは何がなんだか分からないが、休憩しなくて良いのだろうか?
「あの、閣下。お疲れですか?」
尋ねると、閣下は小さく息を吐いた後、微笑んだ。
「ま、いっか……これから時間は充分にあるんだし」
「?」
「父上と母上のところに行こうか」
「あ、はい」
閣下にエスコートされて、皇帝皇后両陛下の待つ部屋に行く。
皇帝皇后両陛下とのご挨拶は、つつがなく終わった……と、思う。形式的な顔合わせだと思っていたら、皇帝皇后両陛下は、わたしの想像以上に、閣下との結婚報告を喜んでくれたのだ。
「デュラン、よくやったわ! 計画通りね!」と、皇后陛下は興奮なさっていたし、「パパと呼んでくれ」と、皇帝陛下はそわそわしていた。
2メートル級のヒグマのような陛下とは初めてお話したが、想像以上に話しやすい方だった。
緊張したが、和やかな空気で食事させてもらった。
しかし、まだミッションは残っている。
21人もいる皇族の方々とご挨拶である。親戚を含めると、日程調整が大変である。
また、結婚の報告には、ショートブレッドを作って挨拶に行くのが、皇族の習わしだった。ショートブレッドは、バターの香りがしてサクサクとした食感が楽しいお菓子だ。
「わたし、お菓子を作ったことがありません……」
「俺もないよ」
「では、練習あるのみですね」
閣下と共に料理長に教えを乞う。端がこげた、丸こげだ。そんな失敗を繰り返していたら、小麦粉が足りなくなった。
そこで、わたしが頼ったのは、マーカス領だった。
マーカス領は、マーシャル卿が経営を引き受け、ドロシー嬢は学園を卒業後、領地にいるそうだ。
素敵な出会いもあったそうで、彼女は祝いの言葉と、小麦粉と共に、虹色の花束をわたしに送ってくれた。
どうにか食べられるショートブレッドを作って、挨拶のメッセージカードをしたためる。
カードの紙は、わたしのわがままで、ポンサール領の厚手の紙を取り寄せてもらった。
コットン100%の紙は、変わらず手触りがよい。
アイリスではなく、春を告げる黄色い花、ダファディルの花弁を散らしてもらい、紙の上にペンを走らせる。
この紙で、閣下と会いに行きますと書けるのが嬉しい。嬉しすぎて、書き損じてはいけないのに、文字が震える。
それは、とても幸せなことだと思った。
ご挨拶をすませ、閣下と婚約式をすませる。次は結婚式だったが、それも準備が大変だ。
忘れかけてしまうが、わたしは王子妃になるのだ。
閣下の婚約者として、てんやわんやな日々を過ごす中、それでも保安隊の職務も続けた。
昇進も認められ、辞めるという選択肢は、今のところない。
閣下のそばで仕事をするのが、好きだったから。
今日も真紅の制服を着て、デスクにいる閣下に調査報告する。
「閣下。先日、逮捕したミス・イヴリンの収容先から、エクソシストの派遣要請がありました」
「悪魔が憑りついちゃっていたの?」
「悪魔かは断定しかねますが、医師の診断では、ある日、突然、人格が変わったような発言が見られるとのこと。自分には前世の記憶があると喚いているそうです」
「ご病気なのかな?」
「ご病気なのでしょう。自分は乙女ゲームのヒロインだと、理解に苦しむことを言っています」
「ミス・イブリンって、あれだよね? 令息3人を自作した媚薬で惑わしたって子だよね?」
「はい。令息3人には、婚約者がいました。うち、二組は婚約解消していますので、その家からミス・イブリンへ慰謝料の請求がきております」
「憑依したものを祓うなら、エクソシストが適任かな。いいよ。サインしておく」
わたしは閣下に申請書を出し、閣下はさらさらとサインを書いていく。
「ところで、ウォーカー二等保安士」
「なんでしょうか、デュラン保安監」
「いつ、俺の部屋の隣に引っ越してくるの?」
不意に私生活のことを言われて、膝がかっくんってなった。閣下はわたしを見上げ、くーんと鳴きそうな子犬のような目をした。不意打ちだ。
「こ、今週末までには、なんとか……」
「仕事が早いウォーカー二等保安士にしては、曖昧な返事だね」
閣下はにっこりと微笑む。これは怒っている方の笑顔だ。
「婚約者になったから、堂々と部屋を使っていいんだよ。掃除もしてあるし、リア、荷物は少ないよね?」
的確に追い詰められ、返事に窮する。
だって、閣下の部屋は続き扉があって、出入り自由な状態だ。緊張してしまいそうなので、少しだけ先延ばししていた。
――でも、そろそろ、いいのかも。
わたしは深く息を吐いて、きっぱりといった。
「容疑者を逮捕したら、引っ越します!」
そう言って、閣下に書類を手渡す。閣下はクスクス笑いながら、紙を受け取る。
「ジャック・オリントン容疑者か……初夜に君を愛することはないと言った結婚詐欺野郎だね」
「はい。結婚式での誓いは嘘だったのかと、問い詰めたくなる詐欺野郎でございます」
「彼の経歴がわかったの?」
「調査の結果、彼の本名はジョージ・バーンズ。年齢は31歳。彼は過去、2度の離婚歴があり、どれも一年未満に相手の方から離縁の申し出を受けています」
「……離婚するように仕向けたってことか」
「そう見えます。ジョージ・バーンズ容疑者は離婚歴を伏せて、プロポーズをしています。妻の持参金が目当ての可能性が高いかと」
「詐欺行為をした相手は結婚に焦って適齢期を越えた女性ばかりみたいだね」
「はい。彼は滅んでいいと思います」
キリッと言ってみると、閣下は同意してくれた。
「じゃあ、逮捕しに行こうか。その後は、引っ越し、手伝うよ」
わたしは証拠を持ち、帝都にある容疑者の家に待機した。
容疑者が自宅に戻るのを待ち構えて、閣下と共に突入する。
のこのこ家から出てきた容疑者に、極上の冷笑をおみまいした。
「帝都保安隊アメリア・ウォーカーです。あなたに結婚詐欺の疑いがあります」
――あなたのしたことは結婚詐欺ですよ END
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