表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/61

26 君たちの明日に幸あれ!

 振り返れば、閣下と密着したことは多々、あった。鋼鉄の片腕は固く、わたしの力ではびくともしないことは知っている。


 でも、閣下が抱きしめてくれるのは、わたしを慰めるためのものであって、今のような拘束ではなかった。


 まるで尋問されているかのような緊張にみまわれながら、わたしは口を開いた。


「あ、あああ、あのっ、閣下っ」


 まずい。声がうわずった。


「た、大変、光栄なお話でございまするが、……あのっ、そのっ……心にゆとりがありませんので……」

「なるほど。心の準備が欲しいってことだね。じゃあ、今、して」


 閣下は軽々と、わたしの体を左手だけで持ち上げてしまう。ふわりと空中に体が浮いて、閣下を見下ろす形になる。


 なに、この体勢。恥ずかしい!


 飛べない鳥のように手をバタバタさせると、閣下の右手が、わたしの手を握る。指先から閣下の手のあたたかさを感じて、体がピタリと止まった。

 憧れの紅い瞳が、真剣さを帯びて、わたしに問いかけてくる。


「俺はリアと一生一緒に居たいよ。リアはどう?」


 わたしは、情けない顔をしながら小声で言った。


「あの……閣下が……望んでくださるなら……」


 わたしは閣下と共に歩みたい。


 そう、本音を言ったのに、閣下はにこりと笑った。これは、怒っている方の笑顔だ。


「はい。やり直し」

「えっっ」


 ダメだしをされて、ぴえんと言いたくなる。閣下はやれやれと肩をすくめた。


「……今のじゃ、ダメってことですか……?」

「ダメだね。俺を優先したから」

「え……?」

「俺はね。リア自身に望まれたいんだよ」


 閣下は握ったわたしの手に顔を近づけ、キスを落とす。そして、わたしを見上げて微笑んだ。


「ルベル帝国第六王子デュランは、ミス・アメリアに結婚を申し込みます。尚、帝国法に基づき、ミス・アメリアは、この申し出を辞退できます」


 その言葉は、断ってもいいよ、という優しさが含まれていた。閣下はわたしに、逃げ道を作ってくれている。


「リア……その目と、その心で考えて。俺は一生一緒に居たい、相手?」


 ほんの少しだけ、閣下は懇願するような目になった。心臓がきゅうと痛んで、わたしはこくりと頷く。


「い、たい……です……」

「本当に? 無理して言っていない?」


 疑われて、すぐに反論した。


「言ってませんっ! だって、閣下はカッコイイですからっ!」


 わたしが叫ぶと、閣下は目をぱちくりさせる。羞恥でぐらぐらしながら、あたふたと説明した。


「閣下は、強くて、カッコイイですし! 自信満々で、カッコイイですし! 義手だってカッコイイですし! 存在がカッコイイんです!!」


 なりふり構わず言うと、閣下はきょとんとした顔になった。


 ――え? 

 もしかして、わたしの気持ちが伝わっていないの?

 ぴえん。


「だからっ……そのっ……憧れの人と結婚するのが自分というのが、ちょっと信じられないと言いますか……嬉しいを通り越して……天国に行っている気分といいますか……」


 口をもごもご動かすと、閣下は肩を震わせて、笑い出した。


「くくくっ……ははは!」


 目を宝石みたいにキラキラさせて、閣下は満面の笑顔になる。


「あー、ほんとっ。リアは可愛いな」

「え?……わっ!」


 くるんと閣下が一回転する。反動でわたしは閣下の首にしがみついた。わたしの背中にあたたかい手が添えられる。


「笑ったり、怒ったり、泣いたりしながら、一緒に年を取ろう」


 それは何より誠実な言葉で、わたしはぎゅっと閣下にしがみついた。


「わたしと一緒に、幸せになってくださいっ!」


 半泣きながら、わたしは閣下にプロポーズをしていた。幸せなのに、ふぇっと、泣きそうになる。最近、泣いてばかりだ。


「うん。一緒に幸せになろうね」


 震えるわたしの背中を、閣下は優しく撫でてくれていた。





「おー、やっとですか。おめでとうございまーす」


 淡々とした声で言われて、顔を上げる。

 声の方を向くと、お酒の入ったグラスを持ったペーターさんがいた。

 ペーターさんの背後には、グラスを持って待機する保安隊の人々がいる。全員、わたしたちを凝視していた。


 そうだった。ここは、保安隊がいる船で。甲板だった。

 一気に現実に引き戻されて、無言になる。

 閣下は苦笑いしながら、わたしをストンとおろした。


「乾杯しましょう」


 ペーターさんは真顔で、わたしと閣下にグラスを渡す。そわそわ、ウキウキした様子の保安隊メンバーまで甲板に集まってくる。閣下はグラスを受け取り、苦笑する。


「いつから待機していたの?」

「わりと最初からです。準備は万全ですよ」


 ペーターさんの背後では、グラスを持った保安隊が大きくうなずいていた。

 ペーターさんもグラスを持つと、一言どうぞと閣下を促す。閣下はこほんと咳払いして、しゃべりだした。


「えー、俺とリアが出会ったのは――」

「あー、閣下。惚気は巻いてしゃべってくださいね」


 ペーターさんは、あっさり話の腰を折った。


「婚約・結婚の祝杯といえば、決まりセリフがあるじゃないですか? 下町風にやると、君たちに幸あれ!ですよ」


 ペーターさんがグラスを掲げる。


「君たちの明日に幸あれ!」


 そう言って、閣下のグラスを鳴らす。閣下は楽しげに笑って


「俺たちの明日に幸あれ!」


 と言った。


 閣下がわたしのグラスを鳴らす。

 わたしが見上げると、2つのグラスが差し出されていた。わたしは口角を持ち上げた。


「わたしたちの明日に幸あれ!」


 3つのグラスを打ち合わせる。

 カキンといい音が、晴天に響いた。


 それから、保安隊メンバーに「おめでとうおおお!」と全力でお祝いされて、夜になっても船上は賑やかだった。


残り一話です!今日中に完結するので、読み飛ばしにご注意ください!いつも、ハートの応援、ありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
\5月23日書籍2発売/
あなたのしたことは結婚詐欺ですよ2書影

画像クリックで公式サイトへ

△0円の試し読みがあります♪△

― 新着の感想 ―
[一言] 保安隊メンバー(俺たちはいつまでこんな甘ったるい光景を見せられないといけないのだろうか…) こんなこと考えてる人いそうだなぁなんて思ってしまいました。
[良い点] バイオレンスでデンジャーなイケメンが、懇願するような瞳になるのズルい! こんなん、キュンとしてしまうやろ!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ