26 君たちの明日に幸あれ!
振り返れば、閣下と密着したことは多々、あった。鋼鉄の片腕は固く、わたしの力ではびくともしないことは知っている。
でも、閣下が抱きしめてくれるのは、わたしを慰めるためのものであって、今のような拘束ではなかった。
まるで尋問されているかのような緊張にみまわれながら、わたしは口を開いた。
「あ、あああ、あのっ、閣下っ」
まずい。声がうわずった。
「た、大変、光栄なお話でございまするが、……あのっ、そのっ……心にゆとりがありませんので……」
「なるほど。心の準備が欲しいってことだね。じゃあ、今、して」
閣下は軽々と、わたしの体を左手だけで持ち上げてしまう。ふわりと空中に体が浮いて、閣下を見下ろす形になる。
なに、この体勢。恥ずかしい!
飛べない鳥のように手をバタバタさせると、閣下の右手が、わたしの手を握る。指先から閣下の手のあたたかさを感じて、体がピタリと止まった。
憧れの紅い瞳が、真剣さを帯びて、わたしに問いかけてくる。
「俺はリアと一生一緒に居たいよ。リアはどう?」
わたしは、情けない顔をしながら小声で言った。
「あの……閣下が……望んでくださるなら……」
わたしは閣下と共に歩みたい。
そう、本音を言ったのに、閣下はにこりと笑った。これは、怒っている方の笑顔だ。
「はい。やり直し」
「えっっ」
ダメだしをされて、ぴえんと言いたくなる。閣下はやれやれと肩をすくめた。
「……今のじゃ、ダメってことですか……?」
「ダメだね。俺を優先したから」
「え……?」
「俺はね。リア自身に望まれたいんだよ」
閣下は握ったわたしの手に顔を近づけ、キスを落とす。そして、わたしを見上げて微笑んだ。
「ルベル帝国第六王子デュランは、ミス・アメリアに結婚を申し込みます。尚、帝国法に基づき、ミス・アメリアは、この申し出を辞退できます」
その言葉は、断ってもいいよ、という優しさが含まれていた。閣下はわたしに、逃げ道を作ってくれている。
「リア……その目と、その心で考えて。俺は一生一緒に居たい、相手?」
ほんの少しだけ、閣下は懇願するような目になった。心臓がきゅうと痛んで、わたしはこくりと頷く。
「い、たい……です……」
「本当に? 無理して言っていない?」
疑われて、すぐに反論した。
「言ってませんっ! だって、閣下はカッコイイですからっ!」
わたしが叫ぶと、閣下は目をぱちくりさせる。羞恥でぐらぐらしながら、あたふたと説明した。
「閣下は、強くて、カッコイイですし! 自信満々で、カッコイイですし! 義手だってカッコイイですし! 存在がカッコイイんです!!」
なりふり構わず言うと、閣下はきょとんとした顔になった。
――え?
もしかして、わたしの気持ちが伝わっていないの?
ぴえん。
「だからっ……そのっ……憧れの人と結婚するのが自分というのが、ちょっと信じられないと言いますか……嬉しいを通り越して……天国に行っている気分といいますか……」
口をもごもご動かすと、閣下は肩を震わせて、笑い出した。
「くくくっ……ははは!」
目を宝石みたいにキラキラさせて、閣下は満面の笑顔になる。
「あー、ほんとっ。リアは可愛いな」
「え?……わっ!」
くるんと閣下が一回転する。反動でわたしは閣下の首にしがみついた。わたしの背中にあたたかい手が添えられる。
「笑ったり、怒ったり、泣いたりしながら、一緒に年を取ろう」
それは何より誠実な言葉で、わたしはぎゅっと閣下にしがみついた。
「わたしと一緒に、幸せになってくださいっ!」
半泣きながら、わたしは閣下にプロポーズをしていた。幸せなのに、ふぇっと、泣きそうになる。最近、泣いてばかりだ。
「うん。一緒に幸せになろうね」
震えるわたしの背中を、閣下は優しく撫でてくれていた。
「おー、やっとですか。おめでとうございまーす」
淡々とした声で言われて、顔を上げる。
声の方を向くと、お酒の入ったグラスを持ったペーターさんがいた。
ペーターさんの背後には、グラスを持って待機する保安隊の人々がいる。全員、わたしたちを凝視していた。
そうだった。ここは、保安隊がいる船で。甲板だった。
一気に現実に引き戻されて、無言になる。
閣下は苦笑いしながら、わたしをストンとおろした。
「乾杯しましょう」
ペーターさんは真顔で、わたしと閣下にグラスを渡す。そわそわ、ウキウキした様子の保安隊メンバーまで甲板に集まってくる。閣下はグラスを受け取り、苦笑する。
「いつから待機していたの?」
「わりと最初からです。準備は万全ですよ」
ペーターさんの背後では、グラスを持った保安隊が大きくうなずいていた。
ペーターさんもグラスを持つと、一言どうぞと閣下を促す。閣下はこほんと咳払いして、しゃべりだした。
「えー、俺とリアが出会ったのは――」
「あー、閣下。惚気は巻いてしゃべってくださいね」
ペーターさんは、あっさり話の腰を折った。
「婚約・結婚の祝杯といえば、決まりセリフがあるじゃないですか? 下町風にやると、君たちに幸あれ!ですよ」
ペーターさんがグラスを掲げる。
「君たちの明日に幸あれ!」
そう言って、閣下のグラスを鳴らす。閣下は楽しげに笑って
「俺たちの明日に幸あれ!」
と言った。
閣下がわたしのグラスを鳴らす。
わたしが見上げると、2つのグラスが差し出されていた。わたしは口角を持ち上げた。
「わたしたちの明日に幸あれ!」
3つのグラスを打ち合わせる。
カキンといい音が、晴天に響いた。
それから、保安隊メンバーに「おめでとうおおお!」と全力でお祝いされて、夜になっても船上は賑やかだった。
残り一話です!今日中に完結するので、読み飛ばしにご注意ください!いつも、ハートの応援、ありがとうございます!