表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/61

24 今だけは

 ドクターストップがかかり、陛下は退室された。妃殿下は付き添われ、わたしは敬礼をして見送った。

 後日、改めてリリアンの沙汰がでると告げられ、枢機卿は審問を終わりにした。王太子殿下夫妻も退室していく。


 ――終わった。

 リリアンに言いたいことを言えたから、スッキリしたかも。

 興奮と緊張で、心が浮つく。

 ふと、自分の手を見ると、小刻みに震えていた。

 それに苦笑する。


 はっきり言うのは慣れないし、ほろ苦さが残っている。

 だけど今は、やりきった自分をほめてあげたい。

 わたしは震えた手をぎゅっと握ってあげた。


 パチパチパチ!


 場違いな拍手が聞こえ、ぎょっとして見ると、ペーターさんが真顔で拍手していた。


「かっこよかったです。さすが、アメリアさん」


 しかも、称賛までしてくる。一気に緊張が抜けて、顔が火照った。


「ほんと、俺の出る幕はなかったね」


 後方から閣下の声が聞こえて、更にぎょっとする。振り返ると、閣下は左腕を血に濡らして、縄でしばられたパンツ一丁の男性を引き摺っている。男性の顔は目をそらしたくなるほど、ぼっこぼこだ。


「ラチュード・クローデル。別名、ブックマンを捕らえました。帝国の尋問は終わりましたので、一度、サイユ国にお渡しします。はい、これ」

「は、はっ!」


 閣下はブックマンを衛兵に引き渡す。ペーターさんが肩をすくめて、閣下に尋ねる。


「閣下、あれ、息しているんですか?」

「ははは。ペーターくん、何言っているの。息していないと地獄を見ながら生きながらえない。最大限に手加減したから、心臓は動いているよ」

「そうですか」


 閣下はわたしに近づき、敬礼する。


「閣下、確保、お疲れ様でした」

「うん。リアもお疲れ様。よく頑張ったね」


 とろけるような優しい目で言われて、きゅうと胸が苦しくなる。閣下に、褒められた。嬉しい。わたしは熱くなる頬を感じながら、閣下に笑顔で話しかけた。


「閣下なら、こうするかなって思ったら、うまくいったんです。閣下はわたしの憧れです」


 興奮しながら言うと、閣下は紅い目をぱちぱちと瞬きさせる。白い頬がわずかに朱色に染まり、ぶはっと笑いだす。


「すっごい口説き文句……リアはかわいいなあ」

「え……?」

「かわいすぎて抱きしめたいけど、おにーちゃんが睨んでいるからなあ」


 閣下がにやっと笑って、兄を見た。兄はペーターさんと同じくらい真顔になっていた。ピリッとした空気が出ている。兄は嘆息すると、胸に手をそえて、礼をした。


「……デュラン閣下、保安隊の皆様、この度は誠にありがとうございました」


 兄は深々と頭を下げた。


「あなた方の活躍で、妹のセリアの汚名も晴れました。感謝、申し上げます」


 閣下は兄に敬礼する。


「アラン・フォン・ポンサール卿、ブックマン確保にご協力いただきまして、誠にありがとうございました。貴殿が掴んだ証拠で、容疑者が逮捕できました」


 閣下は手を下げると、満足げに笑った。


「アラン、借りは返したよ」

「借り? なんのことだ? 今回はおまえに助けられっぱなしだっただろ?」

「はははっ、ほんとっ。その鈍さは兄妹、そっくりだね」


 閣下は楽しそうに笑うけど、わたしも兄も首をひねった。


「はー、おかしかった」

「そんなに笑うところか?」

「無自覚なのが、そっくりだよ。リア」

「はい?」


 閣下は優しい声で話し出す。


「人払いをしておいたよ。アランにセリア嬢のことを、よくよくお話してね」


 その一言に、目が開く。

 閣下は軽く手を上げると、ペーターさんと共に部屋から出て行ってしまった。


 パタリと、静かな音を立てて、扉が閉められる。

 残ったのは、わたしと兄だけだ。


 静かになった部屋で、わたしは兄を見上げた。

 わたしと同じ向日葵色の瞳が、驚いたように丸くなっている。

 その瞳が、ゆっくりと細くなっていく。


「リア……」


 優しい、心地よい声が近くて、夢を見ているみたいだ。でも、これは現実。それが嬉しくて、視界が涙でにじんでいく。


「リア……なんだな……」


 わたしは、はいと、答えようとして言えなかった。

 ぽろぽろと涙が流れて、声が言葉にならなかったから。


 わたしはにいさまに駆け寄った。

 にいさまは、わたしを受け止め、強く抱きしめてくれる。


 今だけ。


 ――今だけは、セリアに戻ってもいいよね。


「にいさま、……ご無事で……なにより……です」

「にいさまは、強いから……大丈夫だよ。リア、顔を見せておくれ」


 顔をあげると、にいさまの泣き顔が見えた。泣いているのに、嬉しそうに口元はほころんでいる。


「……元気そうだね。……よかった」


 わたしはボロボロに泣きながら、口角を持ち上げた。


「はい……元気に暮らしています……」


 にいさまの顔がくしゃりと歪む。互いに支え合いながら、崩れるように腰を床に落とした。

 覆いかぶさるように抱きしめられ、わたしもにいさまの服に皺ができるほど握りしめ、抱き返す。



 わたしたちは、しばらくの間、無言で抱き合っていた。

 たくさん話したいことがあったはずなのに、にいさまが、ここにいるだけでもう充分だった。


 辛かったことも、苦しかったことも、涙と共に体から流れ落ちていく。

 わたしの心には喜びだけが残っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
\5月23日書籍2発売/
あなたのしたことは結婚詐欺ですよ2書影

画像クリックで公式サイトへ

△0円の試し読みがあります♪△

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ