24 今だけは
ドクターストップがかかり、陛下は退室された。妃殿下は付き添われ、わたしは敬礼をして見送った。
後日、改めてリリアンの沙汰がでると告げられ、枢機卿は審問を終わりにした。王太子殿下夫妻も退室していく。
――終わった。
リリアンに言いたいことを言えたから、スッキリしたかも。
興奮と緊張で、心が浮つく。
ふと、自分の手を見ると、小刻みに震えていた。
それに苦笑する。
はっきり言うのは慣れないし、ほろ苦さが残っている。
だけど今は、やりきった自分をほめてあげたい。
わたしは震えた手をぎゅっと握ってあげた。
パチパチパチ!
場違いな拍手が聞こえ、ぎょっとして見ると、ペーターさんが真顔で拍手していた。
「かっこよかったです。さすが、アメリアさん」
しかも、称賛までしてくる。一気に緊張が抜けて、顔が火照った。
「ほんと、俺の出る幕はなかったね」
後方から閣下の声が聞こえて、更にぎょっとする。振り返ると、閣下は左腕を血に濡らして、縄でしばられたパンツ一丁の男性を引き摺っている。男性の顔は目をそらしたくなるほど、ぼっこぼこだ。
「ラチュード・クローデル。別名、ブックマンを捕らえました。帝国の尋問は終わりましたので、一度、サイユ国にお渡しします。はい、これ」
「は、はっ!」
閣下はブックマンを衛兵に引き渡す。ペーターさんが肩をすくめて、閣下に尋ねる。
「閣下、あれ、息しているんですか?」
「ははは。ペーターくん、何言っているの。息していないと地獄を見ながら生きながらえない。最大限に手加減したから、心臓は動いているよ」
「そうですか」
閣下はわたしに近づき、敬礼する。
「閣下、確保、お疲れ様でした」
「うん。リアもお疲れ様。よく頑張ったね」
とろけるような優しい目で言われて、きゅうと胸が苦しくなる。閣下に、褒められた。嬉しい。わたしは熱くなる頬を感じながら、閣下に笑顔で話しかけた。
「閣下なら、こうするかなって思ったら、うまくいったんです。閣下はわたしの憧れです」
興奮しながら言うと、閣下は紅い目をぱちぱちと瞬きさせる。白い頬がわずかに朱色に染まり、ぶはっと笑いだす。
「すっごい口説き文句……リアはかわいいなあ」
「え……?」
「かわいすぎて抱きしめたいけど、おにーちゃんが睨んでいるからなあ」
閣下がにやっと笑って、兄を見た。兄はペーターさんと同じくらい真顔になっていた。ピリッとした空気が出ている。兄は嘆息すると、胸に手をそえて、礼をした。
「……デュラン閣下、保安隊の皆様、この度は誠にありがとうございました」
兄は深々と頭を下げた。
「あなた方の活躍で、妹のセリアの汚名も晴れました。感謝、申し上げます」
閣下は兄に敬礼する。
「アラン・フォン・ポンサール卿、ブックマン確保にご協力いただきまして、誠にありがとうございました。貴殿が掴んだ証拠で、容疑者が逮捕できました」
閣下は手を下げると、満足げに笑った。
「アラン、借りは返したよ」
「借り? なんのことだ? 今回はおまえに助けられっぱなしだっただろ?」
「はははっ、ほんとっ。その鈍さは兄妹、そっくりだね」
閣下は楽しそうに笑うけど、わたしも兄も首をひねった。
「はー、おかしかった」
「そんなに笑うところか?」
「無自覚なのが、そっくりだよ。リア」
「はい?」
閣下は優しい声で話し出す。
「人払いをしておいたよ。アランにセリア嬢のことを、よくよくお話してね」
その一言に、目が開く。
閣下は軽く手を上げると、ペーターさんと共に部屋から出て行ってしまった。
パタリと、静かな音を立てて、扉が閉められる。
残ったのは、わたしと兄だけだ。
静かになった部屋で、わたしは兄を見上げた。
わたしと同じ向日葵色の瞳が、驚いたように丸くなっている。
その瞳が、ゆっくりと細くなっていく。
「リア……」
優しい、心地よい声が近くて、夢を見ているみたいだ。でも、これは現実。それが嬉しくて、視界が涙でにじんでいく。
「リア……なんだな……」
わたしは、はいと、答えようとして言えなかった。
ぽろぽろと涙が流れて、声が言葉にならなかったから。
わたしはにいさまに駆け寄った。
にいさまは、わたしを受け止め、強く抱きしめてくれる。
今だけ。
――今だけは、セリアに戻ってもいいよね。
「にいさま、……ご無事で……なにより……です」
「にいさまは、強いから……大丈夫だよ。リア、顔を見せておくれ」
顔をあげると、にいさまの泣き顔が見えた。泣いているのに、嬉しそうに口元はほころんでいる。
「……元気そうだね。……よかった」
わたしはボロボロに泣きながら、口角を持ち上げた。
「はい……元気に暮らしています……」
にいさまの顔がくしゃりと歪む。互いに支え合いながら、崩れるように腰を床に落とした。
覆いかぶさるように抱きしめられ、わたしもにいさまの服に皺ができるほど握りしめ、抱き返す。
わたしたちは、しばらくの間、無言で抱き合っていた。
たくさん話したいことがあったはずなのに、にいさまが、ここにいるだけでもう充分だった。
辛かったことも、苦しかったことも、涙と共に体から流れ落ちていく。
わたしの心には喜びだけが残っていた。