23 あなたは自滅の道を選んだのですね
「ブリュノのした行為は、傲慢で、独善的だった。焼きごての使用を考えると、セリア嬢の味わった苦しみは相当、大きかったであろう。また、ブリュノの功績は全てセリア嬢あってのことである」
妃殿下は静かにブリュノ殿下を見つめた。
「よって、ブリュノは王位継承権を剥奪した後に、医師による診断を受け、治療に専念すること。精神が安定した後は、炭鉱行きを命じる。今後は、人の上に立つのではなく、いち、労働者として、その身を国に捧げよ」
妃殿下の言葉に、ブリュノ殿下は瞠目した。瞳孔を広げ、不自然に口の端を持ち上げている。市民にまで、自身の地位を落とされるのが、信じられないようだ。
「……俺はリリアンに薬を盛られていて、正気ではなかったのです……正しい判断ができなかったのは、すべてリリアンのせいです……」
その言葉を聞いて、妃殿下が一段上の場所から降りてきた。
妃殿下は病的に白い顔だったが、瞳は大きく広がり、片方の目から涙を流していた。その姿は、王妃というより、母親だった。
妃殿下の腕が上がった。折れそうなほど細い腕が振り抜かれ、ブリュノ殿下の頬をはたく。
パシン……
乾いた音が響き、誰もが息を飲んだ。妃殿下が感情的に手をあげるなど、あってはならないこと。でも、妃殿下はそれを行った。
叩かれたブリュノ殿下は、呆然としている。
「はは、うえ……?」
「……いつまで人のせいにしているのですか……っ 全て自分が招いたことだと、まだ分からないの……」
妃殿下は悔しげに涙を流していた。
「あなたが自分のしたことの意味が分かるまで、治療を受けなさい。異論は認めません」
ブリュノ殿下は呆然としながらも、衛兵に両肩を持たれる。
退室するよう促されたとき、ヘーゼル色の瞳がすがるように、わたしを見た。
情けなく困惑した顔をされても、心は動かない。
わたしはようやく、彼を過去の人にできたのだろう。
妃殿下はわたしと兄を見ると、ひとりずつ腰を落とし最上の礼をした。
わたしにまでしてくれたことに驚く。
わたしは公爵令嬢ではなく、もう平民だ。妃殿下が礼をするような相手ではない。
「……ブリュノのことは、わたくしが責任を持ちます。真実を包み隠さず教えてくれたことに、感謝いたしますわ」
妃殿下は微笑み、また壇上にあがり、陛下の隣に立った。
枢機卿が場を仕切りなおすように、咳ばらいをする。
「では、陛下、残りの者の沙汰を――」
「あのっ……申し訳ありませんでしたっ……!」
不意に甲高い声が聞こえた。リリアンが震えながら、話し出す。彼女の目頭には涙がたまっていた。
「すべて、わたくしが悪うございました……心から謝罪、申し上げます……」
そう言って、素早い動きでわたしの方に近づく。
滑り込むようにわたしの足元までくると、膝を床につけた。両手を前に組んで、わたしを見上げる。
彼女のストロベリーブロンドの瞳は悲壮感に濡れ、異様な空気が漂いだす。
「ご慈悲をどうか……」
「……懇願する相手を間違えていますよ」
静かに言うと、リリアンは「いいえ、いいえ」と言いながら、首を横に振る。痛みに耐えきれないかのように、胸に手を置き、頭を下げた。
「……相手は間違えておりませんわ……誰よりもあなたに、赦しを乞いたいのです……」
リリアンは涙声になり、体を震わせた。
「――だって、あなたは……セリアですから……」
顔を上げたリリアンの唇が、三日月のようにつりあがっていく。目は見開かれ、口元がひくりと動いた。
「あなたさえ戻ってこなければ、わたくしは幸せだったのよ……!」
リリアンがかっと燃えるように叫び、服の隙間に隠していた本をわたしに投げつける。
本。つまり、爆弾だ。
一瞬の隙をついての犯行だった。
膝をついたままだった兄は腰を持ち上げ、わたしをかばおうと手を出す。
じりじりと間合いを詰めていたペーターさんは無表情でリリアンに向かって駆けだし、枢機卿はひぃっと声をだす。
王太子殿下はマーガレット様をかばい、近衛は陛下に駆け寄っていく。
わたしの顔に向かって本はきた。
「あんたなんか、ぐちゃぐちゃになればいいのよッ!」
――パシン……
わたしは本を手で払いのけた。本は床にたたきつけられ、表紙が開かれる。
だが、何も起こらなかった。
「なんで……なんで、なんで、なんでっ!」
リリアンが地面に這いつくばるように本に向かい、手を伸ばす。
「なんで、爆破しないのよっ‼」
絶叫する背中に向かって、わたしはしれっと言った。
「起爆剤は抜きましたので」
「……は?」
そう。彼女が拘禁されている間、ありとあらゆる本は調べさせてもらっていた。
一冊だけ、爆弾が仕込んであったのだ。
起爆剤は抜いて、元の場所に戻しておいたのだ。
意趣返し、と閣下は言っていた。
彼女が審問前に爆弾を持って、自白するのなら情状酌量の余地はあっただろう。
だが、彼女は道を違えた。
閣下の残酷で美しい笑みを思い出して、フッと口の端を上げる。
「三度目はありませんよ」
リリアンは激昂して、わたしに飛びかかってきた。
「セリアァァァ!」
その前にペーターさんがリリアンを取り押さえる。ペーターさんに腕を取られ、無理やり膝をつかされたリリアンは尚も吠えていた。
「あんたが嫌い! 嫌い! 嫌い! 嫌いよ!」
ペーターさんの眉に皺がより、兄の表情が怒りに満ちていく。わたしは二人とは違い、リリアンに微笑みかけた。わりと嫌味で。
「そうですか。この場にセリア嬢がいたら、こういうでしょう。――奇遇ですね。わたしも、あなたが嫌いです」
キィィィとリリアンが甲高い声を出す。わたしはリリアンを見下ろして言う。
「審問の場に爆弾を持ちこんだ瞬間から、あなたは自滅の道を選んでいたのです。あなたは、最後までお気づきになられませんでしたね」
そもそも審問の場は、武器の所持が認められない。身体検査はされるから、持ち込めた方がおかしいと思わなければいけなかったのだ。
リリアンは用意された舞台で、踊っていただけだ。台詞とラストを決めたのは、彼女自身。
「王子妃殿下、誠に残念でしたね」
不協和音を口から吐き出しながら、リリアンはペーターさんから衛兵に引き渡され、部屋を後にした。
今の犯行も踏まえ、彼女はもっと重い刑罰が課せられることとなった。