22 わたしたちは無実です
カツンカツンカツン……
リリアンが苛立ちながらヒールの履いた靴で地団駄を踏んでいるのが聞こえる。
しかし、わたしの問いかけに対して反論はしてこない。諦めた、というわけではなさそうだ。リリアンの瞳は憎悪で濡れているから。
「カトリーヌ・カネ様の証言を合わせると、王子妃殿下が故意に爆弾を持ち出し、自分の部屋に置き、侍女に開けさせた可能性が高いです」
カンッ!と高い音が響いた。
リリアンは無言になりながらも、こっちを睨みつけている。
「また爆弾の爆破時期を狙っていた可能性があります。王太子殿下夫妻が不在、陛下もご病気の時に」
「ふむ……なるほど……リリアン王子妃殿下がそのようなことをした理由はなんでしょうか」
枢機卿の問いかけに、わたしは一呼吸を置いた。ハッキリと告げる。
「それは、セリア・フォン・ポンサール様が邪魔だったのでしょう。王子妃殿下は、今の地位を狙って、犯行に及んだのだと推測されます」
シンと、部屋が静まり返った。
王太子殿下は顔をしかめ、マーガレット様は悲しげに目を閉じる。マーガレット様の細い体は震えていた。顔色も悪い。お体に差し障りがなければよいのだが。
ブリュノ殿下は瞠目し、リリアンは変わらずだ。わたしは続きを説明する。
「犯行当日、ブリュノ殿下はいました。それはブリュノ殿下が王子妃殿下の味方になると思ってのことでしょう」
「……それはなぜですかな」
「ブリュノ殿下は、セリア・フォン・ポンサール様を嫌っていました。そして王子妃殿下と懇意にされていました。みなさまもご存知だったはずです。おふたりはよく、王宮の庭にいましたから」
王太子殿下夫妻と枢機卿を見ると、場が凍りついた。
絶句しているみたいだ。
彼らは直接、わたしに何かしたわけではないが、知っていて見過ごしていたというのはある。それが事実。
「セリア・フォン・ポンサール様と婚約時代から、ブリュノ殿下と王子妃殿下は親密な関係でした。しかし婚約破棄に至ったのは、別に理由があるかと」
「その理由とは」
「こちらをご覧ください」
わたしは二つの容器を提出した。二つともまったく同じ見た目だ。
「ひとつはクローデル男爵の研究所から出てきたものです。中には軟膏が入っています。そして、もう一つはブリュノ殿下の部屋から見つかったものです。中身は入っていませんが、かすかに軟膏が入っていた形跡があります」
「そ、れはっ」
ブリュノ殿下が動揺して声を出し、リリアンの形相が変わる。
「クローデル男爵の供述によると、こちらは、ドクムギ・ヒヨス・ドクニンジン・赤と黒のケシ・レタス・スベリヒユなどを合わせて練り込んだものです。魔女の軟膏と呼ばれ、幻覚を引き起こします」
「幻覚……? それは手荒れに効くと、リリアンがくれたものだ」
「そうですか。王子妃殿下からの贈り物でしたのね」
ブリュノ殿下の言葉に、微笑を浮かべる。
わたしは、リリアンからとは言っていない。
自ら暴露してしまったことに気づいて、ブリュノ殿下は、はっとした顔になっていた。
「学者の話では、毒性の強い植物なので、育成は王宮の研究所でしか行っていないとのことです。使うと、空を飛んでいるような気分にさせてくれるそうです。ただ、反動も強く精神が安定しません。中毒性も強く、常用しないといられなくなるとか」
わたしは動揺するブリュノ殿下を見る。
ふと、彼のヘーゼル色の瞳を見るのは、最後だろうなと思った。
彼のことは赦せないけど、もう傷つきたくも、恨みたくもない。だからこうして、過去にするためにわたしは全てを明らかにしている。
――さようなら。
心でつぶやき、陛下を見た。
「ブリュノ殿下は、犯行当日、精神に異常をきたしていた可能性があります。精神鑑定を受けたほうが宜しいでしょう」
枢機卿が息を呑む。陛下と妃殿下は静かに目をとじた。
リリアンの顔がみるみるうちに、悪魔のような形相になっていく。
「お父様がわたくしを売ったの……?」
わたしは微笑を返す。
「軟膏を使って、ブリュノ殿下を惑わしたとお認めになるのですね」
リリアンが悔しげに顔を歪めた。
リリアンの父親は研究所からの追放を示唆すると、あっさり軟膏のことを告白した。
妻につかったこともあると言われた時は、どうしようもないド変態だなと思ったけど、彼の処分は陛下に任せよう。
陛下の薬の処方にもかかわることなので、男爵は重い処分を受けるはずだ。
「リリアン……貴様、俺に怪しげな薬を盛っていたのか……?」
ブリュノ殿下は化け物でも見たような顔で、リリアンを見る。
「……はっ、騙される方が悪いのよ」
「何っ」
「いい加減にしろ! ふたりとも見苦しいぞ!」
王太子殿下が怒鳴りつける。
「情けない……っ」
悔しげな表情をして、王太子殿下は目を伏せた。
わたしは閣下が指摘してくれた通り、セリアだった頃にされたブリュノ殿下のことを資料と共に提出した。それはブリュノ殿下が公務を怠り、わたしの意見を言うだけに留まっていたことを示していた。
「以上のことから、国王陛下に申し上げます」
ぐっと腹に力を入れて、わたしは言い切った。
「セリア・フォン・ポンサール様、並びに、アラン様は無実です。ポンサール公爵一族は、国王陛下、並びに王族に対して、忠義を曲げるようなことは一切しておりません!」
言葉に熱がこもった。
感情的にならないようにしていたつもりだったのに、兄や父の顔がよぎってしまい、かっと腹が煮え返っていた。
審問の場が静まりかえる。
枢機卿が陛下を見上げて、問いかけた。
「陛下、アラン・フォン・ポンサールの容疑について審議ください」
枢機卿が礼をすると、玉座に座っていた陛下の唇がかすかに動いた。妃殿下が声を聞き取り、こくりとうなずく。妃殿下は細い体を伸ばし、静かに言った。
「アラン・フォン・ポンサール、及び、セリア・フォン・ポンサールは無罪判決とする。彼らには苦痛を感じた分の、慰謝料を。失くした分の名誉回復を。アンリ五世の名のもとに、両名に渡すことを約束する。今すぐ、アラン・フォン・ポンサールの拘束を解きなさい」
衛兵が近づき、兄の手錠が外される。
それを見て、ようやくだ、と思った。
兄がわたしを見上げた。
雨に濡れたように、向日葵色の瞳に涙のまくがはっている。
きっと、わたしも同じような目をしているはずだ。
「罪は、余と、ブリュノ、リリアン、クローデル男爵家にあり」
妃殿下は陛下の代弁を続けた。
明日の更新は夜になります!遅れたら、すみません!