17 セリアはぐちゃぐちゃになればいいの
わたくしは上機嫌で、ホットチョコレートを飲み干す。
しばらく経つと、ブリュノ様が夫婦の部屋に戻ってきた。
「お仕事、お疲れ様です」
「ああ……」
あら、声に張りがあるわ。今日は機嫌が良さそう。
結婚式はうっとりするほど素敵だったのに、結婚してからのブリュノ様は、ぼーっとしていたと思ったら急にイライラしたりして、不機嫌だった。ベッドの上でも淡々としていて、つまらなかったわ。
「なにかいいことがございましたの?」
「分かるのか?」
「あなたのことなら」
うっとりと見つめると、ブリュノ様の口の端が持ち上がる。異様な雰囲気を感じて、笑顔が固まった。
「セリアを見つけた」
「え……?」
「セリアだ。向日葵色の瞳は、王家の血筋の証。アメリアなどと言われていたが、あれはセリアだ。戻ってきたんだ」
「な、何を言っているのですか? セリアは国外追放したはずでは……」
「戻ってきたんだ、俺の元に」
くつくつ喉を鳴らすブリュノ様にゾッとした。ヘーゼル色の瞳はわたくしを見ていない。
「……戻ってきたら、どうなさるのですか?」
「手元に置く」
――は?
「……あの向日葵色の瞳が、絶望するのをもう一度、見たい」
「なにを、おっしゃって……」
「セリアを失ってから、仕事は進まないし、苛立つ日々だった。追放ではなく、国内に拘禁すればよかったな……」
「仕事って……セリアは何かしてらしたの?」
「議会に参加する資料を作らせていた。要点をまとめて報告するためのな」
――え? それって、自分がやる仕事では?
「そうでしたのね」
「議題に上がったことに対してセリアに意見を書かせていたのだが、それを自分でしなくてはいけなくなった。他の者に資料を集めさせても、遅くて苛立つことばっかりだな。兄上は議会に参加しなくてよいと言い出すし。俺を政務からはずそうとしているんだ。馬鹿にしやがって」
ブリュノ様の愚痴が始まってしまった。長いので、適当に頷いておくことにしましょ。
「だが、セリアが戻ってきたのなら、下に置いて働かせればいい。あいつは俺のことが好きだったしな。戻ってこいといえば、付いてくるだろう」
「セリアを手元に置いて、都合良く使うおつもりですか?」
「公爵令嬢ではなくなったのなら、都合がいいだろ?」
名案だと言いたげな満足げな顔に、辟易する。
「他の女の話なんかなさらないで? 嫉妬してしまうわ」
「嫉妬は不要だ……セリアに愛情を感じたことはなかったし、所詮、父に言われたから婚約者になっただけだ」
ヘーゼル色の瞳はわたくしを見ていない。でも、焦ることはないわ。わたくしの都合よく彼が動けばいいのだから。
「ねぇ、あなた」
ブリュノ様の首に腕を回す。口づけをせがもうとして、腕を外された。
「疲れているんだ」
そっけなく言われて、カチンときた。
「マーガレット様は身ごもられたのよ! わたくしたちも子供を作らないと!」
「疲れていると言っただろう。別の日にしてくれ」
呆れたように言われて、ブリュノ様は執務室へ行ってしまった。
――はあああああ?!
「何よ、あの態度!」
わたくしは気がおさまらず、ソファにあったクッションを引き裂く。羽毛が飛び出てもかまいやしない。怒りのままに投げつけ、ヒールの履いた靴で踏みつける。
「なによ、今更、セリア、セリア、セリアって!」
どいつもこいつも、あの女のことばっかじゃない!
マーガレット様もそう。前からわたくしのことを眼中にないって顔をしていたのよ。
ひとりだけ懐妊して、幸せそうなオーラをふりまいちゃって、気に入らなかった。
だから、脅してやろうと思って、爆弾を持ち込んだのに、あのアランとか言う男が邪魔したのよね。
あのアランって近衛も、わたくしを無視し続けたわ。無様に懇願する姿が良かったから、可愛がってやろうと思って、王宮にとどまることを認めさせるように、ブリュノ様に言ったのに、ちっとも懐かない。
軟膏を渡そうとしたのに、つっ返されたわ。なによ。誰のおかげで王宮にいられるのか、わかっていない。
だから、罪をなすりつけてやったのよ。腑抜けの議員たちは爆弾騒動を隠したがっていたし、セリア絡みでアランの罪を作り上げるのは、簡単だったわ。
でも、あれはムカついたわね。
アランはね。わたくしを見て「地獄へ堕ちろ、毒婦」とか言ったのよ。わたくしは王子妃なのに、不敬じゃない?
息を乱しながら、ぐしゃぐしゃになったクッションを見つめる。
セリアもこうなればいいのよ。
「ふ、ふふっ。そうよ……そうすればいいんだわ」
わたくしはお父様の研究室へ足を運んだ。
「リリアン、どうしたんだい?」
お父様はわたくしに優しい。王子妃になってから、研究がたくさんできると、喜んでいた。
「伯父様は、どこにいらっしゃるの?」
「ああ、ラチュードなら、庭の草木を見ているよ」
「そうですか。行って参りますわ」
わたくしは庭の草木を手入れしている伯父様の元へ行った。伯父様は神経質な方だけど、わたくしには心を許してくれている。
三年前に、伯父様がご病気になられて爆弾を作り出した時は、家族全員で守ったの。一緒に王国に来た時は、不安定だったけど、例の軟膏のおかげで、精神が安定している。伯父様は花が好きで、植物を愛する純粋な方だ。
「伯父様」
声をかけると、伯父様がこちらをむく。くぼんだ眼差しでじっと見つめられ、わたくしは微笑んだ。
「伯父様。また玩具をくださらない?」
「……あれか……次は何に使うんだ……」
「あの憎き、ポンサール公爵の娘が戻ってきたのよ」
伯父様の瞳が大きくひらく。
「ポンサール公爵は陛下をそそのかし、特権が認められた貴族から税金をむしり取る悪党よ。その娘も同罪。陛下の具合が悪いし、このままだと王太子殿下の力が増して、帝国との同盟力が強くなるわ。そしたら、どうなるかしら? 王国も、帝都みたいに霧につつまれ、空気がまずくなるかも」
「あ、ああ……ああああ」
「そうなったら、伯父様が愛する植物たちが可哀想だわ」
「あああ……あああああっ」
「ねぇ、伯父様。わたくし、伯父様の愛するものを守りたいのよ」
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