16 わたくしの勝ちだったのよ
「は? 来なかったの?」
わたくしは膝をつく衛兵と侍女に冷めた視線を送る。衛兵はびくりと体を震わせた。
「……彼女は帝国の使者ですので、大使の許可がないと接触はできません」
「だったら、さっさと許可とやらをとってきなさい」
「それは……難しいです。大使はデュラン殿下が許可しないと言っています」
何よ、それ。
「わたくしは王子妃よ。なぜ、小娘一人、連れてこられないの?」
侍女は黙ってしまう。イライラして、わたくしは親指の爪を噛んだ。
帝国から使者が来たというから、外見の特徴と名前を探らせたら、セリアらしき人物がいた。だから、呼びつけて確認しようと思ったのに、できないなんて!
ギリギリ噛んでいると、爪がギザギザになってしまった。後で、念入りに手入れをしないと。爪が美しくない王子妃なんて、王子妃じゃないわ。
「役立たずね。もう、いいわ」
わたくしは侍女と衛兵を下がらせ、代わりに他の侍女を呼びつける。
「プディングを持ってきて、生クリームをたっぷり付けてね」
「かしこまりました」
むしゃくしゃする時は、甘いものを食べるに限るわ。ああ、でも、プディングなんか食べたら、あの女みたいに下品な体になってしまうかも。
セリアって胸が大きいから、わざと見せつけるような服を着ていたのよね。胸元を少し開けたドレスを着て、ブリュノ様の前に出てきたときは、呆れてしまった。
でも、セリアったら色気を出そうとして、失敗したのよ。ブリュノ様に冷たくあしらわれていて、大笑いしたわ。はー、いい気味。
「やっぱりホットチョコレートにして。シナモンとクリームをたっぷりいれるのよ」
「かしこまりました」
侍女が下がると、わたくしはソファの背もたれに体を預けた。
いい、座りごこち。最高級の家具職人に仕立ててよかったわ。ふふ、王子妃になった特権よね。
男爵家の娘だと、高級店の家具職人は見向きもしない。わたくしのための椅子を家具職人が熱心に作る様を見るのは、気分がよかったわ。
「リリアン様、ホットチョコレートの用意ができました」
侍女が持ってきた茶器に指をかける。カカオの芳醇な香りがして、気分が高揚する。ひとくち飲めば、甘みが舌に広がった。ああ、最高。
ホットチョコレートなんて、王宮に来る前までは知らなかった。今ではやみつきだ。
――それにしても、あの女。
セリアに間違いないのに、今更、何しに来たのよ。イライラするわ。
セリアのことは前から気に入らなかった。慧眼の令嬢とか、ポンサールの秘蔵っ子とか言われて、周りにちやほやされていたの。
わたし、一生懸命やっていますアピールがひどくてね。鼻についたわ。だから、全部を奪ってやろうと思ったの。ブリュノ様も、王子妃という立場も。
ブリュノ様に近づくのは、案外、簡単だった。彼はひとりで庭を眺める習慣があったのよ。そして、わたくしのお父様は庭園の一角に作られた施設で、陛下のための薬を研究していたわ。わたくしは研究所に付いてきたのよ。
ひとりで庭園を散策しているブリュノ様に出会い、最初は塩対応だったけど、そのうちに話をしてくれるようになったわ。
ま、話の内容は、セリアと王太子殿下の愚痴だったけど。
――セリアは細かすぎる。口を開けば予算、予算と煩わしい。
ブリュノ様とセリアはうまくいっていなかった。国のための婚約とはいえ、ブリュノ様はセリアを煙たがっているようだった。
王太子殿下とも、ブリュノ様は不仲らしい。
王太子殿下は公平な王の血を引き継いだ堅実な人と言われているけど、わたくしに言わせると人間味がなくて面白くない方だ。
その点、ブリュノ様はいいわ。めいっぱい劣等感を腹にためていて、不満をわたくしに垂れるしかできない。ちょろそうで、可愛いじゃない?
わたくしはブリュノ様の話を熱心に聞いて、ある贈り物をした。
お父様がお母様を口説いた時に使った自作の軟膏よ。わたくしのお父様は情熱的な方で、どうしてもお母様が欲しかったんですって。
手荒れによく効くからという理由で、ブリュノ様に軟膏を送った。そして、手紙も添えたわ。
――あなたは素晴らしい人。
あなたを認めない人のほうがおかしい。
あなたは間違っていない。
あなたはあなたのままでいい。
あなたは常に正しく、王の器がある人です。
ブリュノ様は軟膏を気に入ってくれたわ。軟膏の効果は抜群で、二ヶ月も経てば、ブリュノ様はわたくしにすがるようになっていった。
彼が求める分だけ、わたくしは言葉を、体を捧げたの。
それに比例して、ブリュノ様のセリアへの態度も変わった。
ブリュノ様はセリアに対して、一層、冷たくなり、時には大声で叱責する場面も見られた。
仕上げに爆弾の贈り物をされたと泣いたら、ブリュノ様はあっさり信じてくれたの。メッセージカードを見て、セリアが犯人だって決めつけてね。
セリアが泣いて烙印を押されるところを見たときは、胸がスッとした。
セリアが惨めに追放された後は、王宮の周りにいた記者に情報を流したの。あの者たちはゴシップを欲していたから、すぐに食いついたわ。
それから、ブリュノ様との婚姻が決まって笑いが止まらなかった。
――ざまあみろ。わたくしの勝ちだ。
「……それなのに、あの女の顔をまた見るなんて」
ま、でもいいわ。
正体を暴いて、見せしめにすればいい。いくら帝国とはいえ、身分を詐称した者を使者に送り付けてくるなんて非礼だ。さっさと追い出してしまえばいいのよ。
あの女の肌には、消せない烙印があるのだから。