人間界 セリカ編 10
人間界に来て3日目の朝を迎えた。
木の天井が、メルサの宿では無いと気付かせてくれる。
人間界の死者の村、そこの冒険者ギルドの一室で目を覚ました。
外を見ると、まだ薄暗い空。 太陽はまだ昇っていないようだ。
ギルドの裏手が見える窓。 昨日焚火をしていた所が綺麗に成って、カレンが鎌を振っている。
カレンは魔界でも私より早かった。 寝ているんだろうか。
アズラとミズラは一つのベッドに窮屈そうに寝ている。
横に成った彼等は、顔を合わせて未だスヤスヤと眠っていた。
起こすのも悪いと思い、大剣を持って、そのまま部屋を出る。
扉が6個ある廊下、その途中に階段がある。 もうカレンが凍らせた部分は普通に戻っているようだ。
全て木で出来た建物からは、冷気も感じられない。
今日は村人の引っ越しの手伝いをするんだと、誰に声を掛けようと思いながら階段を降りて行った。
「セリカ、聞いてくれよロックの奴全部持って行きやがった。」
「そんな大きな声でどうしたのさ、ジッダ。」
「だから、全部持って行きやがったんだ。 金が全部ねぇんだ。」
ジッダがカウンターから叫んでくる。 その奥は泥棒に入られたように全ての棚がひっくり返っている。
「全部取られちゃいましたね。」
サリーがカウンターの右側の定位置で、また体を机に伏せながら顔だけジッダの方を向いて話している。
「サリー、お前の所の棚も何か無いのかよ。」
「私は元々なにもしてませんからね。」
「そうだな、お前何もしてないもんな。」
「お金が無いのかい? 途中で稼げば良いじゃないのさ。」
「食料とかいろいろあんだろ。 途中の関所も金無いとまともに通れないだろうしよ。」
「関所なんてあるのかい? 食べ物は途中で取ればいいのさ。」
「エルフの国に入るのに関所が残ってるはずなんだ。 俺等は逃亡者な訳だから、そこの兵に裏金渡さないと通れないぞ。
食料は、お前らと違って他の奴は魔物なんて狩れないんだよ!」
「私達の金使えば良いのさ。 村人の分も狩ればいいのさ。」
「良いのか? どっちもお前らの物だぞ。」
「その代わり、服を貰うのさ。 それでいいのさ。」
「全然、釣り合ってないぞ。」
ジッダがなんだかんだ言って来る。
元々服を買うために稼いだお金だ、それでいいと思ってるのに……
最後にサリーが「どっちにしても、私達にお金無いですけどね。 」 と言って、ジッダが折れた。
二人はまだ使える物を探すとの事で、そのまま作業を続けるようだ。 簡単に挨拶を済ませて、冒険者ギルドの外に出る。
相変わらずの農村の風景。 でも今日は各家の前に馬車が並んで、皆で何かを積んでいる。
ヒヒより、2周りも小さい馬。 それが1頭づつ、馬車につながれている。
幌が無い馬車には、棚や家具が乱雑に積み重なっている。
まだ日も昇っていないのに、早く準備を進める村民達。 その顔は皆必死で額の汗を拭いながら準備をしている。
冒険者ギルドの前にも一つ置かれている馬車。
そのホロ付きの馬車には、酒場から持ってきたのだろうか、ランプや酒瓶等が乱雑に積まれていた。
邪魔してはいけないと思い、そのまま冒険者ギルドの裏手に向かう。
「カレン、おはようなのさ。 早くから熱心だねぇ。」
依然鎌を振り続けるカレン、彼女の額にも汗が見えた。
「セリカ様、おはようございます。 昨日ミズラと一緒に振っていると、体が疼いてしまいまして。」
鎌からは魔力を感じない。 ただ力で振っているだけを繰り返しているカレン。
ジャケットを脱いだカレンは、シャツだけの姿でそのまま、また鎌を振り続ける。
私もやろうと、ジャケットを脱いで横で一緒に成って大剣の素振りをしていた。
「セリカさん、カレンさん、おはようございます。」
「二人とも、おはようだぜ。 俺達が一番遅かったな。」
2階の窓から声を掛けてくるアズラとミズラ。
アズラの青い髪がボサボサに成っている。
「おはようございます。 ミドラさん、アズラさん。」
「ちゃんと準備してから出てくるのさ。」
二人は返事をすると、窓の中に顔をひっこめた。
そこから、カレンと2人が来るまでひたすら素振りを続ける。
昨日も似た様な事をやっていた気がする。
「赤髪のおねえちゃん。 大きな剣すごい!」
横から声を掛けてくる少女。 昨日私が救った少女のサーシャが声を掛けて来た。
手には、布を両手で抱えてきている。
「家の準備は良いのかね?」
「もう終わったの。 少なくていい事もあるの! あとこれ、言ってた服なの。」
両手で持ってきていた服をサーシャから貰い、後でミドラとアズラに着させてやろうと少し草が生えている所に置いた。
「取りに行ったのさ。 わざわざ持ってきてくれたんだねぇ。 すまないねぇ。」
「いいの。 ウチは畑も小さいし。 私は手伝えないの。」
「そうかね、でもお婆一人じゃないのさ?」
「そうなの。 実は…… 出来たら手伝ってほしいの。 ミカエラ一人だと全部取り切れないの。」
少し顔を俯き加減で話すサーシャ。 言いにくかったのだろうか途中で言葉を詰まらせていた。
「いいのさ、元からそのつもりなのさ。」
「いいの? うれしいの!」
頭を撫でながら言ってあげると、顔を笑顔にして全身で喜びを返すサーシャ。
ラーナを思い出すようなその仕草。 少し魔界が恋しくなる。
「セリカ様。 私が行ってきましょうか?」
「いいのさ、皆揃ってからいくのさ。」
周りを見渡すと、馬車の周りから人が消えて、皆、桑やら斧を持って家から出てくる。
村のほとんどを閉める畑。
そこから作物を取って彼等の新天地での資金源にするのだと、昨日言っていた。
プロトンの奴らに取られるぐらいなら、それを言っていた村人の顔が思い返される。
「すいません、お待たせしました。」
「ミズラの髪大変なんだぜ。」
二人がギルドの裏に降りて来た。
ボサボサの髪はなんとかまとまっている。
「生活魔法使えないのかね?」
「なんですかそれ? 生活魔法?」
「そんなの聞いたことないんだぜ。」
「生活魔法ってなんなのです?」
私もカレンも、髪の毛が魔力で整えている。 体も服もそうだ。
彼等は使えないのだろうか、カレンに目配せして、私はミズラの髪と体を綺麗にしてあげる。
カレンはアズラの方に魔法を掛けていた。
汚れを取る魔法、魔界では魔獣も基本的にこれを使っていた。
匂いがするとすぐに居場所がばれてしまうからだ。 基本中の基本出来て当たり前。 そう思って居た。
「体がスッキリします! 髪がサラサラに成りました!」
「俺も体がスッキリしたぜ。 助かるんだぜカレン。」
二人は使えないようだ。 知らないのかもしれない。 後で教えてあげよう。
サーシャが私の指を手で握って引っ張っている。 そのまま彼女にも掛けてあげる。
「すごいの! すっきりするの!」
よっぽど痛んでいたのか、サーシャの髪も綺麗な茶色に変わった。
また両手を挙げて喜ぶサーシャを皆で笑顔で見守っていた。
「サーシャはいっつもどうしてるのさ?」
「ウチは井戸の水をバシャーてするの。」
両手を上げて、頭の上で何かをひっくり返す動作を繰り返すサーシャ。
人間はわざわざ水を汲んで、それを浴びているようだ。
ミズラとアズラにサーシャの持ってきた服を渡す。
着方が解らないというので、二人に着させてあげた。
少し胸の窮屈なミズラの服。 なんとか入ったが、本人はキツイと少し不満そうだ。
アズラはすんなりと入った。 その服を着て自分を見回している。
布の靴は大分くたびれていたのもあって、すんなり入った。
服も靴も、一応生活魔法を掛けておく。
「サーシャにお礼を言うのさ。 彼女がくれたのさ。」
「サーシャちゃん、ありがとうです。」
「サーシャ、感謝するんだぜ。」
「良いの。 どうせ、余りものなの。」
二人でローブを羽織りなおして、サーシャの頭を撫でて、お礼を言っていた。
サーシャは頭を撫でられて喜んでいる。
それをじっと黙って見ているカレン。 後で皆が居ないところで褒めてあげようと思うのだった。
汗を魔力で飛ばして、ジャケットを羽織る。
そのままサーシャの家にサーシャと、5人で向かった。
カレンがサーシャを肩車している。 楽しそうに話している二人。
その横でミズラ
途中で昨日見かけた村人たちが挨拶してくる。 「昨日は、お肉ありがとう。」 そんな声を聞きながら、道の無い畑が無い所を進んでいく。
ギルドの建物の真横、その村の果て木の柵の傍に、ボロボロの木の家があった。
目の前には小さな石を積み上げて出来た井戸。
馬の居ない馬車には、布にかぶされた小さな山、その横には木の棒が少し山に成って置いてある。
「みんな、サーシャのおうちなの。」
サーシャはテトテトと家の中に入って行った。
木の扉を開けて、中を見るとすぐにキョロキョロしだす、サーシャ。
「ミカエラなの!」
畑の方に指を刺す。 そこに腰の曲がった老婆が、老いた馬の背に、掘り出してある人参を乗せていた。
魔界と変わらないその姿。 野菜の姿は変わらないようだ。
「サーシャどこに行ってたんだね。 村から出るんだろ? 野菜をできるだけ取っておかないとねぇ。」
しゃがれた声で、叫ぶ老婆にサーシャが走って向かって行く。
私達も畑の畝を踏まないように気を付けてその老婆の元に向かった。
「噂の異国人さんかのぉ。 サーシャの面倒見てくれて、ありがとうねぇ。」
「ミカエラ、赤い髪がセリカなの私を助けてくれたの!」
「セリカとやら、 ありがとう。 ありがとう。」
ゆっくり話すミカエラ、腰が曲がってしまって居るのか、腰を曲げたまま、小さく頭を下げている。
「いいのさ。 私の好きでやったのさ。」
「そうです。 あのロックとか言うのが悪いんです。」
「あの人間は、許せませんでした。」
老婆は変わらず頭を下げる。 手に人参を持ったまま。
「私達手伝いに来たのさ。 何処まで取ればいいのさ。」
「手伝ってくれるのかい? ありがたいねぇ。 サーシャ教えてあげてくれるかね?」
「ミカエラ、分かったの。」
そこから武器を置いて、サーシャに言われた所の野菜を掘り返して積み上げていく。
芋や人参、何かの葉っぱ。
すぐに切れてしまうツルを、魔力で少し強化しながら力任せに引っこ抜くと簡単に抜けた。
見ていたカレンも容量を掴んだようで、同じようにひたすら抜いていく。
ミドラとアズラは土の中に手を突っ込んでいた。
4人でやっていると、サーシャに言われた範囲はすぐに終わってしまう。
「はやいの! なんでこんなに綺麗に抜けるの?」
「セリカさんとカレンさんが、おかしいのです。」
「二人早すぎるんだぜ。」
「コツを掴めば簡単なのさ。」
「セリカ様のおかげです。」
とりあえず抜いた作物を、カレンと私の肩に担ぎ上げる。
鹿の時と同じように作物の山を二人で持って、ミカエラの元へ戻る。
周りで桑を持って掘り返している村人がこっちを指さして何か言っていた。
疲れているのか、畝に腰を下ろしていたミカエラ。
私とカレンを見て、目を細くしている。
「わたしゃ目はまだ良いはずなんだがねぇ。 何か山が歩いて来たよ。」
目をこすって、もう一度私とカレンを見たミカエラは口を開けて、固まってしまった。
「ミカエラ、これはどこに置けばいいのさ。」
「馬車に積んでくれるとありがたいね。 こいつで引けるのかねぇ。」
余り動きの良くない老いた馬、何かその目が他と比べて遠い。
とりあえず、家の前にあった馬車に肩に担いでいた作物を全部載せる。
付いている草は売れないというので、全部爪で切り取ってから馬車に乗せた。
広かった馬車が作物で一杯になる。
「これだけあれば十分だぁねぇ。 助かったねぇ。」
慣れた手つきで、馬に治具を取り付けるミカエラは、そのまま馬車にゆっくり乗って、手綱を握る。
「サーシャも乗って行くかの? 村の真ん中まで、行くかねぇ。」
「サーシャはセリカ達と行くの。 ミカエラは足が悪いし先に行くと良いの。」
「そうかい。 じゃぁお先じゃ。」
手綱を縦に振ると、老いた馬はゆっくり道なき道を歩き出した。
私達もその後を追って歩いていく。
「あの、すいません。 私達の畑も手伝っていただけないでしょうか。」
「あんたは昨日の人なのさ。」
「はい、昨日はありがとうございました。 娘のゾーイも喜んでいました。」
「ゾーイちゃんのお母さんなの。 エミリーなの。」
昨日最初に肉を食べさせてくれないかと、声を掛けて来た女性。エミリーと言うようだ。
髪の毛を後ろで縛って、農作業をしていたのか膝から下が土で汚れている。
「ゾーイちゃんはどこに居るの?」
「サーシャちゃん。 先にギルドの方に行ったわよ。」
「サーシャは先に行ってるかね? 私はカレンと手伝うのさ。 ミズラとアズラはサーシャを見といてくれるかねぇ。」
「セリカさん、先に待ってますね。」
「二人は速いからなぁ。」
また嬉しそうな顔をするサーシャは、承諾してくれたミドラとアズラの真ん中で二人の手を握って、テトテトと歩いて行った。
そこからエミリーを手伝う。 やることは同じで、ひたすら抜いて、馬車に積むだけ。
途中で他の村人にも声を掛けられた。 ついでだったので、カレンと二人で村中の畑から作物を抜くだけ抜いた。
一部は運んで馬車に乗せたが、ほとんど村人は自分で馬車に積み込んでいく。
気付くと、もう太陽が真上に昇っていた。




