魔界編 ススカ 62 ~セリカ編 13~
ダンテの敬礼を受けて動き出したヒヒは、そこからスピードを上げて、街道を進む。
若干の小走り。 他の馬車や人をスイスイ抜いていく。
でも昨日の鉄の馬車みたいにお尻が痛く無い。 ヒヒが上手いのかもしれない。
思い返せば初めて馬車で街を出た。
そんなに経っていない時間。
森で主と会い、ルルと会って。
この道を走って、ススカにやってきた。
最初ススカに着くまでの風景を逆回ししているようだ。
思い出を頭で振り返りながら、前から抜けてくる風を楽しんでいる。
主は、これからの話し合いを考えているのか喋らない。
たまに目が合うが笑顔だけを返してくれる。
別に気まずいわけじゃない。 主との仲だ。 何も気に成らなかった。
三叉路を抜けて、人が一気に減る。
あのあぜ道の入り口が見えてくる。
主が初めて放った黒いレーザー、街道の所だけが綺麗に治っていた。
この先はベルゼブブの城があるのみだ。
私も実際きちんと見た事が無い。 ヒヒならば知っているだろうか。
久しぶりに声を出す。
「ヒヒ、ベルゼブブってのはどんな奴なんだい?」
「俺も見た事ねぇんだぜ。 ススカの街には一度も来たことが無いみたいだぜ。」
一回も来てないのに所有者なのか。
「来た事も無いのに、所有者だったの?」
主も同じ意見の様だ。 魔人の世界は不思議だ。
「そこらへんは俺も解らないんだぜ。 でもどこの領土でも魔王を見る機会なんて無いと思うんだぜ。」
他の領土、主の領土はベルゼブブにとって、他の領土か。
「そうなの? 本当に居るのそれ。」
私もきちんと見たことは無い、あれは別人だった可能性もある。
「すまないんだぜ、ルシファーだけは、よく見るって聞いたんだぜ。」
「そうなんだ、全部ルシファーだったりしてね。」
主にしたらどれも変わらないと思うけどねぇ。
「正直解らないんだぜ、ただ城は確かにあるぜ。」
ヒヒは城は見たことがあるのか。
「どんな所なのさ、ベルゼブブの城ってのはさ。」
主のススカより貧相な街なんだろうどうせ。
「なんもないぜ、テントと城しかねぇぜ。 俺も柵の外からしか見た事ねぇんだぜ。」
やっぱりそうだった、主より良い町に暮らしているとか許せない。
「あとドラゴンの山が近くにあるぜ、それぐらいだぜ。」
ドラゴン、龍と違うその姿、だが同じ竜種。 一度見てみたいものだ。
もしかして見れるのかな?
「すまないんだぜ、もし手が空いてたらそこの人参投げてほしいんだぜ。」
ヒヒは人参が好きだ。 この馬車にも一杯載っている。
それを拾って走っているヒヒに投げてやる。
私達も何か持ってくればよかった。 人も魔獣の気配もしない。 正直暇だ。
「すまねぇんだぜ、流石に何か持ってくると思ったんだぜ。」
ヒヒが軽く成って良いと思うんだね。
別に思って居ないが暇で少しヒヒをおちょくりたかった。
ポイポイその間も人参を投げる。 口でキャッチするヒヒ。
案外面白いなこれ。
「悪かったんだぜ、勘弁してくれよ。」
それでもムシャムシャ人参を食べ続けるヒヒ。
まぁお互い様か。 飽きるまで人参を投げていた。
飽きてしまった。
またヒヒの歩く音と、馬車の走る音だけが聞こえる。
主は相変わらず何か考えている様だ。
少し風景が変わる。
遠くに見える山が岩山に成ってくる。
ヒヒ曰く、ベルゼブブが全て食ってしまったらしい。
余程食べるんだなベルゼブブは、山ってどんな味するのかな。
「見えて来たぜ、あれがベルゼブブの城の街だ。」
鉄の柵の奥にテントが沢山、その奥に一つ大きな四角い城。
あれがベルゼブブの城の様だ。
大きな存在は感じない。 城から2個ほど少し他と比べて大きい存在を感じる。
でもそれだけだ。 少し気が抜けた。 危なくなるような事は無さそうだ。
ヒヒは進む。
道の両端にサイクロプスが立っている。 ルルの村で見た奴。
門番だろうか。 こちらを見ている。
デカイあいつ等、幌が邪魔で脚しか見えなくなる。
「何の用だ、オロバス。 今日の納品は終わったぞ。」
主が馬車から降りた。 それに私も付いて馬車を降りる。
「"角なし"が、なんでこんな所に居るんだ。」
"角なし"久しぶりに聞いたその言葉。
空っぽだった私の身体が急に魔力で満たされる。 体に力が入る。
その言葉はダメだ、主が禁止と言っていたではないか。
「セリカ。」
主に私の名前を呼んでいる。
そうだ戦いに来たんじゃないんだ。 無理やり体を静める。 ゆっくりと頭を冷やした。
「ススカの街から来たの、ベルゼブブと話がしたいのだけど。」
「ベルゼブブ様とだと、お前よく見ると美人だな。 俺が使ってやるよ。」
サイクロプスの手が主に伸びる。
せっかく沈めた魔力、お腹の中でグルグル回り出してしまう。
主は話をしに来たんだ、お前たちは戦いたいのか? 私の主に手を出すのか?
雑魚に用は無いんだ、そこをどけ。
「な、なんだお前。 竜人か!?」
何か他のサイクロプスも出てくる。 ドスドスうるさい足音。
まともに話す気無いんじゃないのか?
でも主が何もしていないんだ。 収まるんだ私。
「生きがいいのがいるじゃねぇか。 ここが城前だってわかってんのか?」
どこだろうが良い。 ベルゼブブと話をさせろ。
「ベルゼブブ様に会わせろだって? 角なしの癖に?」
また言った。 こいつ等……
ダメだ主は争いに来たんじゃないんだ。
「10秒待ってやるのさ、返事をよこすのさ。」
少しだけ時間をやろう。 返事をさっさとしてベルゼブブに会わせろ。
「そんなもん返事はこれに決まってんだろ!」
サイクロプスが足を上げた。 主を踏みつぶそうとしている。
話す気無いのかい? 脳が抑制を止めてしまった。
その舐めた態度二度と出来ないようにしてやる。 関節の一つぐらいいいだろ。
脚を横薙ぎで関節をずらす!
脚が切れてしまった。 刃を出していないのに。
大剣が嬉しそうにしている。 コテツに掘って貰った所から何か出ているのかもしれない。
崩れるサイクロプス。 だがまだこいつらは話し合おうとしない。
呻いている足を切ったサイクロプスの胸の上に乗る。
喉元に大剣を突き付ける。 私は本気だ。
返事が無ければお前ら全員殺してベルゼブブに会えばいいんだ。
主は優しすぎる。
まだ何も言わないこいつ等。
適当だカウントを続ける。
「後5秒だねぇ。」
「わ、わかった竜人待て、聞くだけ聞いてやる。」
最初からそうしてれば良いのだ、さっさと行け。
お前らも動いたらどうなるか解ってるんだろうな。
ひたすら睨みつける。
主が出来るだけ話しやすくする為だ、必死で抑える。
城からさっきのサイクロプスが戻ってきた。
遅い! 抑えているのも大変なんだぞ!
「お、驚くなよ。 お会いになるそうだ。 来い。」
言い方が気に食わないが、主の話し合いの方が大事だ。
主に馬車へ乗るように言う。
「セリカねぇさん、俺も行くんですかい?」
ヒヒはサイクロプスの真ん中で一人で待つのかね?
主が乗り込んだ。
鉄柵が邪魔だ。 道を無視するように生えているその柵。
誰が作ったのか、邪魔でしかない。
気付いたら道幅分すべて溶かしていた。
たわいもない、ただの鉄柵。
私もヒヒの馬車に乗り込む。
ヒヒに進むように言う。
なんとか抑えられた。 馬車の中でひたすら自分を抑える。
主も別に気にしていない様だ。
「会話しに来たんだよな……。」
ヒヒ私をまた怒らせたいのかね?
脚を切ってしまったのは予想外だった。
相変わらず小さい存在が無数に周囲に居る。
ドスドス歩くサイクロプスの足音がうっとおしい。
その中を進む。 何か変な気配がしたら直ぐにでも出れるよう剣を握りしめたまま、心を落ち着かせる。
周囲が暗く成った、中に入ったようだ。
何も無い石の廊下。 その景色がしばらく続く。
何かデカイ鎧の先に大きな扉がある。
鎧がその扉を開けた。
焼けた肉の匂い。 それがその扉を開けた瞬間から充満する。
その中に入って行くヒヒ。
突然現れたカーペット。 それが壁を昇っている。
上の方からあの存在を感じる。 やはり脅威になるような者ではない。
「止まれ、控えよ。 ベルゼブブ様の御前にある。」
何やら声が聞こえる。 ベルゼブブの前? あれがベルゼブブの存在か。
こんなのどうでも良いじゃないか主。
ヒヒが止まって、主が馬車から降りた。
私も続いて外に出る。
左からデーモンが2人と何故かプチデーモンが1匹。
上の方から私達を見下ろしている。
デーモンの一人は座って、肉を食っていた。
その椅子の後ろには山盛りの肉。
少し不思議な光景だった。
「控えろと言っている、わからないのか。」
一番左に居るデーモンが何か叫んでいる。 何様だろうか。
「ヒヒ良いわよ、頭下げなくて。」
主がヒヒに言う。 そうだぞヒヒ。
こんなのに怯えてたら、ルルが怒ったのを見ただけで死んでしまうぞ。
「貴様、何しに来たのだ! 殺すぞ!」
殺す? 出来るのかもわからないのかこの男。
「おい、もういいアスタロト。」
「し、しかしベルゼブブ様。」
出しゃばっている男はアスタロトと言うようだ。
座って肉食ってるのがベルゼブブか。
対して何も感じない。 ただ勇者の様な見た目だけが少し引っかかる。
「ベルゼブブ、あんたに話しに来たのよ。」
「あ、あんたって不敬だッピ。」
「リリスも黙れ。」
ブチデーモンも何か喋った。 骸骨のは見たことないな。
ベルゼブブは案外、解っているのかもしれない。 周囲を黙らせる。
主とベルゼブブが話を始めた。
軽く紹介をした後、ススカが主の物に成ったんだと伝える。
「ススカの街が? おのれ戦争をしに来たのか!」
またあのローブが叫んでいる。 あいつ黙らせてやろうか。
「アスタロト黙れ、話に成らんぞ。」
ベルゼブブがローブを黙らせた。
案外まともなのかもしれんベルゼブブ。
ただ食うのを辞めない。 ずっと何か食べている。
ローブが黙って、主とベルゼブブの会話が再開される。
ベルゼブブがススカの魔人を全員殺したのか?と聞いてきた。
全部殺したら主の物になるのか。 ここもそれで良いんじゃないか?
主が勇者を倒したら変わったというと、プチデーモンが会話に入ってきた。
無視するように勧めるベルゼブブ。
主に人間界を滅ぼしたのかと聞いている。
「人間界? そんな事してないわよ。」
「ゼロか、大した事ねぇな。」
「貴方、人間界滅ぼした事あるの?」
「俺は、3だな。 それで魔王に成った。 ルシファーが5で俺が二番目だ。」
ベルゼブブで3なら私は100は行けそうだ。
ルシファーでも5なのか、人間界ってどうやっていくんだ?
「ねぇ、人間界ってどうやって行くのよ。」
主も同じことを聞いている。
行くのかね? 主、私も行くぞ!
「行くのか? 街持ったらいけねぇよ。 サタンの所とルシファーの所に門がある。 そこから行ける。
どこに跳ぶかわかんねぇけどな。」
門があるのか、そういえば勇者もサタン領から来てたとか聞いたな。
案外近くなのかもしれない。
主が求めた要求は結局全て通った。
ススカの街、街道には手出ししない事。 飯の街との貿易許可。
なにかあっさりだ、こんなもんか。
「言いたいことは言ったわ。 あんたの横に居るプチデーモン何なのよ、
私の仲間がプチデーモンってだけで辛い思いしてるんだけど?」
そうだ私も気になる。 ルルがあんな思いをしてたのに、ここで普通に喋っているあいつは何なんだ。
「おい、リリスどういう事なんだよ。」
「同族はリリス以外要らないっピ。 そういう事だっピ。」
「どういう事なんだよ、リリス。」
「私も同族は私だけで良いですね。」
「アスタロトもかよ。 めんどくせぇなぁ。 お前の所持って行けよ、それでいいだろ?」
ベルゼブブも知らなかったような口ぶり。
こいつ等二人のせいか。 飄々としたその言葉に少し手に力が入る。
やってしまえば良いのでは。 体が動こうとする。
「えぇ、私は良いわよ。」
主は何もしない様だ。 ルルが来なくて良かったなお前ら。
用事は終わった、こんな所すぐに出よう。 そしてあの森でこれを発散させよう。
主がまた私を見て笑顔で頷いた。
私も少し感情の抑制を練習しなくてはだめだ。 すぐに頭に魔力が昇ってしまう。
そんな事を考えながら、馬車に乗って、城を出た。




