魔界編 序章 6 ~ルル編~
小さい枝の様な囲いに囲われた小さい土壁と、近くの草で作った家。
3回目に見る、私の集落だ。
私達は突然現れる。
親とか兄弟とかは無い。
そして何も得ることはできない。
魂も肉体も食らう事は出来ないのだ。
ただ寝る事によって魔力が充電される。
その魔力が尽きると消えてしまう。
それが私達ブチデーモンという種族だ。
何故か集落に現れる私達。
大体消えてしまった仲間の家をあてがわれる。
唯一の娯楽は自分たちで命を削って出す水で体を洗う事だけ。
普段、鉱山労働者の世話としてその宿舎で家事をしている私。
鉱山働くオークやコボルトが、肉や酒を飲んでいるのを羨ましく思う。
何も得れない私たちは、強くは成れない。ただ消費されていくだけの仲間。
この種族が大嫌いだった。
2年働いて1カ月戻る。
そのサイクルを繰り返す私に与えられた労働。
少しでも手を抜くと虫の様に潰される。
一緒に居る仲間は変わりすぎて名前しか知らない。
日々、死の恐怖に怯えながら過ごしている。
やっと2年が過ぎた。
久々の集落へ帰る日だ。
だが私達最弱は、集落に帰るのにも危険が付きまとう。
魔物に襲われればひとたまりも無く、途中魔人に会えば遊びで殺されてしまう。
羽があって飛べるが、それは目立ってしまうので歩いて帰る。
この短い脚、帰るのに10日以上ももかかってしまう。
山を下り、草原を抜ける。
魔人に会わないように街道は進めない。
ただその街道が見えるギリギリの所を進むのだ。
やっと村に通じるあぜ道まで来た。
ここからは道を歩く、森で魔物に襲われない為だ。
未開の森のすぐそばにある私の集落まであぜ道を歩くこと3日、私の故郷に付いた。
久々の家に入ると、そこには粗末な藁のベッドが敷いてあるだけ。
ここで眠って魔力を回復させるとまた同じ道を戻り労働に帰る。
そんな生活の為、村で会話する事もほとんどない。
5日ほど経っただろうか、誰か職場に帰らなかったのか30匹のサイクロプス達が現れた。
アイツらはベルゼブブ軍の下っ端で、私たちを見るとすぐ虐める。
「おい、プチデビル俺達を手伝え。」
言われるがままにしないと殺される。
サイクロプス達が持ってきた木を集落全員で石で削り、簡易的な防衛柵を未開の森の方へ向ける。
その柵の作成途中に何人も仲間は殺された。
何もしていない、サイクロプス達が暇なだけだ。
「未開の森で魔物が溢れている。ここで防衛するから手伝え。魔法打てるだろ?」
サイクロプス達の前に並ばされる私達。
私達は命を削って魔法を放てる、撃てても6発程度の弱い魔法だが。
それがこの村の総勢40匹余りの私たちが一斉に放っても、未開の森の魔物に効くとは思えない。
単純に遊ばれている気がした。
森はいつも通り風で気が揺れ、虫が行きかっている。
なんの変哲もない森。
「このまま魔物が現れるまで待機。」
少し奥に見える巨木が沢山生えている所が、未開の森だ。
何も無い時間が流れる。
「暇だな、おいお前ちょっと来い。」
横の仲間が呼び出される。
「な、なんでしょうか。」
「喋ってんじゃねぇよ。」
振り上げられる足、そのままサイクロプスに潰されてしまった。
私達は奴隷として扱われ、喋るだけで殺されてしまう。
ただの日常だ。
笑っていたサイクロプスが急に槍を構える。
私も未開の森の方に手を出し魔法の準備をする。
何かしても殺されるし、何もしないでも殺されるのだ。
サッっと瞬間草が割れる。
そこに、白髪の綺麗な女の魔人が現れる。
その後に吹いて来る風、全て彼女の後ろから押し出された風が集落を襲う。
「おい、魔人か? 森から出てきたぞ。」
「角無いぞ、下級じゃねぇか。」
サイクロプス達が一斉に何か喋り始める。
私達は喋ってはいけない。魔人様達の前だ。
その綺麗な女の魔人、確かに角か見当たらない。
角無しの魔人は私達よりましだが、奴隷の様な扱いを受けている。
まぁ、彼等も私達で遊んで命を奪っていく存在なのだが。
「すいません。 森から出た事が無くて、この辺について教えてもらえないでしょうか?」
綺麗な声で話す彼女、森から出た事が無い?
バカな話を振りまいている。
だがその声から濃い魔力を感じた。
もしかすると本当なのかもしれない。
「よく見ると上玉だ。 仕事前に楽しもうぜ。」
角無しの美人だ、サイクロプス達からすればオモチャだろう。
あの綺麗な人も遊ばれて死ぬんだ。
でも口から発せられた魔力に思わず思った事を口から出してしまう、
「あれ、強いですよ。 魔力が滲み出てます。」
「ルル、喋ったら………」
仲間が注意してくる。そうだ魔人様の前に居るんだった。
「あれが強い? お前で確かめてやるよ!」
私より大きな手が私を掴む。
大きく振りかぶられた私はその力に抗う事も出来ず、柵を超え、彼女の前に投げ入れられる。
掴まれた時の反動で体が痛い。
気が遠くなる。
「あなた、大丈夫?」
あの彼女の綺麗な声。私生きていたんだ。
羽を動かし浮き上がる。
横に倒れるサイクロプスその右手が何故か無く成っている。
でもそれ以外何もなく、目が生きているように新鮮だ。
彼女に返事をしなくては。
でも喋ったら殺されるかもしれない。
その赤い目を見た時、暖かい魔力に包まれた。
他の魔人とは違うその目に心が動揺する。
「貴方無事だったんですね!」
彼女が無事でよかった、そう思った。
やはり殺される事は無さそうだ。
後ろで逃げるサイクロプス達の音が聞こえる。
ふと振り返ってしまう。
何があったのか仲間たちの残骸で、その場所は埋め尽くされていた。
「私のせい………。」
私が喋ったからこうなったんだ。なんでこうなってしまうのか。
でもただの日常だ。
何回と見て来た風景に自分の故郷が重なっているだけ。
そう自分に言い聞かせ、彼女に状況を聞こうとする。
いつもと違う森、何かが大量に近づいてきている。
本能が警笛を鳴らす。
魔物が近づいてきている。
彼女は何か険しい顔をしている。
そうだ逃げないと魔物が襲ってくるよ。
「魔物の群れが来てますよ! 早く逃げないと!」
強張る彼女の顔。
彼女から一番近くにあった巨木が一瞬粉々に成り、倒れていく。
"恐怖"それが支配した。彼女から発せられた恐怖に体が固まり、反射で動く羽しか動かせない。
その後も彼女から噴き出す謎の恐怖の波。
一体何が起こったのか、サイクロプス達が逃げ出したのが何故だか予想がついた。
少し時間が経つと、彼女が顔をすっと上げた。
お腹をさすっている。
あの恐怖は彼女から出ていない。
でも私は怖かった、忘れられない恐怖が思い出される。
殺される前に場の空気を良くしないと。
彼女は喋っても私を殺さない。
「凄いです。 サイクロプスを倒しちゃうなんて!」
「それを倒したのはこの子よ。」
彼女の服から出てくる、赤と褐色のストライプが入った小さい蛇。
あの警戒色には見覚えがある。
宿舎の本に書いてあったレッドデビルサーペントなのでは無いか?
「ヒッ!」
思わず後ずさる。
あの蛇は魔人達の集落を襲い何度も壊滅させている蛇、そんな物が彼女から出てくる。
その蛇を指で撫でていた。
やはり彼女は普通ではない。
服から出てきてふわふわ浮きだす蛇。
宿舎の本の注釈を思い出す。
「その蛇浮いてません? 浮くレッドデビルサーペント、まさかセリカサーペント!?」
叫んでしまった。
災害級の蛇、自由に飛び回りその毒牙で魔人を殺しまわる存在。
小さくて素早いく、とにかく攻撃性の高いそれは街をも無人に変えてしまうという伝説が頭によぎる。
「この子そういう名間なんだ。セリカだね。よろしく。」
名前じゃないけど、そんなことは良い。それは危険だ。
また頭を撫でる彼女、その舌をチロチロしている蛇。
セリカサーペントは、浮くことから警戒色を薄くするのでは無かったか、目の前の蛇はそのままの色をしている。
変異体なのか、頭がついてこない。