魔界編 ススカ 52 ~コテツ編 9~
ススカの街。 その鉄の街の北西にある商店の並ぶエリア。
そこに無数にある裏路地。 その狭い狭い裏路地は迷路のように続く。
そんな裏路地にある刀マーク看板が掲げられた店。 最近人の出入りが多く成った店その店。
店主のコテツは最近客に成った龍から寵愛を受ける。
人間のコテツ。 人間は魔力は取り込めない。
武器を媒介に魂を取り込んできた人間。
だがコテツは、その龍の魔力に強く当てられて変質してしまう。
神の居ない魔界では、他から干渉をあまり受けない。
その暴力的な量の魔力は、コテツを理から外れた方向に変質させていた。
その変質に人間の身体は悲鳴をあげる、当事者には睡眠として現れるその変質現象。
何回か人が訪れるが変質中の彼の身体は受け付けない。
外から見ていると寝ているだけにしか見えない彼は、変質の波の谷間で起きる。
通常はその間に食事などを済ませるはずが、作業に没頭した結果、今は深い眠りについていた。
ルシファー軍と、ベルゼブブ軍が攻めてきてから2日経った日。
何も受け付けない睡眠を取っていたコテツはやっと目覚める。
「コテツ! コテツ大丈夫なの!?」
メランの声、目が覚める。
目の前には白い髪赤い目のメランの顔
ここはベッドと炊事場があるだけのある俺の居住スペース。
作業場の奥にあるその居住スペースに何故かメランが居る。
「あんま、人の家入ってくるもんじゃねぇぞ。」
「コテツが2日も反応ないからじゃない。 死んだと思ったわよ。」
2日? 2日も経っているのか。
鉛のように重かった体は、やっと普通に戻ったようで体はちゃんという事を聞く。
床に敷いている布団、そろそろ干さないとな。 そんな呑気な事を考える。
「本当に大丈夫なの? なんか元気そうではあるけど。」
「あぁ、元気だぞ。 それより、一度出てもらって良いか水浴びだけしてぇ。」
作業終わりにそのまま寝てしまった体は不快感を纏っている。
生活魔法を使えないコテツは、水浴びと着替えをしないとこの不快感から解放されない。
立ち上がって、歩き出す。
それだけで膝が崩れてしまった。
「コテツ! 全然大丈夫じゃないじゃない。」
メランに抱えられて、何とか倒れるのだけは防げた。
「腹が減ったかもな。」
思い返せば何も食べていない。 体は動くんだが力は入らない。
「もう! メルサの所でご飯食べましょ。 はい生活魔法と水ね。」
途端に不快感は消える。 彼女達は魔法を使えるんだ。
水が体に染み渡る。 こんなにうまい水は初めてだ。
「すまねぇ、歩けそうにねぇや。」
「良いのよコテツ。 働きすぎじゃない?」
膝が笑っている。 体に力が入らなかった。
そこからメランに支えられて作業場に入る。
一か所に綺麗に積み重ねられた魔鉱石、誰かが入れてくれたんだろうか。
炉は相変わらずの熱を此方に浴びせてくる。
道具はきちんと仕舞ったようだ。 自分で自分を褒める。
相変わらず客の居ない店内を抜けて、肩に担がれて飛んだ。
セリカに会えるかもしれない。 俺の行きつけの店、彼女達の宿に向かう。
この飛行にも慣れた。 少し体制は違うが、眼下にススカの街が見える。
行き交う人と馬車の数は前より多いんじゃないだろうか。
違和感がある。 何かが無い。
「メラン、壁なくなってないか?」
「壁は拡大したのよ。 門もね。」
壁は拡大した? 視線を横に向ける。
かつて西門があったであろう場所、そここら街道をずっと行った場所に大きな赤い木。
ここはススカなんだろうか。
「あの木なんだよ。 あんなのあったか?」
「あれ? 生やしたのよ門の補強ね。」
訳の分からない事を言っている。
逆側を見る。 炉があった場所、そこに立派な幹が見える。
途中から噴き出す煙は4か所。
その煙が小さく見えるほどに大きな幹は、上に上に伸びて黒い葉を茂らしている。
「高炉はどこ行っちまったんだよ。 何だよあの木。」
「高炉? あの木の中よ。 あの木も生やしたの、私のお城。」
木の中にある炉? 聞いた事が無い。
お城? メランの? 本当に魔王に成ったのか彼女。
俺の知っているススカは、大きく様変わりしていた。
見慣れた宿、メルサの店。
でも周辺は大きく変わっている。 木の家や店が立ち並ぶ地域。
その中に鉄のメルサの店。
所々に生える木がススカの街とは思えなかった。
「俺10年ぐらい寝てたのか?」
「馬鹿言ってるんじゃないの。 ほら、ご飯でしょ。」
肩に担がれたまま店に入る。
多くの魔人、そういえば前に馬車が沢山止まっていた。
店を間違えたんじゃないのか。
メランが椅子に俺を降ろしてくれる。
座ったことのある木の椅子。
「コテツニャ? 大丈夫かニャ?」
ムーが居る。 メルサの店なんだろう。
メランは周りの魔人と挨拶しながら、席に着いた。
ドタドタ走って来る音、フリルの着いたワンピースを着ながら走って来る大男。
「コテツちゃん! 大丈夫? 生きてるの?」
「メルサ、何とかな。 何か食わせてくれるか?」
「そう言うと思って持ってきたわよ。」
机に置かれるお粥。 色々な野菜の入ったお粥とスプーン。
「大丈夫? 食べれる?」
少し感覚の鈍い指でスプーンを持って口に入れた。
細胞に染み渡る飯。 そういえばいつから何も食べていないのか、最後を思い出せない。
とにかく上手かった。
手が止まらないすぐ無くなるお粥。
「一杯あるから食べてねぇ!」
メルサが次々と持ってくる。
「よっぽどお腹空いてたんだニャ。」
「セリカより食べるかもね。」
席に座って驚いているムーと、ニコニコ嬉しそうに見ているメラン。
そこから必死で粥を食べ続けた。
体の底から力がみなぎって来る。 細胞に栄養が行って体が生き返る。
食べる度に体が返してくる感覚に、手が止まらない。
何杯食べただろうか、腹がパンパンに成った。
でも見る見る内に戻っていく腹。 そこから腹筋の筋が少し見えた。
俺こんなに腹筋見えたかな?
「旨かったぜ、メルサ。 助かった。」
「コテツちゃんよくそんな入ったわね。 メルサびっくりだわ。」
「ムーも、こんなにコテツが食べるの知らなかったニャ。」
「セリカより食べたかもね。」
そうだ、セリカ。 彼女はどこに居るんだろう。
辺りを見渡しても居ない。
「セリカやルルは今日は一緒じゃないのか?」
黙り込むメルサとムー。
「コテツ、ちゃんと聞いてね。」
メランが話してくれた。
ルシファー軍と、ベルゼブブ軍の侵攻を受けたススカ。
ルシファー軍の策略で転送されてしまい、彼女達は別々の人間界に飛ばされた。
メランはムーと一緒に飛ばされて、自力で帰ってきた。
セリカやルルは探しに行こうにも、どの人間界か場所が解らない。
ルシファーの侵攻があるかもしれない為、メランは残って彼女達の帰りを待っている。
今はそんな状況だと。
「なんか色々起きてたんだな、全然気付かなかったぜ。」
「コテツの寝る前の記憶っていつなの?」
「ルルに新しい刀作ったのは覚えているな。」
「死にかけるほど疲れてたもんね。」
「つい夢中になっちまってな。」
癖で頭を手で触る。 痛く無い。 手の平を思わず見るとマメが消えていた。
「あいつ等なら、何とかやってるだろ。」
「そうね、私もその辺は心配してないんだけど。 それより、コテツが死んだらダメよ。
今日は仕事禁止ね!」
「働きすぎは良くないニャ。 家で休むニャ!」
「コテツちゃん、ちゃんと休まなきゃダメよ!」
そこから皆に怒られた。 でも働かせたのあいつ等だぜ?
周りの魔人も減って来る。 朝か昼か夜か相変わらず解らない魔界。
帰りもメランに送られる。
白い月がまだ昇り切っていない、人間界で言う朝。
2日も寝たんだ。 もう良いだろと思いながら店に帰った。
「コテツ絶対今日は休むのよ。 絶対だからね!」
「ヘイヘイ、魔王様。」
「なんかしてたら、セリカに言いつけるからね!」
ニヤニヤした顔で言ってくるメランはそれを捨て台詞に上に跳んで行ってしまった。
西には大きな木がここからでも見える。
セリカの大剣の様な赤、彼女の髪の色の赤。
見慣れた店内、でも入口は上が大きく広がっている。
セリカが毎回壊す入口それを直すのは、もう諦めた。
ただの鉄の箱だったこの店の風景が、色々な思い出が見えてくる。
彼女は今この魔界に居ないんだ。 今更に成って少し寂しくなる。
胸元の革袋を無意識に握りしめていた。




