魔界編 ススカ 46 ~コテツ編 3~
セリカとメランとルルに会った初めての日。
俺の刀や剣を魔剣に変えてしまった彼女達を思い出しながらメルサの所で酒を飲んでいた。
「メルサ、お前の紹介で来た3人自分で魔剣作ってたぞ。」
「あらぁ、そうなの。 かわいい子達なのに、すごいわねぇ。。」
「ムーは、彼女達が好きなのです。」
他に誰も居ないメルサの店。
カウンター越しに、俺の酒を2人が付き合ってくれている。
試し切りに行った彼女達は、今日は宿に帰って来ないのか、馬車だけが置いてあった。
一緒に飲めると少し楽しみにしてたのにな。
「コテツちゃんは、どうだったのよ彼女達。」
「どうって、なんだよ。」
「コテツちゃん、赤く成ってるわよ。」
「コテツ真っ赤ニャ!」
ケラケラ笑いながら指摘してくるメルサとム―。
長い付き合いだが、こういう会話は初めてだ。
「酒飲んでるんだ、当たり前だろ!」
セリカ、あいつのせいだ、反射的に思い出してしまうあの出来事。
それだけで体が熱くなる。
生涯鉄しか打ってこなかった俺は、そういうのには専ら疎い。
滅茶苦茶恥ずかしい。
そこからずっとメルサとムーに揶揄われていた。
誰も来ないメルサの店。 俺の唯一の行きつけの店だ。
飲みすぎたのかもしれない、カウンターで寝てしまって居た。
今までのツケも合わせて1金貨払うと、店を出る。
「コテツちゃん、お幸せにね!」
「うるせぇ!」
起きてからも散々だ。 適当に空いている馬車を拾って鍛冶場に帰った。
もう白の時だ。 結構長居しちまったかもしれない。
馬車から眺める、いつもの様な風景、そこに張り紙があることに気付く。
<<角なしデーモン入店禁止>>
昨日は浮かれて周りを見ていなかった。
この街は種族差別が遂にここまで来たのかと、一気に気持ちが萎える。
萎える気持ちを奮い立たせ、セリカが溶かした入口の部分を修理する。
鉄板をただ仮止めするだけだけどな。
裏通りなんて夜は、誰も通りはしない。
俺の鉄"だけ"の作品なんて盗むやつは居ない。
常に開けっ放しだ。
そういえば、鉄屑が店の入り口に置いてあった。
あの納品してくる奴も時間がバラバラだ。 また今度会った時に金払わねぇと。
彼女達は一体今何をしているんだろうか。
剣の感想を聞かせてほしい、それだけだぜ勘違いすんなよ。
店の入り口の修理が済んで、炉に火を入れ始めると急に鐘が鳴った。
"カーン" "カーン"
どうせ訓練だろ、予告も何も無い訓練。 白の時に毎回やるんだ。
だが、どうも怪しい、他からも鳴っている気がする。
大通りに出ると魔人共が道の壁側に立ち何かを見ている。
俺も気に成って見に行くと、高炉の煙突が1本無く成っていた。
襲撃? 誰のだ。
勇者なのか? そう思った。
サタンが死んだだの、次はルシファー領だの、他の世界の話と思っていた。
現実味が無かった。
「君たち、戦意が無いなら1時間まってあげよう。残った者は排除するよ。」
頭に響く言葉、この無駄な1時間。 あいつ等だ勇者が来たと確信した。
でもどうする? 俺は他の街なんて知らないし、なによりこの街が好きだ。
人間界の厄介事を持ち込んだ勇者に腹が立った。
同時にカケルを思い出す。
あんなのに、俺達凡人が勝てるわけないんだ。
店でやり過ごす事に決める。 目に付かなければ殺されないだろう。
そういう目算だ、火は念のために消して、ひたすら店の中でしのぐ。
裏通りの奴は同じような境遇なのか、皆店で籠っていた。
少し振動が来る。
何があったと、つい表通りに出てしまう。
「西門へ逃げろ!」 言いまわる甲冑。
それに従って、西門に人が濁流のように流れていく。
人をかき分け、なんとか大通りの壁側までたどり着いた、高炉の煙突が無く成っていた。
残り3本全部。
この街は終わるんでは無いか。 この時初めて思った。
でも店で籠ると決めたんだ。
そう言い聞かせ、人の波をかき分ける。
北の方では血しぶきと家が舞い上がっていた。
カケルを思い出す。
問答無用で全ての魔人を殺しつくすカケル。
隠れて居る奴でも探して殺していた。
あいつらは、解るんだ。
その時、勇者がわざわざ魔人を探して殺している事を思い出したんだ。
経験値、それが欲しいが為に。
何か俺に出来ないか、頭を切り替える。
元々何をしに魔界に来た? 聖剣を作るためじゃなかったのか。
俺の剣は1本聖剣に成っている。 それでなんとか下がってもらえないか。
店の中を漁る、棚の一番奥に仕舞い込んでいたこいつ。
持ってきた9本のうちの1つ、村雨と銘打った刀。
俺が銘打った人生で2本目の刀をくれてやる。
それでなんとか成るだろう、そう思った。
外に出ると、シールドに白い光が辺り、周囲に散らばっている。
遠くで悲鳴が聞こえる。
あのレーザーの余波だけで簡単に死んでしまう。
足が震えた、死。
親父も母親も戦争で死んだ。 俺も戦争で死ぬのかと。
そういう家系なんだと自分に言い聞かせ、走った。
大通りが見えた、そのわずかな隙間で、白いシスターの恰好の女が、茶髪の鎧を着た魔人に襲い掛かっている。
聖女だろう、メグミと一緒の姿恰好、顔が少し違うだけ。
声が聞こえてくる。
「アハハハハ! もっと苦しみなさいよ!」
鎧の男の剣が砕けた。 杖に負ける剣、そのまま杖は石畳なんて無視して、地面をえぐる。
力が違いすぎる。
「もっと叫んでよ!」
鎧の男が蹴られた、見えなかった。
男の口出た血、だけが見えた。
「おいアリス、邪魔だぞ。」
「今良いとこなんだから、もうちょっと待ってよ。」
「強化魔法掛けろ、一発で終わらせる。」
「もう、わかったわよ。 消し炭に成れてよかったねクソ魔人共」
強化魔法? あの聖女が使う強化魔法。
今まで使って居なかったのか、高炉の煙突を思い出す。
街が本当に終わってしまう。
「まだ生きてんのあれ、早くしてよ。」
「お前が強化魔法掛けないからだろ!」
「ハイ、ハイ。」
強い意志を持って歩みを進める。
大事な街に成っているこの街、それを守れるのは俺しか居ない。
うぬぼれだが、そう思わないと足が進まなかった。
さっきの聖女、よく見ると血まみれの服と杖。
その横に勇者、カケルと似たような見た目。
剣先をこっちに何かしようとしてきている。
「勇者殿、我が名はコテツ、人間である。 この街は私の住んでいる街だ。 やめていただけないだろうか。」
「はぁ? 何言ってんのアイツ。」
「コテツ聞いたことあるぞ、名刀天野の製作者。」
天野? 俺が作った剣、知っているのか! 行けるかもしれない。
「おいコテツ武器持ってきてるんだろうな。」
「ちょっと! キース! こんな奴のいう事聞かなくて良いじゃん」
「武器強かったら経験値入りやすく成るだろ!」
勇者は食いついてきている。 上手くいきそうだ。
近づいて、村雨を取り出す。
献上するように、勇者に膝まづく。
「これが、我が生涯に一振りの刀、村雨にあります。」
「なんか、カッコ良さそうじゃん。くれよ。」
「やめていただけますかな?」
「いいから寄越せよ!」
脇腹を蹴られた、意識が遠のく。
甘かった、刀だけあれば良いのか。
地面にうつ伏せになる。
背中を何かが強打している。 体がしびれて感覚が無い。
勇者が俺の村雨で何かしようとしている。
馬鹿な勇者だ、それはただの鉄だぞ。
案の定投げ捨てる勇者。 聖剣の知識も無い馬鹿勇者。
最後の必死の抵抗だった。
それがこちらに向かってくる。
体があるのかもわからない、ただ殴られているのは解る。
近づいて来る勇者。 そしてまた蹴られた。
宙を舞っているのかグルグルした感覚だけがある。
俺の家族は全員、勇者に殺される家系なんだ。
ただ熱かった、体が熱い。
暴れる何かが、体の中に入ってくる。 でも優しい何か。
意識が戻る。 足か地面に付いていない、死んでいるのか?
でも石畳が見える。 褐色の長い脚、黒色のブーツ
腰に何か当たっている?
褐色の綺麗な肌。 どこかで見た……
「経験値の癖に、俺をだましてるんじゃねぇよ」
勇者の声が聞こえる。 俺生きてるのか?
「また雑魚が暴れてるのかね、この街はホントにダメだねぇ」
セリカの声だ、こいつ俺を片腕で持ってやがる。
相変わらずの馬鹿力、でもそれが助けに来てくれた。
「ルルちゃんに習ったのがこんなに早く使えるとはねぇ。」
笑っているセリカ。 綺麗なんだこいつの笑顔。
「お前なんだ! クソ!」
勇者の慌てる声。
顔を上げる、勇者が剣の先と此方に向けて、白いレーザーを放ってくる。
力ではなんとも成らんぞ。
避けろセリカ!
あの褐色の腕が目の前に伸びる。
白く染まる風景にその腕と指だけが見える。
レーザーが消えた?
セリカが消したのか? 何かした風には見えなかった。
「そんな攻撃きかないねぇ、雑魚は雑魚って言わないとわからないのかねぇ。」
雑魚? 勇者が雑魚なのか? こいつは…… 本当にバカげた奴だ。
体から力が抜ける。 緊張が一気にほぐれた。
「セリカか、お前遅いんだよ、どんだけ試し切りしたんだよ。」
思ったことを言ってしまう。 あの勇者と戦闘中なのに何か安心感があった。
「あんたに、この剣の改良の相談したかったのさ。 勝手に死にかけないでくれるかい?」
そうか、剣の改良か。 そんな心配そうな顔するなよ。 さっき笑ってたろ。
「ハハハ!その男に剣の相談だと、こんな、なまくら刀、何の価値があるんだ。」
そうだ、俺の刀は鉄の塊だ。 でも使い手によっちゃ変わるんだぜ、昨日からな。
「雑魚にはわからないのさ、なぁコテツ」
セリカは解ってんじゃないか。 お前、今度は怒ってるぞ。 コロコロ顔の変わる奴だな。
ダメだ、体を壊された反動か、意識が遠い。
「そうだな、すまんちょっと限界だ。」
そこから少し意識を失った。
赤い何かに包まれてひたすら体の中が熱い。 でも嫌な熱さじゃない。
彼女はどんな顔を今しているだろうか。 それだけを考えてしまう。
瞼の裏に、真っ赤な大剣が浮かぶ。
意識が帰って来る。
地面が見える、その先にセリカが立っている。
布が取れて露に成った剣、真っ赤な剣、瞼に現れた剣。
それを彼女が背中に背負っている。
体は寝ているのか動かない、仰向けで目だけが開いている。
「あんたが"なまくら"って呼んだ剣さ。」
「見てくれだけの剣だろぉぉぉ!」
そうだな、セリカ、俺の大剣の使われている所を見せてくれ。
向こうから勇者がでかい光の剣を振りかぶっている。
ここまで届きそうなその大きな光の剣、セリカは背中から大剣を抜き取って、真正面から受ける。
彼女らしいやり方、力の衝突。
彼女の脚元が石畳を割って大きく沈む。
「軽いねぇ、やっぱ雑魚なのさ。」
「な! 聖剣だぞ! 受け止めるなんて。」
「使い手の問題じゃないのかい? どうでも良いがね。」
そのまま大剣を振るうと、勇者は飛んで行って後ろにあった家に当たる。
圧倒的、まさにそれだった。
今まで聖女にさえ遊ばれていた。 それを彼女一人で全てを変えてしまう。
「聖剣ってのも大したことないねぇ、溶けてやがるのさ」
聖剣が溶ける? 勇者の持っていた聖剣が溶けていた。
俺の店の入り口の様に。 そら、店の入り口も溶けるわ。
何故か嬉しくなる。
「俺の剣、おまえ! いいかげんにしろよ!」
「何をだね。」
動かない体に芯まで響く恐怖の言葉、セリカは確実に怒っている。
あんな声は聞いた事が無い。
いつも飄々としている彼女。 その意思の籠った言葉は周りの風さえも止めてしまう。
静かな空間、そこをコツコツと歩き出すセリカ。
「た、助けて、ごめんなさい。」
聖女が座って助けを乞うている。
「助けないのさ。」
その姿を、見もしないセリカは、肩に担いだ大剣を片手で掃う。
地面を簡単に引き裂いたその大剣は、聖女を消し去ってしまった。
何も無かったかのように肩に戻る剣。
初めて使われた所を見た。 あの聖女を消し去る大剣。
勇者が、家を背に助けを乞い始める。
無視するように近づいていくセリカ
「ダメだね、私を怒らしたら無理だね。」
足が開いて地面を踏みしめる。 また陥没する地面。
両手で持った、大剣が地面を抉って家ごと切り上げる。
アッパースイングをかました大剣は、また何も無かったかのように肩に戻った。
その上では鉄の家が溶けて無くなっていく。
「ちっちゃい魂だねぇ。ホントに雑魚だったのさ。」
何か目の前を見て言っている彼女。
魂が見えるのか。
「あと二人居るんだ、なんとかお願いできないか。」
茶髪の鎧が言っている。 2人?全部で3人も居るのか。
「あぁ、あと二人ねぇ。 もう死んでるんじゃないかい?」
振り向いたセリカの顔はいつもの顔に戻っていた。
まだ体が動かない。 目だけが開いている。
話しかけられないもどかしい。
セリカが大剣をなにやら北の山に向けている。
剣先が赤く光る。
そのまま、突き進む赤い光。
北の山を無視して進み消えた。 山がえぐれて無く成っていた。
やっぱりこいつは滅茶苦茶だ。
「何って、あの勇者の真似なのさ。」
「真似でああなるかよ!」
俺も同意見だ。




