魔界編 ススカ 31
メランが去ったベルゼブブの城。
相変わらずベルゼブブの咀嚼音だけ聞こえてくる。
「ほんとにススカ良かったッピ? ここで殺せば戻ってきたっピ。」
「リリス最後に言っただろ、サタンが死んだからあいつが新しい魔王に成ったんだ。
しかも人間界を滅ぼしてねぇ弱い魔王だ。 魂の数が俺達と比べたら少なすぎる。」
「それがススカをやる理由に成るッピ?」
「だから、サタンが死んだらルシファーがそのまま攻めてくるかもしれねぇ。
最近ステータスも見れねぇだろ。 上がおかしいんだ、何かが動く。」
「でも弱い魔王では、ルシファーに勝てないのでは。」
「アスタロト、そこを叩くんだよ。 ルシファーとあいつが戦ってるときに俺達が全部やっちまえばいい。」
「そうですか、意外に考えてるんですね。」
「意外にとはなんだ。 リリス、ルシファーの動向を探れ、こっちに来たら俺達も出るぞ。」
「わかったっピ。 監視するっピ。」
「弱すぎて悪魔召喚に引っかからないといいけどな。」
ニヤニヤ笑うベルゼブブは、新しく来た肉をかぶりつきながら、自分の未来を思い描くのだった。
ベルゼブブの城を後にして、ススカに帰る。
その途中で、未開の森で実を取ってこなくちゃ。
「主、あんな奴あそこで殺してしまえばよかったのさ。」
「セリカ、戦争したってしょうがないじゃない。 とりあえず要望が通ったからそれで良いのよ。」
「でも、主、あんな弱い奴と交渉すること無いのさ。」
セリカがご不満な用だ。
体に力が入ったままだ。 私を思ってなんだろうけど。
「セリカにお使い頼んで良いかな?」
「主、おつかいかねぇ。」
「未開の森で、実取ってきてよ、ついでにあそこで練習してこれば良いじゃない。」
あそこ、不毛の大地。 あそこなら思いっきり剣を振れる。
ストレス発散に成るかもしれない。
「主は良いのかねぇ?」
「私はヒヒと、ゆっくり帰るから後で追いついてきてよ。」
「ありがとうなのさ、主。」
横に立て掛けてあった大剣を持ったセリカ。
そのまま飛び出して行ってしまう。
「後、なんか食べ物生むような魔獣居たらお願いね~。」
もう上空に行ってしまったセリカ。 聞こえてなくてもまぁ良いか。
ヒヒと二人で進む街道。
相変わらず、誰も居ない。
「ねぇ、ヒヒ人参要らないの?」
「貰うんだぜ。」
セリカがやってたみたいに投げる。
案外おもしろいわね、これ。
「メランねぇさん、俺厩舎辞めてきたんだぜ。」
「そうなの? 仕事無くなっちゃうじゃない。」
喋りながら人参を投げる、ヒヒもキャッチが上手い。
「そうなんだぜ。 メランねぇさんの所に雇ってもらおうと思ってたんだけど、無理だよな。」
徐々に小さく成る声、私も人参を投げるのを辞めてしまった。
「メランねぇ達は飛べるし、魔王に成っちまったんだぜ。 魔王の馬車引きがオロバスじゃ恰好つかないんだぜ。」
そんな事を気にしているのか、ヒヒは。
「食料生産の話あったんだぜ? 畑耕すのにでも使ってほしいんだぜ。」
「ヒヒは、本当はどうしたいの?」
「俺は、どうしたいのか分からなく成ってるんだぜ。」
「ヒヒがしたいようにすれば良いんじゃない? でも私はヒヒの事もう仲間だと思ってたんだけどね。」
少し間が開く、歩むのを止めないヒヒ。
「いいんだぜ? ねぇさん達の馬車引いてて俺はいいのか?」
「いいわよ、皆もそう言うと思うわ。 だってここまでヒヒずっと一緒だったじゃない。」
「本当なのか。 そうか、そうなんだぜ。 ありがとうなんだぜ。 メランねぇ」
泣き声で喋るヒヒ。
そんなに悩んでたんだ。 気付かなかった。
「それにただのオロバスじゃ、ないじゃない? 今日だって、サイクロプスの中一人で歩いてたし、
ベルゼブブの前一人で行ったじゃない。 立派な魔王の馬車引きだと思うけど、」
「ありがとうだぜ、メランねぇ。」
震えて、あんまり言葉に成っていない言葉で返してくるヒヒ。
「そうよ、よろしくねヒヒ。 馬車も新しくしないとね。」
「俺、良い所知ってるんだぜ。」
そこから、次の馬車の話、会った時の話や、セリカとルルちゃんが怖かった話をする。
ヒヒの捉え方は私達とは少し違って話が面白かった。
同じ話がループするが、別に飽きない。 仲間ってそういう物なのかな?
気付けば、あのあぜ道に差し掛かる。
ヒヒと初めてあった場所。
新しい石畳が、その場所を知らせてくれる。
ヒヒは私が出会った3人目の人なんだよね。
当時と色々変わっちゃったけど。
まだそんなに日経ってないんだけどね。
あぜ道を抜けて、少し歩いた所で少しだけ居た周辺の人たちが森に逃げ出す。
白い丸が空に昇っている。
あと半日も掛からず、ススカに着くのに厄介事かと少し気が重くなる。
「主、もどってきたのさ。」
その厄介事が私を呼んでいた。
馬車から空を見ると、赤い龍が飛んでいる。
ヒヒと初めて会った時以来の、龍の姿のセリカ。
赤い鱗と褐色の目、黒い爪の龍。
前よりなんか大きくない?
前足には、大きなイノシシ2頭。 そのイノシシが何やら2羽づつ4羽も鶏をかかえて居る。
あの鳥がこの前食べた鳥だとすると、イノシシは30mぐらいあるんじゃないのか。
セリカは100mを超える龍?
前足で頭を掴まれたイノシシはダランとしてしまって居る。
後ろ足には、巨木を持って飛んでいる。
実じゃなくて、木ごと持ってきたようだ。
「あ、あれセリカねぇ、なんだぜ?」
「そうねぇ、何持ってるのかしらあれ。」
徐々に近づいて来るその龍。 周辺から人が消えた。
イノシシと巨木を草原に置くと、人型に戻ってこちらに向かってくるセリカ。
「主、ただいまなのさ。」
「セリカ、お土産大きすぎない? 何に使うのそれ。」
「鳥は卵を産むのさ。 卵、皆好きなのさ。」
"キエェェェ"奇声を上げるその鶏。
「それであのイノシシは?」
「あれは土を耕したり、岩を砕けるのさ。 話したら来てくれたのさ。」
"フモ、フモ”鼻で息を鳴らすイノシシ。
「喋れるの?彼等。」
「喋れないのさ、でも言う事聞いてくれるのさ。」
セリカがイノシシの方を向く。
目がウルウルしている2足歩行のイノシシ達。
「立ってるんじゃないねぇ。 主に挨拶するんだねぇ。」
地面を揺らしながら土下座をする怪獣みたいなイノシシ。
そこにセリカが近づいていく。 震えるイノシシ。
地面に付いているイノシシの頭に足を乗せるセリカ。
「主、言う事聞いてるのさ。」
支配か征服じゃないのか。 と思うが害はない様だ。
「とりあえず門の外に居てもらわないとね。」
「持って帰るんだぜ? その魔獣。」
「なんだね、ヒヒ、文句あるのかね。」
「無いぜ、無いけどよぉ。」
押し黙るヒヒ。 一緒に畑仕事しなくて良かったね。
「それであの木はなんなのよ。 実じゃなくて木なの?」
「あれはミドラに頼まれたんだねぇ、実はこれなのさ。」
胸元から出した実は普通のどんぐりだった。
「ありがとう、セリカ。 でもあれ持って行けないわよ?」
「ついて来るのさ。」
頭を上げて、100mはある巨木を担ぐ2頭
後ろで鶏が4羽整列している。
馬車に乗り込むセリカ。
また足を組んで前を見ている。
「ヒヒ、帰るさね。」
黙ってヒヒが動き出す。
ドン ドン 彼らの足音が馬車を跳ねさせる。
「もうちょっと遠く歩くか、静かに歩けないのさ。」
遠ざかっていくイノシシと鶏。
街道の人が悲鳴を上げて逃げている。
セリカのお腹から、もぞもぞして、小さな蛇が出てくる。
セリカの昔の姿、10cmほどの赤と褐色のストライプはセリカの色だ。
目だけが青いその蛇。
セリカの胸から顔を出して、チロチロ舌を出している。
「主、持って帰って良いかねぇ。 なつかれちまったのさ。」
「良いんじゃない? これセリカと同じ種類の蛇よね。」
「そうなのさ、まだ飛べないのさ。」
チロチロ舌を出す蛇を指で撫でてあげる。 可愛い。
「それ、あの毒蛇なんだぜ? 村壊滅させるっていう。」
「そうだねぇ、そんな事もあったのさ。」
「どういう事なんだぜ?」
「元々セリカは、この蛇だったのよ。」
「そ、そうなんだぜ? 蛇って強く成ると龍に成るんだぜ?」
「そうみたいね。」
指で撫で続ける。 大人しい子。
「セリカ、名前つけてあげた?」
「主にお願いしたいんだねぇ。 私はそういうの苦手でさ。」
「じゃぁカレンね。 よろしくねカレン。」
撫でていた指が少し冷たい。
なんだろう? と思っていると黒く変色し出すカレン。
「ルルの時と一緒だねぇ。 主何したのさ!?」
セリカから飛び出したカレンは、そのまま外に飛び出てしまう。
長く広がり続けるその黒。
上空に浮かぶその黒は、やがて龍の形を作り出す。
青い鱗に、濃い色の青い鬣、褐色の目、真っ赤な一角ツノと、赤い爪をした龍が浮かんでいた。
50mぐらいだろうかセリカより小さい。
口から冷気が溢れんばかりに口に広がっている。
「カレン、それは草原に捨てるんだねぇ。」
草原の方を向いた竜は、青い光線を口からを放つ。
一面凍り付く草原、遠くで見ていたイノシシと鶏の前に放たれたそれは、彼等にはギリギリ当たらなかった。
「ごめんなさい、あなた達。」
凛とした声が聞こえる。 カレンの声だろうか。
鶏とイノシシが高速で頭を横に振っている。
「主様、セリカ様、カレンでございます。 よろしくおねがいします。」
頭を下げる龍。
蛇って進化すると龍に成るんだ。
青く光り、そのまま人の形に成るカレン。
青い髪、褐色の肌、青い目をした長身の女性が、手を前にやり、お辞儀していた。
腰まで伸びるその青い髪がサラサラと落ちて前に垂れる。
裸の彼女。 この馬車には服は無い。
その姿に、スーツ姿の女性を思い浮かべる。
グレーのジャケットに白いU字に胸元の開いたシャツ。
グレーのタイトスカートと、黒いヒールの高いパンプスを履いたカレンがお辞儀をしていた。
コツコツと石畳を歩いて来るカレン。
「セリカ様、私があれを持って行きましょうか?」
「一緒に行くのさ、知らない龍が急に街に行っても誰もわからないのさ。」
「そうですか。 では失礼します。」
馬車に乗って、セリカの横に座る彼女。
足を畳んで背筋を伸ばし座っている。
セリカに負けず劣らず色々大きい彼女。
セリカと正反対な彼女はセリカより少し背が低い。
でもやはり、長身だった。
「カレン、良い主見つかったねぇ」
「セリカ様のおかげでございます。 主様よろしくお願いします。」
「よろしくね、カレン」
そのままセリカとカレンの成り染めを話す内に、あの3叉路までやってきた。
鉱山からの街道の人は逃げて奥に行ってしまっている。
右からの道から来た人は、視界が開けると同時にススカへ走って逃げだす。
「なんだね、また勇者かね。」
「セリカ違うと思うわ、あの子達名前無いの?」
「あのイノシシは一郎と二郎だね。 顔に傷が1本が一郎 2本が二郎なのさ。」
セリカに名前と付けさせるとこうなるのか。
解りやすいけどね。
「一郎、二郎、その道踏むんじゃないのさ。 踏んだら殺して食っちまうからねぇ。」
「私も協力しますわ、セリカ様」
セリカとカレンが酷い事を言っている。
イノシシの二人は、顔を高速で縦に振っている。
後ろで鶏も同じように振っていた。
そのまま街道を進む。
人が掃けた街道、彼らのせいだろう。
巨木を持った30mの歩くイノシシが2匹。 どうも景色と似合わない。
私の街が見えてくる。
待機列は消えて、衛兵が門の外で槍を構えている。
壁の外にある鉄の家からは人の気配が消えていた。
「メラン! 助けてくれ街が魔獣に襲われる!」
ダンテが血相を掻いてこちらに走って来る。
「魔獣ってあれ?」
イノシシと鶏を刺す。
「あぁ、そうだ、ビッグキングボアとファットコカトリスだ。 なんで未開の森の魔獣がこんな所に。」
「あれセリカのよ。」
「主、主のいう事も聞くと思うのさ。」
「そうなの? 皆待機して、そこで待ってて。」
土煙を上げて、巨木を降ろすイノシシ。
そのまま座り込んでンモンモ言っている。
足を畳んだ鶏は、そのまま目を閉じてじっとしている。
「ダンテ、もう諦めるんだぜ。」
「ヒヒ、おまえよく無事で帰ってきたな。」
ヒヒの顔を抱きしめるダンテに、私達は蚊帳の外だった。




